誕生日の話 6 - 10


(6)
 何か胡散臭いものを感じたのか、アキラくんは横目でちらっと緒方さんを見ると、
またすぐに視線を戻して『アキラくんおたんじょうびおめでとう』のチョコレート
をモグモグとかじりました。
「大丈夫だよ、オレは聞かないから」
「……ほんと?」
 アキラくんがまたちらりと横目で緒方さんの顔色を窺います。
 本当だよ本当だよ。緒方さんはアキラくんの目をまっすぐに見つめ、できるだけ
誠意を込めてこっくりと頷きました。
「緒方君…本当にキミはサンタクロースの電話番号を…」
「先生には内緒ですよ。さ、アキラくんサンタさんに電話だ!」
「でんわだー!」
 緒方さんがアキラくんの背中をポンと叩いて立ち上がると、アキラくんもあわて
てチョコレートを口の中に入れて立ち上がります。
 そしてアキラくんは緒方さんに抱きかかえられるようにして居間を去っていきました。
「緒方君……!」
 お父さんはまたもや絶句してしまいます。お母さんがそんなお父さんの肩にそっ
と手を置くまで、お父さんはスプーンを持った手の震えを止めることができなくなっ
てしまいました。


(7)
「ちょっと待っててね…」
 受話器を取り上げて手帳をポケットから出して見せると、玄関先に立ったアキラ
くんが期待に満ちた目で見上げてきます。その視線をくすぐったく思いながら、緒
方さんは手帳を見ながらピポパポと電話番号を入力していきました。
「アキラくん、ハイ」
 電話が繋がったのを確認して受話器を渡すと、アキラくんは恐る恐るといった様子で
両手で受話器を受け取り、そうっと耳に当てます。そこまで見届けると、緒方さんは
笑いながら隣の部屋へ入っていきました。
 ――そろそろアキラくんからのヘルプが入るだろうな…
 そう緒方さんが含み笑いをしたときです。
 アキラくんが必死に自分の名を呼ぶ、舌足らずな声が聞こえてきました。
「どうしたの?」
「なにかしゃべってるよぅ」
 緒方さんがゆったりとアキラくんのところに歩み寄ると、アキラくんは受話器を
投げ出さんばかりにして緒方さんにパスしました。受話器からは、アキラくんには
まだ理解できない言葉が一方的に流れてきます。
「May I help you?」
 緒方さんはとりあえず頭に浮かんだ英語を片っ端から話していきました。
「…イエス。It was such a cold day that we stayed indoors」
 自分でも訳が分からなくなったあたりで耳にピーという電子音が届き、緒方さん
は『wait,please』ととりあえず言い置いてアキラくんに渡しました。


(8)
「アキラくん、もう大丈夫だから、欲しいものを言うといいよ」
 アキラくんはコクリと頷きましたが、その片手は緒方さんのズボンをしっかりと
握り締めています。落ち着いて聞けば受話器から流れてくるサンタさんの声が緒方
さんの声と同じことが判るだろうに、アキラくんはきっと不安と期待で一杯なので
しょう。
 緒方さんはクスクスと笑い、受話器をアキラくんの耳にそっと当ててあげました。
「サンタさん、あのね……ボクね……」
 ようやく決心がついたのか、アキラくんは再び両手で受話器をしっかりと掴みま
した。録音の時間は30秒しかありません。またもや隣の部屋に入り、ふすまにぴっ
たりと耳をくっつけた緒方さんは、腕時計を見て神様に祈りました。
『早く言え。言うんだアキラくん!』
 目を閉じて緒方さんが念じたころ、アキラくんもぎゅっと目を閉じて叫びました。

「ボクのごばんをくださいっ!」


(9)
 2人が脱兎のごとく出て行った後の開けっ放しのふすまからは、冷たい12月の
空気が容赦なく入ってきます。しばらくはコタツの掛け布団を引き上げて我慢して
いたお父さんですが、とうとう立ち上がりると、ふすまを閉めて振り向きました。
「明子。私はサンタクロースの電話番号を知らないんだが…。知ってるか?」
「いいえ、知りませんわ」
 お母さんはフフと笑って紅茶を一口飲みました。
「そうか……」
 お父さんは落胆したように肩を落とし、コタツの上の食べかけのケーキに視線を
落としました。アキラくんのケーキはまだ大分残っています。
「まあ、いいじゃありませんのアナタ。緒方さんが何か考えてらっしゃるんでしょ」
「彼もなかなかに策士だからなあ」
 コタツに潜り込み、スプーンを手に取ったお父さんは唸るように呟きました。
 一番大きなサイズのケーキを買ってきてしまったので、お父さんのケーキもあと
少し残っています。
「それで、お父さんサンタは何をプレゼントするつもりかしら?」
「……一緒に考えてくれ……」
 いくら愛していても、まだ3歳のアキラくんが欲しいものなど見当もつかないと
いうのが本音のところです。お父さんは苦りきった顔で低く呟きました。
「私にもプレゼントくださる?」
「善処しよう」


(10)
 お母さんがお父さんのブレーンとなることを了承してくれたので、お父さんは安
心して紅茶を口に含みました。
 隣に座っていたアキラくんのお皿の上に綺麗に並べられたサンタさんやウエハー
スのおうちなどは手もつけられておらず、今までの経験から、それらはあと数日は
大事に保存されることになりそうな予感がします。今食べたほうが絶対おいしいと
思うのですが、どうやらそれはアキラくんのこだわりなので、お父さんは何も言う
つもりはありませんでした。
「あら、帰ってきたわ」
 どたどたと足音が聞こえてきて、2人は顔を見合わせてくすくすと笑います。
「――おかえりなさい。寒かったでしょ」
 お母さんがこたつ布団をめくり上げると、走ってやってきたらしいアキラくんは
そこに頭から入り、コタツの中をくぐってお父さんの隣から顔を覗かせました。
 ぷはあと大きく息を吐いたアキラくんの脇に手を入れてひっぱりあげると、お父
さんはアキラくんを膝の上に乗せてケーキのお皿を引き寄せます。
「サンタさんにお願いできたのか?」
「うん! ボクね、サンタさんとおはなししちゃった!」
「そうか」
 寒いのと暖かいのの相乗効果で、アキラくんのいつも赤いほっぺたは一層真っ赤
になっています。
 一体緒方さんがどんなマジックを使ったのか、いまいちよく解りませんでしたが、
アキラくんがご機嫌に笑っているのでお父さんはそれでヨシとしました。



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