座敷牢中夢地獄 20 - 21


(20)
「緒方さん?やっぱり具合が・・・」
不意にひんやりとしたものが額に当てられたと思ったらアキラの手だった。
「熱がある気がする・・・ボク、冷たいタオルを取ってきましょうか」
「いいよ、ここにいてくれ。熱いのは、酔ってるせいだろう」
心配そうに覗き込んでくるアキラに笑ってみせる。
具合は悪くないが本当は今、とても寂しい。
「でも・・・」
「大丈夫。・・・アキラくんこそなんともないのか?海でずいぶん冷えただろう」
そう言えばアキラは今療養中ということだったのだ。そんな体で海に入ったり、
俺を支えて歩いたりして大丈夫だったろうかと急に心配になった。
「アキラくん、体調のほうはまだ戻らないのかい。もうここに来て一年になると言って
いたが」
アキラの澄んだ双眸が僅かに揺れた。
「あ・・・ええ、まだ・・・」
「そうなのか。・・・だったら尚更、あまり無理をしちゃいけないよ。今日はたまたま俺が
通りかかったからよかったようなものの・・・」
つい説教臭い口調になってしまう。だがアキラは神妙に頷きながら聞いていた。
体調を崩したとは具体的にどこを悪くしたのか知りたくもあったが、「初対面」の俺が
あまり突っ込んだ質問をするのも不躾な気がして、代わりにもう一つ、気になっていた
ことを訊いてみることにした。


(21)
「アキラくん。・・・海で、何を探していたんだい」
暗い海に一人で入って探すくらいだ。余程大事なものなのだろう。
だがアキラは首を傾げて答えた。
「さあ・・・何でしたっけ」
「何でしたっけ、って・・・」
「よく憶えていないんです。ただ、ずっと昔何かとても大事なものを失くしてしまって、
それがあの海にあるような・・・そんな気がしたんです」
要領を得ないアキラの話に、少なからず混乱を覚える。
失くしたというのは昨日今日の話ではないのか?ずっと昔に失くした、よく憶えても
いない「大事なもの」のために一人で海に入った?
しかも聞いていると、それを失くしたのが海であったかどうかすら定かではないという
口ぶりだ。何故、他の場所ではなく海にあると、そう思ったのだ?
ふと、アキラがこの土地へ療養に来たのは身体の健康上の理由ではなく
精神的なものが理由となっているのでは、という考えが頭を掠めた。
そうであれば先生がやけにアキラを甘やかし、アキラも幼い頃に帰ったかのように父親に
甘えている奇妙な状況もなんとか説明がつきそうな気がする。
だとすれば二人の間に、――ただの父子と言うには不自然な雰囲気を感じ取ってしまい
そうになるのもきっと、俺の勘繰りすぎなのだろう。

「緒方さんはご存知ないですか?ボクの探し物」
アキラがぽつりと言った。
「・・・残念ながら心当たりはないな。とにかく、もう二度とあんな真似はしないと
約束してくれ。キミに何かあったら、お父さんだって悲しむだろう?」
出したくない名前だったが敢えて出した。それがアキラには一番効く気がしたからだ。
だが意外にもアキラは、ふっと寂しそうな顔で笑った。
「どうだか・・・」



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