夏祭り 4 - 6
(4)
駅前まで来たところで、アキラが書店を見て帰ると言い出した。
それだけで2kgもあるペットボトルがいかにも重そうで、俺はそれを貰って家族への
土産にすることを決めた。
「じゃあ、また明日には電話するから」
「ええ。待ってます。じゃ」
アキラは書店の前で立ち止まると、右手を軽く挙げる。同じようにして返し、俺は切符
売り場の列に並んだ。
アキラは目当ての本が見つかったのだろうか。
こっそりとメールを打ったが、彼からの返事はなかった。
「尚志にいちゃん、ゆかたー」
「あーあーかわいいよ」
家に帰ってくるなり、もう三回は同じ台詞を聞いた。隣の家の娘の麻奈は目が合うと裾
のひらひらを見せたり、柔らかそうな帯を弄ったりしている。
隣の家は今年の春から共働きで、日曜は俺の家で預かっていることが多いと聞いていたが
本当だった。とはいえ、母親も毎週子供に付き合うのも体力的にキツイのだろう。
俺が帰ってくると麻奈の世話を俺に押し付けて自分は買い物に行ってしまった。
「暑いだろう麻奈。まだ行かないんだから脱げば?」
「脱げばだってー。えっちー」
(5)
「エッチって……おまえね」
小学生の裸を見て誰がムラムラするか、ボケ。俺がムラムラするのは、おかっぱで目元の
涼やかなアキラたん限定なんだよコラ。
「こんなことならアキラたんといればよかった…」
アキラは猫のような子で、気まぐれに俺の部屋にやって来てはのんびり過ごして帰る。
俺の部屋に入ると必ずムラムラした俺にムラムラされることを知っているのに、それでも
彼から俺の部屋を訪ねてくるということは、アキラも俺にムラムラしたりするのだという
ことだ。
背中におぶさってくる麻奈の子供らしい高い体温にウンザリしながら、俺はアキラという
恋人の繊細な指先やなかなか上がらない体温を思い出す。
……ヤバイ、ムラムラしてきた。当たり前だけどそれは麻奈に対してではない。
「麻奈、麦茶飲む?」
「うん。アイスも食べる」
俺はいそいそと立ち上がり台所の冷蔵庫を開けた。冷凍庫の中からアイスも取り出して
持って行ってやる。
「尚志にーちゃんは食べないの? アイス」
「さっき食ってきたんだよ」
アキラが買って来たアイスの味が二つとも違ったから、取りかえっこしながらな。
その甘い時間を反芻していると、またムラムラが甦ってきた。
(6)
母親はそれから小一時間ほどして帰ってきた。帰ってくるなり『何もなかった?』と声を
顰めて訊ねられた。珍しいこともあるものだ、と思う。
「いや」
「外にね、ヘンな子がうろうろしてるのよ。お母さんが出かけるときにもいたのに、帰っ
てきてもまだうちの前にいたの」
ヘンでしょう? 卵やら豚肉やらと次々に仕舞いながら、母は麻奈に向かって「お祭りでは
尚志お兄ちゃんの手を離さないように」などと告げている。…もしかして、自分は行かない
つもりなのだろうか。この母親は。
「見間違えとかじゃないの?」
今日日の若者はどれもコレも似たような格好をしているものだ。もう若者と言われていた
時期から遠く離れてしまった母に見分けが付かなくても俺は責めたりはしない。
しかし、母親は納得しなていないようだった。
「だって、オカッパ頭の男の子なんてそんなにいないでしょ」
!!!おかっぱ!!! その単語を聞くと同時に、俺は部屋を飛び出した。
「バカおふくろ、ソレを早く言えって!」
おかっぱ頭の男の子なんて、オレは一人しか知らない。
「アーキーラーた――ん!」
ツッカケを履いて外に飛び出すと、電柱の陰に座っていたアキラが急に立ち上がり、わた
わたと背中を向ける。…と、不自然な歩き方をしたと思ったら前のめりに崩れおちた。
「アキラ……っ!」
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