誕生日の話 3 - 4
(3)
「ほう…。確かに可愛いな」
アキラくんがはしゃいでくるくる回っているのを見て、お父さんは低く唸りました。
どうやら緒方さんのプレゼントは、お父さんの心の琴線にも触れたようです。
「失くすかもしれないので、一応スペアもあります」
緒方さんがポケットから取り出したのは、黄色いヒヨコのアップリケでした。黄色
の長靴に黄色のヒヨコは目立ちませんが、大きめの目がぐりぐりしていて、それはそ
れでとても可愛らしいものでした。
「まぁ…アキラさん、本当に素敵なプレゼントね」
「うんっ!」
ヒヨコを手渡されたお母さんはアキラくんに見せながらフフと笑い、長靴のアップ
リケを左右反対につけてみたり、ヒヨコに付け替えてみたりしています。
「早く雨か雪が降ればいいのにね、アキラさん。それを着てお外に出てみたいでしょ」
「うん」
アキラくんが神妙な顔でこくりと頷くと、黄色の傘もちょこんとお辞儀をしました。
「でもねぇ」
傘をくるくる回すと、裾にプリントされたアヒルの親子もくるくる回ります。
アキラくんは傘の取っ手を両手で忙しく回しながら、唇を突き出して呟きました。
「…アヒルちゃんがよごれちゃ、イヤなの」
そんなアキラくんの様子に、大人たちはみんな微笑みを浮かべてしまいます。
(4)
お父さんなどは目を閉じてウンウンと頷いたりしています。
「汚れても平気なんだよ。水を弾いちゃうからね」
プクプクのほっぺたを撫でると、アキラくんの黒目がちな大きな瞳が緒方さんを見
つめてきます。何の迷いもないようなその瞳はきらきらと輝いていて、それだけで
わけもなく羨ましい気持ちになってしまう緒方さんでした。
「どこがいいかなぁ」
ウサギちゃんスプーンを握り締め、アキラくんはむむと眉をひそめました。
白いケーキにチョコレートで「アキラくんおたんじょうびおめでとう」と書いてあ
るケーキは4等分されています。アキラくんが選ぶ係になっているのですが、どれも
これもおいしそうなオマケが乗っていて、すっかり困ってしまったのです。
「いちごでしょう? おうちでしょう…? チョコでしょう〜?」
「アキラ、決められないのか?」
「だって〜ぜんぶおいしそうなんだもん」
アキラくんは地団太を踏みました。長靴の中の空気が踏まれて、そのたびに靴の中
がペギョペギョと鳴りました。
(5
24-121 :誕生日の話sage :02/12/14 20:47
「確かにおいしそうではあるが……」
お父さんはぼそりと呟いて丸いケーキの上を眺めています。いちごが10粒、それ
から砂糖とウエハースでできた小さな家のお菓子と、季節柄なのかモミの木とサンタ
さんとトナカイ、そして、『おたんじょうびおめでとう』と書かれたチョコレートが
真ん中に横たわっていました。
お父さんはケーキの上を賑わせているそれぞれの飾りをクリームを傷つけないよう
にしながら全部取ると、アキラくんの目の前のピースに次々に飾り付けていきます。
「わあ」
アキラくんは感嘆の声を上げ、4分の1の面積に集約された色とりどりの飾りをうっ
とりと見つめました。
「おまえの誕生日なんだから、好きなようにしていいんだぞ」
お父さんは目を細め、大きな手をアキラくんの頭の上に優しく乗せました。
くすぐったそうに肩をすくめるアキラくんは、ほっぺたに両方の手のひらを当てて
しきりに『えへへ』と笑い、いっちょまえに照れているようです。
「さ、アキラ。好きなものを選びなさい」
――選べといわれても。
緒方さんは生クリームがボコボコ剥がれてしまった4分の3を切ない気持ちで見回
しているうちに、向かいに座っているアキラくんのお母さんと目が合ってしまいまし
た。フフ…と笑いを交換する二人は、きっと同じような表情をしているのでしょう。
「ボクねえ…これにする!」
そんな中、アキラくんは一番自分に近いところにある一番カラフルなケーキを指差
して、元気よく叫びました。
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