座敷牢中夢地獄 28 - 29


(28)
「アキラくん」
「しっ・・・」
意外な来訪者に俺が驚いているとアキラは唇の前に人差し指を立て、静かに引き戸を
閉めた。服が濡れないよう注意しながら湯船の傍らにしゃがみ込み、顔を近づけてくる。
「すみません、お父さんに内緒で来ているので・・・緒方さんも、これくらいの声で
お願いします」
「あ、ああ」
至近距離で囁くアキラの優しい呼気を感じて、頬がまた火で炙られるように熱くなる。
それを誤魔化すようにざぷりと湯を両手で掬い、顔に掛けた。
「何か用でも?」
「手短に言います。・・・緒方さん。後で昨日みたいにお酒を勧められても、決して
飲まないでください」
「酒?」
「ええ。食べ物やお茶は何でも召し上がっていただいて結構ですが、お酒だけは。
・・・そして朝食が済んだらすぐにこの家を出発してください。お父さんに何を言われても
聞かないで」
囁くアキラの表情は有無を言わせないほど静かで真剣だった。
熱い湯の中だというのに、ぞくぞくっと本能的に寒気が走る。
昨夜俺が酒に潰れた時、先生は何と言っていた?

「それだけです。・・・じゃ」
踵を返そうとするアキラを慌てて呼び止めた。
「待ってくれ。・・・もう一つ訊きたいことがある」


(29)
アキラは振り返り、あの黒い目でじっと俺を見つめた。
また頬の表面に熱が集まるのを感じながら、照れ隠しの低い声で問うた。
「記憶が定かじゃないからキミに訊くんだが・・・俺は昨夜キミと、いやキミを・・・その・・・」
頬が灼けるように熱い。昨夜の記憶の中でアキラは終始目を閉じていた。
今も目を閉じていてくれたらいいのに、昔と同じ澄んだ光が俺を貫く。
堪らなくなって俺は瞼を閉じた。
「ああ。はい、昨夜は緒方さんと一緒に、・・・いました」
何があったとも言わない、それだけの言葉だったが、言いながらふと揺れた黒い目と
桜色に染まった目元が、それは確かに起こった出来事なのだと証してくれていた。
「・・・そうか」
「そうです」
「・・・その・・・すまなかった」
「え?」
「昨夜は酔っていてつい・・・」
嘘だ。真実は、酔いの力を借りて積年の思いを遂げたのだ。
酒のせいになどして逃げず、キミを好いているからキミの言葉に嫉妬したから
俺はああしたのだと言えたなら。
だが俺の繊弱な精神は卑怯にも、この期に及んでなお逃げ道を残そうとする。
キミの前に全てを曝け出すことを回避しようとする。
鎧を剥いだ生身の俺をキミが見て、もし僅かなりと嫌悪や軽蔑の表情を浮かべたら
今まで必死に築き上げ守ってきたもの全てが意味をなさなくなってしまう気がする。
それが怖いんだ。



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