座敷牢中夢地獄 53
(53)
翌朝アキラはもう一度文箱を父親に渡して、全部読みました、とだけ言った。
それだけでいいと先生は思った。
手紙は発端となった葉書も含め、全て塔矢家の庭で火にくべた。
男の想いが天へ昇っていったか地に還ったか、それは知らない。
「そんなことが・・・あったんですか」
うむ、と先生が重々しく頷いた。
「ですが、それは――それはその男だって気の毒かもしれませんが、一番被害を受けた
のは、やっぱりアキラくんだ。男は自業自得でしょう」
「そう思うかね」
「当然でしょう。アキラくんはまだ中学生だ。年端もいかない子供に熱を上げて、
関係を強要するなんて――相手のほうが悪いに決まっている。同情の余地などない」
自分の口から出る言葉が全て自分に跳ね返ってくるのを感じながらも、俺は言葉を止める
ことが出来なかった。
アキラがそんな風に他の人間に危害を加えられたと知ったら、俺なら電話で縁切りを
宣告するだけでは収まらない。
その足でその人間を探しに行き、二度とアキラに近づこうなどと思わなくなるくらい
痛めつけずにはおかないだろう。
「強要――ではなかった」
「え?」
「男が、アキラに強要したのではなかったのだよ。つまりその、・・・関係をだ」
「合意だったとでも?アキラくんはそんな――」
「・・・手紙を燃やしてしまってからは、禍々しい出来事は全て終わり元通りの日常が戻って
きたかに見えた。だが、何一つ終わってなどいなかったのだ。・・・私が事件を忘れかけて
いたある日のこと」
先生は言葉を切って、深く深く反響する声で言った。
「我が家で、門下の棋士が一人刺された」
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