座敷牢中夢地獄 22 - 23


(22)
「アキラくん?」
予想外の反応に面食らっている俺に、アキラはちょっと微笑んで言った。
「・・・なんて。お父さんは自分の棋士としての生活を犠牲にしてまでボクの側にいて
くれるのに、そんなこと言ったら罰が当たりますよね。・・・さあ!お布団を敷いちゃい
ますね」
そう言って立ち上がろうとするアキラの手首を反射的に掴んで押しとどめた。
振り返るアキラの澄んだ瞳と目が合う。
「?何でしょうか」
「アキラくん・・・」
言葉の続きが見つからない。
自分で気づいていないのか?キミは。
「あっ」
ぐい、と引っ張るとまだ成長し切らないアキラの細い体が腕の中に倒れ込んできた。
アキラがさすがに訝しげに顔を上げる。
赤ん坊の頃に俺を感動させた美しい黒い目。
その澄明さは今も少しも変わらないのに、あの頃は無縁だった何かがやはりキミを今
苦しめているのだろうか?
人差し指の甲でアキラの滑らかな頬をそっと撫で上げると、後から後から流れ落ちる
温かで透明な雫が、掬い切れずにほろりと指の腹側へ零れ落ちた。
虚ろなほど澄み切った瞳でアキラは俺の指に掬われた自分の涙を不思議そうに眺めた。


(23)
「アキラくん。明日俺と一緒に、この家を出て行かないか?」
我ながら唐突な提案ではある。だが、何故だかそうしたほうがいいと思ったのだ。
アキラは一瞬きょとんと目を丸くして、それから首を傾げて訊いてきた。
「・・・お父さんも一緒に?」
「いや、キミと俺と二人でさ」
「そんな・・・どうして」
「たまにはよその土地を見て、気分を変えるのもいいもんだぜ」
「無理です。ボク、療養中の身なんですから」
「海に入るくらいの元気はあるんだろ?」
痛いところを突いてやると少し戸惑った顔をする。その細い顎を指で捉えて上向かせ、
畳み掛けた。
「・・・とにかく、この家でお父さんべったりに暮らすことが、キミにとっていいことだとは
思えないな。少し距離を置いたほうがいい」
夢のアキラは父親の存在に囚われ過ぎている。
よちよち歩きで父親の後ばかり追いかけていた幼な子の昔に戻ってしまったかのように。
それは彼にとって決して健全な状態とは言えないだろうと、俺は第三者の立場で冷静に
分析したつもりだった。
だがアキラはパシッと音を立てて俺の手を払い、心外そうに睨みつけてきた。
「どうしてあなたにそんなことを言われなきゃならないんですか。ボクたち父子が
どんな風に暮らしていたって、緒方さんには関係ないでしょう」
関係ない、と言われて胸が抉られる。
不安定な心がまたぐらぐらと大きく揺れ始める。
「アキラく・・・」
「ボク、もう戻ります。お父さんに、おやすみを言わなきゃ」
またお父さんだ。お父さん、お父さん、お父さん。
そうして永遠に俺はキミにとってあの男に劣る存在でしかないのか?
「・・・っ、緒方さん!?」
気がつくと俺は、立ち上がりかけたアキラを引き倒し畳の上に組み敷いていた。



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