無題 第3部 31
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「塔矢…」
怯えたような声でヒカルがアキラの名を呼んだ。
真っ直ぐに、睨み付けるように、アキラを見ている。その視線が痛い。苦しい。
「…るな。」
震える声がアキラの口から漏れた。
「見るな…っ!ボクを、見るなっ!!」
大きな音を立ててドアが閉められた。
次の瞬間、ヒカルは緒方に掴み掛かった。
「どうして、どうして、アイツが好きなんだったら、アイツが大事だって言うんなら、どうして
こんな真似するんだよっ!?」
緒方は何も答えず、平然とヒカルを見下ろした。
「…バカヤロウッ!!」
ヒカルは思いっきり緒方を殴りつけ、それからその身体を突き飛ばして、スニーカーに足を
突っ込んでアキラを追った。
――どうして、だと?おまえに、何がわかる?
オレの気持ちの、何がおまえにわかるって言うんだ?
オレが…こうしてでもないとおまえにアイツを渡す事ができないオレの痛みなど、おまえには
わかりもしないくせに…!
誰もいなくなった玄関を睨み付け、それからくるりとそこに背を向けた。
乱暴に音を立てて椅子に座り込み、煙草に火をつけ、大きく煙を吐き出した。
指でヒカルに殴られた頬をなぞる。
頬の痛みなどなんでも無い。これからやってくるであろう痛みに比べれば。
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