座敷牢中夢地獄 48 - 49


(48)
翌日先生は自ら先方に電話し、アキラはもう指導碁に遣らないと告げた。
アキラの身体に取り付けられていた奇妙なモノたちは夫人に知らせずいざと言う時の
証拠品として保管した。
アキラが車の人物に連れ去られそうになる事件が起きたのは、それから数日後の
ことだった。

「その・・・指導碁の相手だったんですか。アキラくんを連れ去ろうとしていたのは」
「後で調べさせたが、車のナンバーが一致した」
先生は苦々しそうに言った。
警察に知らせることも出来たが、そうなればアキラが受けていた行為の内容を夫人にも
知らせることになる。お母さんにだけは言わないでとアキラが懇願した。
先生としても、ことを大きくして長引かせるより一日も早くアキラに元の生活を
取り戻させるほうがよいと思った。
相手とて立場のある人物なのだ。自分のしたことが公にされるよりは、アキラから
手を引くことを選ぶだろう。
再び先生は先方に電話し、アキラの身体に取り付けられていたモノと封書の手紙は
こちらで保管してある、今後また同様のことが続くようであれば事を公にすることも
辞さないとだけ告げた。
そして翌朝――
朝刊には、昨夜動機不明の自殺を遂げた相手の死亡記事があった。

「自殺!?」
先生がうむ・・・と頷いた。
俺は思わずアキラを見た。
俺の傍らに正座してうなだれている美しい少年。
行燈の灯りだけが照らす岩窟の中、炎よりも更に明るく強い光を内側から放っている
ような少年。
確かに彼には、関わる人間をそのような運命の淵に引きずり込む力が備わっているの
かも知れない。


(49)
「・・・発端になった葉書は成り行き上、私の目に触れることになってしまったが、
以降の封書を読む気は私にはなかった。どんな相手からの手紙であれ、それはアキラに
宛てて書かれたものだったのだからね」
ただ、いざと言う時に備えて先方からの手紙は処分しないようにとだけアキラには
言ってあったのだと云う。
だが相手の通夜も済んだある日のこと、アキラが文箱いっぱいの封書の束を
父親のもとに持って来た。
これはもう必要ないだろうし処分してしまいたいけれども、自分では処理の仕方が
わからない、捨てるなり焼くなり、まだ保管しておくなり、お父さんの良いと思うように
して欲しいと言う。
「――だが、それらの手紙は一通も封が切られていなかったのだ」

アキラが自室に戻ってしまった後、先生は悩んだ。
息子に宛てられた手紙は読まないという姿勢を貫くなら、これはこのまま燃やすか
シュレッダーにかけるかして処分してしまうべきである。
だが恐らくは息子とのことで思いつめて自殺までしたのだろう相手が、人生の最後の
数週間に綴った手紙を、誰の目にも触れないまま闇に葬るというのはひどく憐れに思えた。
下世話な好奇心も手伝ったことは否定しない、と前置いてから先生は、それでも
アキラが読みたくないのなら代わりにこれを読んでやることは、男の死に関わった者の
父親としての自分の責務であるように感じたと語った。



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