座敷牢中夢地獄 24 - 25


(24)
後から思うと、あの時アキラよりは俺のほうが余程動揺していたのだろう。
夢の中で初対面ということになっているとは言え、俺にとってアキラはやはり
どこまで行っても師匠の息子で、生まれた時から成長を見守ってきた相手で、
決してそんな振る舞いをすべきではない相手だった。
不可侵と思い続けた相手を押さえつける両手から、畏れとも武者震いともつかない震えが
全身に広がっていく。
どうせキミは夢なんだ。
そのキミを相手に、一度だけなら、思いを遂げることも許されるだろうか?
だがもしキミがあの澄明な目で俺を睨み拒むなら、または泣き出すか怖がるかするなら、
きっと俺は夢の中でさえその先へは進めないのだろう。
・・・・・・
アキラは拒まなかった。
全身の力を抜いて、ゆっくりと瞼を閉じると自分から腕を伸ばし俺の首へ絡ませてきた。
その動きに促されるように唇に唇を触れ合わせると、後はもうその柔らかさに我を忘れた。
廊下でミシリと音がした。

「・・・本当はボク、あのまま死んでもいいと思って海に入ったんですよ。ボクが海の水で
溺れて死んだら、お父さんがどんな顔をするのか知りたくて。死んだらお父さんの顔を
見ることもできないのに。・・・馬鹿ですよね」
心地よい疲労感の中、眠りに落ちる前にアキラの柔らかな声が聞こえた。
馬鹿げていてもそんな気分になることだってあるさ。現に俺だって。
それにしても何故他の場所でなく海なのか、そのほうが気になるね。

――脇腹に鋭い痛みがある。
それでも、腕の中にある温かな身体の感触に酔っていた。
ポタリと何かが唇に落ちてくる。
塩の味がする水だった。


(25)
夢の中でもアキラを抱いていた。
だがやがて塩辛い波が押し寄せて、アキラも俺も暗い海の中に攫われてしまう。
初めて出会った時のようにアキラを浜へ引きずり出そうとするが、波の力が強くて
うまく行かない。
「アキラくん、戻るんだ」
必死で叫ぶ俺にアキラがあの澄明な目で言った。
「緒方さん、怖いんですか?」
――怖い?何が。
「ボクの探してる物が」
――え、何だって?
キミの探し物が何なのかすら俺は教えてもらっていない。
だから、怖いなんてことがあるはずがない。
なぁおい、そうだろ、キミは一言だって俺に話しちゃくれなかったじゃないか。
俺はただ、せっかく水底に沈んでいる化け物を引きずり出して欲しくないだけだ。
塩辛い水に浸った化け物を。

そこまで行って目が覚めた。
頭の下には程よい硬さの枕があてがわれ、身体の上には軽い布団が掛けられている。
布団の上に寝ているのは俺一人だった。
昨夜は布団も敷かずにアキラを抱いたまま眠ってしまったはずなのに。
――酒の上での夢だったのか?
それにしては五官に残る記憶が生々しい、ような気もする。
記憶の中のアキラは俺に抱かれながら嫌がるでもなく自分から腕を絡みつかせて、
ただ終始固く瞼を閉じて声を殺していた。
温かな素肌と至近距離で震える熱い吐息の感触が甦り、身体の芯にゾクリと震えが走る。
もう朝と言ってよい時刻のはずだが障子を透かして窺う外の世界はまだ暗い。
雨は、降りやまないようだ。



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