座敷牢中夢地獄 4 - 5
(4)
「キミ!?」
慌てて荷物と傘を放り出し、波を掻き分けてそこまで進む。
「・・・離してください!放っておいて・・・」
「駄目だ!早まるな、とにかく岸へ戻れ!」
水でするすると滑りそうになる肩と腕をありったけの力で掴み、抱きかかえるようにして
砂浜へと引きずり出す。
重い海水から脱け出た途端にバランスを崩し、二人してそこへ倒れ込んだ。
「うっ・・・」
小さな呻き声に慌てて身を起こす。
「すまない。どこか痛く・・・」
言いかけて、相手のおもてとまともに向かい合い言葉を失う。
赤ん坊の頃からさして変わらない、透けるように清らかな肌膚。
水に濡れて貼り付いた黒い前髪の下から大きな切れ長の瞳がじっとこちらを見つめている。
その瞳に釘付けにされたように動けないでいると相手は観念したようにゆっくり瞼を閉じ、
それと同時に大粒の涙が後から後から長い睫毛を伝って流れ落ちた。
「大事な・・・」
「え?」
夢のように問い返す。相手は流れ落ちる涙を隠そうともせず、
目を閉じたまま小さな唇を動かして囁くように告げた。
「大事なものを失くしてしまったんです。探さなきゃ・・・」
「・・・だからってこんな暗い海に一人で入るなんて無茶にも程があるよ。アキラくん」
名前を呼んでやると驚いたように目を開けた。
(5)
「ボクのこと・・・ご存知なんですか」
どう答えたものか迷いながら、抱き起こして砂を払ってやった。
アキラは幾分落ち着いてきた様子で手の甲で涙を拭っている。
「もう大丈夫です。ありがとうございました」
はにかんだように笑んで礼を述べた後、アキラは自分と同様ずぶ濡れの俺を見て
困った顔をした。貼り付いたシャツの腕の辺りをちょっと引っ張ってみて言う。
「ごめんなさい。ボクを助けようとして濡れちゃったんですね。どうしよう・・・」
これくらい大丈夫だよ、と言いかけた時、鋭い声が辺りに響いた。
「アキラ!?そこで何をしている」
振り向くと厳めしい表情を浮かべた和装の熟年男性が、行燈のようなものを提げて
立っていた。アキラがぱっと明るい表情になって立ち上がる。
「お父さん」
先生はずぶ濡れで砂まみれの息子の姿を見て一瞬顔を強張らせたが、
すぐに俺もまた同じ状態であることに気づき何らかの事情を察したらしい。
「アキラ、これはどういうことだね。そちらの方は?」
「ボク、海の中で探し物をしていて・・・結構深いところまで入っちゃってたんです。
そしたらこの方が助けに来てくださって・・・」
「そうだったのか。息子がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ない」
深々と頭を下げられて返答に困る。
このまま帰すわけにはいかないときっぱりとした口調で宣言されて、
俺はその夜先生とアキラが暮らしているという家に招かれることになった。
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