無題 第3部 21
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「だって、オレ…」
「オレ…、かなわねェよ。あんな…どうしたらいいんだよ。」
ヒカルはアキラを抱いていた男の事を思い返した。
緒方精次十段・碁聖。
既にタイトルを二つ手に入れ、塔矢元名人引退後の囲碁界を担うと言われている人物。
そして塔矢自身もプロ2年目ながら本因坊リーグ入りを果たした。
二人は同じ世界にいる。
まだ初段でモタモタしている自分とは大違いだ。
塔矢元名人門下で、きっと塔矢ともずっと前から親しいのだろう。
緒方はヒカルにとって自分をプロの世界に入るきっかけを作ってくれた人だった。
その人物が、今度は大きな障害となって自分と塔矢の間に立っている。
緒方は確かに自分を見て嗤った。まるで自分の塔矢に対する想いを知っているかのように。
そしておまえなんかに入り込む隙はないんだと、嘲笑して、腕の中にいる塔矢を見せ付けた。
うつむいて黙り込んでしまったヒカルに加賀が言葉を投げかけた。
「それで、おまえはそれじゃどうするんだ?
尻尾まいて逃げんのか?あきらめるのか?
そんなに簡単にあきらめられるって言うんなら、その程度のものだったんだろ。
だったらさっさとあきらめて、なかった事にしちまえば良いんじゃねェか?
おまえだって、あいつが男なのに好きになっちゃってどうしよう、なんて悩んでたじゃねェか。
だったらこれでやめにして、ちょうど良いんじゃねェか?やめちまえよ。」
「いやだっ!絶対に、いやだっ!」
ヒカルが顔を上げて叫んだ。
「おまえ、自分の惚れた相手がどんなヤツだかわかってたのか?
好きだって言ってるだけで、簡単に手に入るとでも思ってたのかよ?
諦めるのが嫌だって言うんなら、どうしたらいいかぐらい自分で考えろよ。
欲しいんだったら、自分で取りに行けよ。
もう誰かのものだから、ソイツにはかなわねぇ、なんて泣き言言うくらいなら最初っから
欲しいなんて言うな!」
加賀の言葉に、ヒカルはギッと奥歯を噛み締めた。
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