座敷牢中夢地獄 55


(55)
ともあれ、偉大な師の下につくということは己の矮小さを思い知る機会にも
恵まれるということだ。
俺が先生の弟子になった後だけでも、先輩・後輩合わせて幾人もの門下生が
才能の限界を悟り、或いは自らが信じる才能と現実とのギャップに苦しみ、
盤上の戦いから退いていった。
彼らの多くは先生のもとへ最後の挨拶に来た際、――それは塔矢邸に棋士の来客が
あった時の習慣のようなものだったが――玄関先までアキラに見送られて去っていった。
その場に何度か居合わせたことがある。
彼らのうち、ある者はアキラの頭を撫でて微笑み、ある者は振り返りもせずに去った。
頬を濡らす者もあった。
彼らはそれぞれどんな思いでアキラの最後の見送りを受けたのだろう。
嫉妬か。
名残り惜しさか。
挫折感か。
夢破れた己の分まで輝き、碁界に名を残して欲しいという願いか。
――彼らが門を出て行き見えなくなっても、アキラはいつも暫く玄関先に佇み、
澄んだ目でじっと彼らの去った後を見つめていた。

甘い世界ではないから、そこには当然苦悩も争いもある。
俺も研究会でいつも穏やかに接してくれていた兄弟子に手合いで勝ってしまった時、
普段のその人からは考えられないような激しい怒りをぶつけられたことがあった。
だがどんな怒りも憎しみも、全ての決着は盤上で付けなければ収まらないのだと
いうことを俺たちは皆痛いくらい知っていた。
だから時に門下生同士の諍いの話を耳にすることはあっても、
刺したとか刺されたとか、そんな方向へ事態が発展したなど聞いたこともない。
――どうも荒唐無稽な夢を見ているものだ。
先生の言葉の続きを待ちながら、心のどこかで所詮夢だと高を括っている自分がいる。



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