座敷牢中夢地獄 2 - 3


(2)
荷物を纏めて玄関口まで出ると、客の少ない季節ということもあってか
女将と従業員たちがぞろりと整列して待ち構えていた。
こういうシチュエーションはあまり得意ではないのだが、無言で発つわけにもいかず
「お世話になりました」と軽く挨拶だけして歩き出そうとする。
と、女将が掌を空に向けて言った。
「あららら、もう降ってきた。お客様、傘はお持ちでらっしゃいます?」
言われて空を見上げると確かに一粒、軽い雨が鼻を目がけて落ちてきた。
「持ってませんがこれくらいなら・・・、本降りになってきたら途中でコンビニか何か
探してビニール傘でも買いますよ」
「この辺りにはコンビニも滅多にないから・・・そうだ!丁度いいわ。エッちゃん、
あれ持ってきて。えーと、あれ、お坊さんの傘」
「え?あ、はいっ」
小柄な仲居がすぐに駆けていき、細長い物を手に戻ってきた。ウッ、と思う。
それは鮮紅色の番傘だった。
「男の方がこんな色の傘を差すのは恥ずかしいとお思いになるかもしれませんけど・・・
これ、縁起物なんですよ。前にうちにお泊まりになったお坊さんが置いていかれた
ものなんです。ほら、柄のところにお経が書いてありますでしょ。このお経と赤い色が
魔除けになるんですって」
これさえあれば海からオバケが出てきても大丈夫、とにこにこ手渡してくる女将の
好意を無にするわけにもいかず、その赤い番傘を受け取って旅館を後にした。


(3)
その日一日、雨は時折パラパラと降ってはまた止むということの繰り返しだった。
――この分なら傘は差さずに済みそうだな・・・
そう思いながら海岸沿いの国道に出ると、ちょうど重く垂れ込めた空の下に
薄ぼんやりと滲むような夕陽が最後の光を放って水平線に沈んでいくところだった。
一気に世界が暗くなる。
それと同時に、霧のような雨がさあっと降りつけてきた。
少しためらったが、誰に会うわけでもない。そう思い例の赤い傘を開いてかざす。
血のように鮮やかなくれない色に、
糊の匂いなのだろうか、粘りつくような甘い香気がふわりと身を包んだ。
その間際、視界の端で波打ち際に佇む人影を見た気がしたのは偶然だったろうか。
こんな暗い雨の中、傘も差さず一人で海に?
不審に思い目を凝らしたが暗くてよく見えない。
急に胸騒ぎがして、俺は浜へと駆け下りた。

くれないの傘に護られたまま波打ち際をぴちゃぴちゃと、周囲に目を走らせながら進む。
だが先程の人影は見当たらないようだった。
――見間違いだったのか?
それならそれでいいと安堵しかけて、最後にもう一度だけ周囲をよく見回してから
戻ろうと、視界を良くするため傘を外した。
その瞬間、波間にざぶりと胸の辺りまで浸かってのめる人のあるのに気がついた。



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