怒りの少年王 6 - 10
(6)
「ふうっ…」
最後の書類にサインをし終わってアキラ王は小さな息をはく。そうして立ち上がって大きく伸びをした。そのしなやかな肢体に、そこにいた者全てが、賞賛のため息をついた。
だがアキラ王はその視線を軽く受け流して、レッドの待つ部屋へと向かった。
「お待たせ、レッド。」
声をかけながらアキラ王は奥部屋に入り、ベッドに転がって何かを見ていたレッドの頬に口付けした。
「何を見ていたんだい?」
「これ?おまえに見せようと思って持ってきたんだ。今週号のゲラ刷りだよ。」
アキラ王の目が輝く。何と言っても久しぶりの出演だったのだ。
「ありがとう、レッド、嬉しいよ…!」
そう言ってレッドの手から奪い取るように原稿をとり、彼の背にもたれて、原稿を読み始めた。
だが。
レッドは自分の背にもたれているアキラ王の背中が、小さく震えだしたのを感じて、振り返った。
「どうしたんだ?アキラ?」
「これは…これは、何だ…?」
「何って…おまえ、どうしたんだ…?」
明らかに何かに機嫌を損ねたような、いや、怒りをこらえているような様子のアキラ王を目にしてレッドは不審げに尋ねた。
だがレッドの声が聞こえていないのか、アキラ王はある頁をじっと見詰めた後、もう一度数頁前に戻って、原稿を見つめる。手が震え、こめかみに青筋が立っている。
「おい、何、怒ってんだよ…おまえ…」
「これは…一体どういう事だ…?なぜ、なぜボクの出番がこれしかないんだ…!」
(7)
アキラ王はレッドを振り返って、涙ながらに訴えた。
「ひどい!ひどいと思わないか!?このボクが、こんな扱いをされるなんて…!!
やっと出番が来たと思ったら、これは何だ?たったの4コマ?それも4コマと言っても後姿だけのコマも含めてだぞ!こんな、こんなひどい事が許されるのか?
しかも、このオガタンの扱いは何だ。一人で見開き2頁も使って…、知ってたか、キミ?顔の映ってるコマだけでも10コマもあるんだ、ボクの倍以上だ…!」
原稿をぎゅっと握り締めた手が震えている。
「許せるもんか、家臣の分際でこのボクよりも目立とうなんて…!」
怒りに震えるアキラ王を、レッドは何とか宥めようとした。
「な、なあ、そんなに怒るなよ、アキラ。なんて言ったってオガタンさんは久しぶりの登場だしさ、ちょっとくらい頁つかったって…そんな、コマ数なんて律儀に数えて、つまんない事で怒るなよ。」
「キミはそれで平気なのか?このボクがこんなにないがしろにされて…、ひどいよ。
だいたい、オガタンはずるい。ボクは向こうの好みでいっつもヘンな衣装を着せられたりしてるのに、オガタンはいっつも自分の衣装持ち込みで、今回だって、ボクのこのネクタイ、ヘンだと思わないか?これじゃまるでボクがファッションセンスゼロみたいじゃないか…!」
アキラ王の言葉にレッドは思わず吹き出してしまった。実際、アキラ王のファッションは口の悪い連中にバカにされる事もあったし、レッド自身も首をかしげる事が多かったからだ。
(8)
「そんなの、どうでもいい事じゃんか。気にすんなよ、」
「キミは、主役だからそんな事が言えるんだ!貴重な出番が、ボクにとってどんなに重要かなんてわかってないんだろ?それにキミはいっつもカジュアルだから、ボクみたいにヘンな格好させられる事もないもんね?」
「おまえ、そう言うけど、主役ってのも大変なんだぞ?休みはないし、毎週毎週台詞覚えんのだって大変だし…おまえが羨ましいくらいだよ。オレなんか」
「台詞を覚えるのが大変だって?贅沢な悩みだよ。今週のボクの台詞がどれだけあったかわかっててそんな事がいえるのか、キミは?」
