誕生日の話 7 - 8
(7)
「ちょっと待っててね…」
受話器を取り上げて手帳をポケットから出して見せると、玄関先に立ったアキラ
くんが期待に満ちた目で見上げてきます。その視線をくすぐったく思いながら、緒
方さんは手帳を見ながらピポパポと電話番号を入力していきました。
「アキラくん、ハイ」
電話が繋がったのを確認して受話器を渡すと、アキラくんは恐る恐るといった様子で
両手で受話器を受け取り、そうっと耳に当てます。そこまで見届けると、緒方さんは
笑いながら隣の部屋へ入っていきました。
――そろそろアキラくんからのヘルプが入るだろうな…
そう緒方さんが含み笑いをしたときです。
アキラくんが必死に自分の名を呼ぶ、舌足らずな声が聞こえてきました。
「どうしたの?」
「なにかしゃべってるよぅ」
緒方さんがゆったりとアキラくんのところに歩み寄ると、アキラくんは受話器を
投げ出さんばかりにして緒方さんにパスしました。受話器からは、アキラくんには
まだ理解できない言葉が一方的に流れてきます。
「May I help you?」
緒方さんはとりあえず頭に浮かんだ英語を片っ端から話していきました。
「…イエス。It was such a cold day that we stayed indoors」
自分でも訳が分からなくなったあたりで耳にピーという電子音が届き、緒方さん
は『wait,please』ととりあえず言い置いてアキラくんに渡しました。
(8)
「アキラくん、もう大丈夫だから、欲しいものを言うといいよ」
アキラくんはコクリと頷きましたが、その片手は緒方さんのズボンをしっかりと
握り締めています。落ち着いて聞けば受話器から流れてくるサンタさんの声が緒方
さんの声と同じことが判るだろうに、アキラくんはきっと不安と期待で一杯なので
しょう。
緒方さんはクスクスと笑い、受話器をアキラくんの耳にそっと当ててあげました。
「サンタさん、あのね……ボクね……」
ようやく決心がついたのか、アキラくんは再び両手で受話器をしっかりと掴みま
した。録音の時間は30秒しかありません。またもや隣の部屋に入り、ふすまにぴっ
たりと耳をくっつけた緒方さんは、腕時計を見て神様に祈りました。
『早く言え。言うんだアキラくん!』
目を閉じて緒方さんが念じたころ、アキラくんもぎゅっと目を閉じて叫びました。
「ボクのごばんをくださいっ!」
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