無題 第3部 45
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昨日の事?
アキラは記憶を手繰り寄せた。
まず、最初に思い出したのは、今も感じている、なんだか良くわからない、不思議な幸福感。
身体が暖かくなって、心が軽くなって、全てが解放されて、自分自身が大気中に溶けていって
しまいそうに感じた。
たった一つの言葉だけで、そんなにも幸福に感じられる、魔法の言葉。
アキラはそれを思い出して、そして、もう一度その言葉を口にした。
「好きだ、進藤。」
それから目を開いて、ヒカルを見詰めてもう一度、言った。
「好きだ。」
そんな風に言われて、優しく見詰められて、ヒカルはどうしたらいいかわからず、どぎまぎした。
アキラの、吸い込まれるような黒い瞳が、真っ直ぐにヒカルを見詰めている。
静まれ、オレの心臓。
何か、言わなければ。何か、言葉を返さなければ。
必死に自分に言い聞かせるヒカルの耳に次に届いた言葉に、だがヒカルは呆れかえった。
「そう、言ったよね。それは覚えてるけど、それからボク、どうしたっけ…?」
「…ボク、どうしたっけ?ふざけんなバカヤロウ。
寝ちまいやがったんだよ、それから。
こっちの気も知らないで、自分だけ好きな事言って寝ちまいやがって。
ここに運ぶんだって、どれだけ大変だったと思ってるんだ、オマエ」
ヒカルに怒鳴られて、アキラが神妙な顔をして謝った。
「ゴメン」
なんだかしょんぼりしている風のアキラがカワイイな、とヒカルは思って小さく笑った。
「あのさ、」
呼びかけられて、なに?と言う風にアキラがヒカルの顔を見た。
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