無題 第3部 42
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「塔矢、行くよ。」
だが深い眠りに入ってしまったらしいアキラは、ヒカルがどんなに揺すって呼びかけても
目を覚まさなかった。
「塔矢ぁ、起きて、歩いてよ。」
ヒカルがアキラの腕を肩にかけて立ち上がろうとしたが、よろけて壁にぶつかってしまった。
「おまえじゃ無理だよ。」
緒方は煙草を投げ捨てて、二人に近づいた。
「オレなんかに触わられるのはイヤかもしれんが、ちょっとだけ我慢してくれよ、アキラくん。」
そう言って、アキラの身体を抱き上げた。
もしかしたら、自分の手が触れたらアキラが目を覚ましてしまうかもしれないと、緒方は怖れた
のだが、抱き上げてもアキラは変わらずに安心したような静かな笑みを浮かべたままだった。
もう触れる事は無いだろうと思っていたアキラの身体を抱いて、その美しい顔を間近に覗き
込んで、緒方は、このまま彼を手放したくない、という衝動に駆られた。
進藤なんかどうでもいい。
アキラの気持ちもどうでもいい。
このまま、アキラをさらって行ってしまいたい。
さらって行って、誰も来ない場所に閉じ込めて、自分一人のものにしてしまいたい。
そうして、後はもう、アキラがどんなに泣いて喚こうと、誰の事を口にしようと構わずに、ずっと、
いつまでも、こうしてアキラを抱いていたい。
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