大人は判ってくれない? 7


(7)
「…………」
 緒方はガックリと項垂れた。
その視線の先には、エロティックなシルクサテンの小さな布がささやかに盛り上がっていた。
(我が人生最大の不覚……)
 オフホワイトのスーツ、ブルーのワイシャツ、イエローのネクタイによって構築される
見事なハーモニーを完膚無きまでにブチ壊すバイオレットの下着が、股間でこれ見よがしに
テラテラと光っている。
だが、不幸中の幸いとも言うべきか、どうやら中身ははみ出していないようだ。
緒方は小さく安堵の溜息をついた。
しかし、果たしていつから御開帳だったのかは全く記憶になかった。

「……表に出ている、か……ハハ……」
 緒方は羞恥に震える手でファスナーに右手をかけた。
そこに飛んできたのは、突如現れた市河の場違いなまでに明るい声だった。
「緒方先生、指導碁お願いします」
 予期せぬ出来事に、緒方の手が止まった。
「グッ……!!」
 呻き声を上げるや否や、緒方は机に突っ伏してしまった。
(……何事!?)
 緒方の様子に、市河は大きな瞳をただぱちくりさせるばかりだった。

 緒方はピクピクと小刻みに身を震わせていた。
それは、まさに往生際の悪いゴキブリさながらの見苦しさだった。
「緒方先生……どうかしましたか?」
 口調から察するに、どうやら市河は事態を把握していないらしい。
「……わ…わかった。すぐに逝くから、市河さんは戻ってくれ……」
 辛うじて声を絞り出す緒方は、本当に逝きそうな様子だった。
だが、上げようとしたファスナーの間に股間の物体が挟まったとは──下着だけならいざ知らず、
その下のデリケートな皮膚までもがファスナーの餌食になっているとは──口が裂けても言える
はずがない。
それだけは、緒方の矜持が許さなかった。
 市河は不審そうに緒方を見遣りながらも、渋々受付へと戻って行った。



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