そう言われても、アキラじゃあるまいし、人の台詞の数まで覚えちゃいない。
「キミに…、ボクの気持ちなんて、わかるもんか!」
アキラ王がレッドの手を振り払った。振り払って、レッドの顔を見つめた。見る見るうちに王の目に涙が浮かんで、こぼれそうになった。
「なんだよ、レッドなんて、レッドなんて…」
「あ、待て、アキラ…」
「うわああああん、レッドなんて、大っ嫌いだぁああ!!ぅわあああん、ああああん、…」
(9)
なんとアキラ王は城一杯に響くような大声を上げて泣き出した。
「ああん、レッドなんてキライだぁ、レッドの意地悪ぅ…うあああん、」
「おい、アキラぁ、泣くなよぉ、そんなに…」
「ぐすん、ひっく…、だって、だって…ボク…」
「いい加減、泣きやめよ。おまえ、王さまだろ、国民が泣くぞ、アキラ王がこんな子供みたいに泣いてるなんて知ったら。」
「そんなこと、そんなこと、ないもんっ!ボクの民たちは…ひっく…」
「なぁ、泣くなよ、アキラ…オレが悪かったよ…」
アキラ王が涙いっぱいの目でレッドを見上げる。
その顔があんまり可愛らしいので、レッドはこぼれる涙を吸い取るようにアキラ王の目元にそっと口付けして、アキラ王の泣き濡れた黒い瞳を覗き込んだ。
「なあ、頼むから、泣き止んでくれよ。オレ、どうしたらいいかわかんなくなるじゃないか…」
「…レッド…」
「泣かないでくれよ、アキラ…」
そう言いながら、レッドはアキラ王をそっと優しく抱きしめた。
「なあ、アキラ、おまえ、ホントにオレの事、キライなのか…?」
レッドの胸の中で、アキラ王が小さく首を振った。その仕草があまりにもいじらしく可愛らしいので、レッドはアキラ王を抱く腕にぎゅっと力をこめた。
「気にすんなよ、そんな事。
それに…こんな事言うと、おまえは怒るかも知れないけどさ、オレはちょっと嬉しいんだ。」
なぜそんな事を言うのかと、不思議そうにアキラ王がレッドの顔を見上げた。
「だって…だってさ、オレはおまえを他のヤツになんか見せたくないんだ…」
「レッド…」
甘やかな空気が二人を包んで、唇と唇が触れそうに近づいた、その瞬間、
(10)
「王よ!どうなさいました!!」
大きな音を立てて、ドアが開かれ、主治医や執事、小姓たちが部屋に駆け込んできた。
慌てて二人はパッと身体を離した。
驚きと羞恥にアキラ王は一瞬頬を赤く染め、それから、次の瞬間には邪魔をされた事に猛烈に立腹した。
怒りのあまり、枕下に隠してあった鞭を取り出して、ピシリとそれを振るう。
「誰が、誰が、この部屋に入る事を許した!」
アキラ王は仁王立ちになって鞭を構える。
「レッドが来ている時には誰も立ち入るなと、いつも言っているだろう!!」
「おい、アキラ、やめろっ!」
王の前に跪いている家臣に、今にも鞭を振り下ろしそうに見えて、レッドはアキラ王の身体を抱きかかえて止めようとした。
「放せっ、レッド!もう、今日という今日は許して置けない。
こいつらはいつもそうなんだ。わかってて邪魔してるんだ!!
そうだろう?オガタン!?」
「何をそのような…わたくしどもは、常にあなた様の身を心配するがゆえの事…」
白々しいオガタンの口ぶりに、少年王の怒りは頂点に達した。
「もーう、許さない!おまえなんか、鞭打ちだ!銃殺刑だ!!」
「やめろっ!やめてくれっ、アキラっ!!」
「はなせぇ、レッド!!」
「お、王よ、ムチを振舞われるなら、是非、このわたくしめに…」
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