無題 第3部 22
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「緒方先生」
ぼそりと呼びかけられて、振り向くと進藤ヒカルだった。
来たな、という思いと、昨日の今日とは素早い行動じゃないか、という軽い驚きがあった。
ムッとした顔で緒方を睨み付ける表情は可愛らしいとも言っていいものだった。
こんな子供を相手に、いったいオレは何をやっているんだか、と思うと何だか全てが馬鹿
馬鹿しいような気がしてきた。
エレベーターで二人だけになると、進藤は唐突に聞いてきた。
「アイツと、塔矢と、どんな関係なの?」
「…なんだ?唐突に」
「答えてよ。どんな関係なの?」
「師匠の息子さんって所か?塔矢先生の御自宅にはオレもよくお邪魔させてもらっているし、
家族同然、というのは図々しいかも知れんが、アキラくんとは生まれた時からのつきあいだな。
いや、勿論、今のアキラくんはオレにとっては碁のライバルと言うのが一番かな?」
白々しい事を言っているな、と自分でも思った。相手もそう思っているようだ。
「そんな事を聞きたいんじゃない、とでも言いたげだな。」
皮肉そうな目で、緒方はヒカルを見下ろした。
「オレ、見てたんだ。この間、駐車場で…」
「デバガメか?ガキのくせに。」
緒方は鼻で笑って応えた。
「…知ってた、くせに。オレが見てるの知ってて、それで見せ付けたんだろ…?」
「もしそうだとしたら、それが何だ?」
車の前で立ち止まってヒカルを振り返り、そして助手席を指し示した。
「乗れよ。」
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