無題 第3部 26 - 30


(26)
「これが"キス"だ。」
一旦唇を放して、だが身体は押さえつけたまま、緒方はそう言った。
「…放せ」
抗議の涙を滲ませて、ヒカルは震える声で言った。だが、身体に力が入らない。
「それから…」
ヒカルの抗議など聞きもせず、緒方はもう一度ヒカルの唇を覆い、強引に唇を割って侵入する。
いやだ、止めろ、と言いたいのに、抵抗したいのに、身体に力が入らない。
緒方は、ヒカルの口腔内を犯しながらヒカルの学生服のボタンを外し、更にワイシャツのボタン
に手をかける。首筋に唇を移動させながらシャツの中に手を滑り込ませ、胸の突起を探り当て
るとそれをキュッとつまんだ。
「あっ…!」
思わず上げてしまった自分の声に、ヒカルは羞恥で顔を赤くする。
それを楽しむように、緒方の指がコリコリとそれを摘み上げながら、首筋から耳元へ舌を這わせる。
「やっ…んんっ…」
こらえきれずにヒカルの口からまた声が漏れた。
「ふん、随分と可愛い声で鳴くじゃないか?」
からかうような緒方の口調に、ヒカルは顔を赤く染める。
身体を押さえつけたまま、ヒカルを見下ろして、緒方は言った。
「こうやって、何も知らなかったアイツを奪った。それから、アイツはオレのものなんだ。
今更おまえに何が出来る?おまえのような子供が、アイツに何を与えられるって言うんだ?
もう今更おまえの出る幕なんてないんだ。」
緒方はヒカルに覆い被さって首筋から胸元へと唇を這わせながら、片手をヒカルの股間に伸ばした。
「放せ!やめろっ…!」


(27)
その時インターフォンの音が鳴り、緒方がヒカルの上から身体を起こした。
「オレ…帰る。」
震える声でヒカルが言った。
「もう、遅い。」
緒方は冷たく言い捨てた。
「誰か、来たんだろ。帰る。オレ」
「ああ、来たとも。おまえの待っていたヤツが。」
ヒカルは目を見開いた。塔矢か?塔矢がここに…?
咄嗟に逃げ出そうとしたヒカルを緒方は押さえつけた。
「もう、遅い。今更逃げてどうする?そこに座っていろ!」
それでも立ち上がろうとするヒカルの肩を緒方が掴んで座り直させる。
「そこに座っていろと言っているんだ!!」
「アイツがおまえに会いに来てるって言うのに、オレがここにいて、どうするんだよ!?」
再度インターフォンが鳴る。
背中に向かって叫ぶヒカルを置いたまま、緒方は玄関に向かった。
「アキラ…ああ、上がっておいで。」
怒りと悔しさに身体を震わせながら、ヒカルはソファに座ったまま動けなかった。


(28)
「アキラ…ああ、上がっておいで」?なんだ?あの甘ったるい声は。
あんな風に呼ぶのか?あんな風におまえを呼ぶのか?アイツは。
そしておまえはどんな風に応えるんだ、塔矢?
同じように、甘えて呼ぶのか?「緒方さん」と。
頭がおかしくなりそうだ。
なんで、オレはこんな所にいるんだ。
いったいアイツはどういうつもりなんだ。
また、オレに見せ付けようっていうのか?
なんで、オレはこんな所に来てしまったんだ…?

玄関のチャイムが鳴った。
靴を脱いで上がる間も与えず、緒方はアキラの身体を抱きしめた。
アキラが手に持っていたコートが床に落ちた。
「…緒方さん?…どうし…」
アキラの疑問には答えず、緒方はそのまま唇を塞いだ。
息もつかせぬほど激しく、緒方はアキラの唇を、口腔内を貪った。
わけがわからぬまま、アキラは緒方の身体にしがみついた。


(29)
いつだったか、こんな風に玄関先でアキラの唇を貪ったことがあった。
妖しく光る黒い瞳。オレに向かって伸ばされた白い指。
あの時すでにオレはアキラに囚われていた。
いや、違う。あれはオレの夢―妄想に過ぎない。
そして今、腕の中にいるのは、抱いているのは確かに現実のアキラなのに、それなのに、
これが夢の中の出来事のように感じてしまうのはなぜだ。
手を放した瞬間に消えてしまいそうに感じているのはなぜだ。
なぜ、こんなにもさっきからオレは昔の事ばかり思い出しているんだ。
それは―それは、オレが、オレの方から、アキラを手放そうと思っているからだ。
手放す?オレが、アキラを?
馬鹿な。そんなはずがない。そんな事ができるはずがない。

緒方は目を開いてアキラを見詰めた。
心配そうな、不安そうな目で、アキラは緒方を見詰め返した。
見上げるアキラの顔に、緒方はキスの雨を降らせた。
まぶたに、長い睫毛に、白く透き通った耳たぶに、すっと伸びた形のいい鼻梁に。
そしてまた艶やかな唇に触れ、熱い舌を絡めとり、細い身体を抱きしめた。
緒方は必死になってアキラの全てを感じ取ろうと、身体に、記憶に刻もうとした。
耳にかかる息遣いを、彼を呼ぶ声を、甘く切なげな喘ぎ声を。
鼻腔をくすぐる甘い髪の香りと若い青い体臭と僅かな汗の臭いを。
からめとる唾液の甘さと頬に伝う涙の塩味を。
滑らかな肌触りと皮膚の下のしなやかな筋肉の動きを。
腕にかかる体重の重みと体温と、抱いた腰の細さを。
目に見えるもの全て、意識に感じられるもの全てを。
例えそれが一瞬の後には消えてしまうものかもしれなくても。

「やめろよっ!!」
彼もよく知っている少年の声が響いて、緒方は現実に引き戻された。
そして、声の主の方をゆっくりと振り返った。
いつものような冷然とした、皮肉そうな笑みをつくって。


(30)
「進藤…?」
緒方の肩越しに、息を荒くして、自分を睨み付けているヒカルがいる。
「なぜ…なぜ、ここに…?」
ヒカルの視線に、アキラは慌てて襟元を直した。
「この間、駐車場でキミにキスしてたのを見てたんだとさ。
キミとオレとはどんな関係なんだ、教えろって言うから連れてきた。」
「緒方さん…?」
「どんな関係だか知りたいって言うから教えてやったんだが?」
「進藤がいる事をわかってて、わざと…?」
足元の地面が崩壊する。
自分がまだ立っている事が信じられなかった。
見ていた。聞いていた。
ボクが緒方さんのキスに応えるのを。
緒方さんの愛撫をねだるのを。
見ていた。進藤が。
自分の漏らすあられの無い喘ぎ声を、進藤が聞いていた。
こんなみっともないボクを。こんな、いやらしい、汚らしいボクを。
進藤が見ていた。聞いていた。



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