バレンタイン小ネタ1 6 - 7
(6)
(おまけ)
都内一流ホテルのバー。
一面硝子張りの透明な壁は、外の風景が一望出来る造りになっている。
夜景を飾る鮮やかなネオンの数々は、眠る事のない東京の夜を静かに
物語る。室内は暗い照明で ほの暗い。
暗闇の中に浮かび上がる かすかな明かりは、かえって安らげる空間を
そこに造り出す。音楽はジャズが流れていて、ひっそりとした店内に
それは相応しく感じる。
「悪かったな、最近なかなか会えなくて」
緒方はカウンター席に座り、自分の左隣のセミロングの女性に
話しかける。
「フフ・・・。てっきり忘れられたかと思ったわ。
アナタ 本当に自分勝手な人だもの」
「今日は、今までの無礼を埋め合わせするつもりだがな」
「あら、そうなの? じゃあ、例えば どんなことをしてくれるのかしら?」
「つい先日、知り合いから30年前のワインを手に入れたんだ。
幻の名品だ。ホテルに部屋を取っているが、そこですでに冷やして
もらっている」
「えっ、もしかして数十年前に沈没した船から出てきたワインのこと?」
「そうだ」
「・・・相変わらず、小憎らしいほどの演出ね。そういうところも好きだけど」
「あとコレなんかも どうだ」
緒方はジャケットのポケットからブランド物の小さな包みを女性に渡す。
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「開けてみてもいい?」
緒方は 頷きながらタバコを取り出して火をつける。包みの中から
真珠のネックレスが現れる。チェーンは銀。真珠の周りにサファイヤと
ダイヤの石が散りばめている。少し歪んだ不完全の球体の真珠は光に
触れると虹色の品のある光沢を輝かす。
「・・・凄い。もしかしてコレ、天然の真珠なんじゃないの!?」
「キミに似合うと思って」
「もう・・・・・。だからアナタって心底嫌いになれないのよね」
女性は軽い溜息をつき、少し憎らしげに緒方を見るが、すぐ穏やかな
微笑みに変わる。
「そろそろ部屋に行こうか?」
女性は黙って頷く。緒方は女性の背に手をまわし、店内を出る。
「緒方さん、お疲れのようですが大丈夫ですか?」と、記者が声を掛ける。
「ええ、大丈夫です。お気兼ねなく。」
緒方は碁雑誌の取材を受けている最中に軽い睡魔に見舞われた。
「・・・・・ちょっと昨日、頑張りすぎたかな?」と、ボソっと呟く。
「何か昨日あったんですか?」
「あっ、いいえ 何でもないです」
少しズレた眼鏡を右手で戻しながら、内心慌てる。
また、背中の引っかき傷がズキっと痛み出し、顔をやや歪める。
・・・ヤレヤレ、女の機嫌を取るのも一苦労だな。
緒方は心の中で呟いた。
(終わる)
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