座敷牢中夢地獄 31
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アキラの言葉どおり、風呂から上がると居間に朝食の支度が整えられていた。
風呂での一件でアキラが父親に叱られているのではないかと案じていたが、昨日と同じ
ように先生は上機嫌で、アキラのことやここに来てからの生活のことなど、この人に
しては饒舌に語ってくれた。
「・・・これが子供の頃は、私が仕事で出かけるたびに袖に取りすがって行っちゃやだ、
行っちゃやだとオンオン泣かれたものだったよ。その声がどうも御近所中に響き渡って
いたらしくてね。道を歩けばアキラくんはお父さんが大好きみたいですね、などと
ほとんど挨拶代わりのように言われたものだ」
「はあ」
「あの頃は私も多忙だったからな。いつも持ち歩いていた手帳があって、それを開けば
仕事の予定がびっしりで・・・おまえはあの手帳を嫌っていたな、アキラ」
「そうでしたっけ?よく憶えてませんけど・・・」
「ああ。手帳さんキライ!と言っては私の手からはたき落としたり・・・
そして時々その手帳がなくなるんだが、探すと必ず屑籠の中に入っているのだ。
どうも、子供心にコレさえなくなれば父親の外出を止められると思ったらしいな。
・・・そう言えばあの手帳もいつの間にか見なくなったが、どこへやったか・・・
うむ。まあそんな話はいい。緒方くん、お代わりはどうだね」
「あ、はい。では少し」
「アキラの料理の腕はなかなかだろう」
「ええ、美味いですね。どれもこれも」
お世辞ではなかった。目の前の食卓には簡素なものから手が込んだものまで様々な料理が
並んでいるが、そのいずれもがこれは、と膝を叩きたくなるほど美味い。
昨日の夕食や酒肴も全てアキラが作ったものと聞いて感心した。
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