無題 第3部 20
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アパートのドアをガンガン叩く音がした。
一体どこのどいつだ、そう思って加賀がドアを開けると、今にも泣き出しそうな顔のヒカルがいた。
「加賀…オレ…」
とりあえずヒカルを部屋に上がらせて、お茶を出して、そして尋ねた。
「塔矢アキラの事か?」
卓上の湯飲みを睨み付けるようにしてヒカルが呟いた。
「塔矢がキスしてた。」
その言葉は加賀にも大きな衝撃だった。
あの、塔矢アキラが?
「キスしてた。他の男と。」
怒りと悔しさのためか、ヒカルの声が震えていた。
「信じられねェよ…どうしてなんだよ…オレ、どうしたらいいんだよ…?」
信じられない。それは加賀も同じだった。
加賀は自分の知る「塔矢アキラ」を思い浮かべた。
綺麗に切り揃えられた漆黒の髪と、切れ長の涼しげな目元。まるでよくできた人形のような
整った容姿。更にその外見以上の天賦の才能とそれに見合った孤高の精神。
そしてなによりも、選ばれた者のみが放つオーラが、彼をより一層輝かせていた。
憧れる人間は幾らでもいるだろうが、実際に手を出せる人間がいるとは思えなかった。
加賀は、なぜか自分の心臓がギリッと痛むのを感じた。
「どうしたらいいって、どういう事だよ?」
加賀は冷たい声でヒカルに言い放った。
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