座敷牢中夢地獄 51


(51)
アキラと会っていない間の自分の生活と思考の全てを写し取ろうとするかのように
手紙は回を追うごとに異様な長さとなっていき、これを毎日自筆するだけでも
日常生活に支障が出ていたのではないかと思われるほどだった。
それと同時にあれほど達者で端正だった筆跡が乱れを見せ、文章の内容もアキラと
会えないことへの不安やアキラもまた自分に会いたがっているという妄想に傾いていく。
「・・・一人の人間が崩壊していく過程とは、こういうものかと思ったよ」
男の手紙が変調をきたし始めた時期と、アキラの帰宅が遅くなったり明子夫人が
アキラの体に痣を見たりした時期とはちょうど重なっていた。

消印の最後の日付は、アキラが最後に指導碁に出向いた日の前日のものだった。
その頃になるともう手紙の内容は目を覆うばかりで、これを事前に読んでいたら
絶対にアキラをそれ以上男に会わせになど遣らなかっただろうと、便箋を持つ先生の手が
震えてくるほどのものだった。
最後のページはそれまでのどのページとも趣が違っていた。
それまでは文章が主体で時折それに小さく挿絵が添えられている体裁だったのが、
最後の一通の最終ページだけは真ん中に大きく一人の男の絵が描かれていた。
絵の男はよく見るとナイフで自分の胸を裂き、ハート型の心臓を取り出してこちらに
向かって差し出している。絵が稚拙なせいもあるが、男の表情は苦しんでいるとも
微笑んでいるとも、どちらとも取れる。
付された説明文によればそれは男の自画像であり、自分の気持ちはこの絵の通りだと云う。
アキラに自分の全てを捧げる。
死ぬほど愛している。
アキラと会える時だけが自分の生きている時間で、それ以外はたとえ心臓が動いて
呼吸していても、自分にとっては死んでいるのと同義なのだと。



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