Sullen Boy 8 - 9


(8)
「アキラ君、ここに乗れよ」
 爪先が冷え切って耐えられなくなったアキラが、仕方なく踵立ちしている様子を見て、
緒方はサンダルを履いた自分の足の上を指差した。
「……そんなことしたら、足が痛くなりませんか?」
「何言ってるんだ。軽いくせに……」
 緒方は笑いながらアキラの背中を叩き、指示に従うよう促す。
アキラは苦笑しながらも、素直に緒方の足の上に乗り、フェンスに腕を掛けた。
緒方はアキラの背中に軽く体重を掛けて覆い被さると、両腕を回してアキラの上腕を掴む。
「こうすると背中が暖かいだろ。オレもシャツ一枚で結構寒かったんでね」
「暖かいですけど……でも、やっぱり重いんじゃないですか?」
「この程度は、重いうちには入らんよ」
 そう言って、緒方はアキラの上腕を掴む手に僅かに力を込めた。
「それより……ホラ、少し明るくなってきたぞ」
 確かに遥か左前方がうっすらと明るくなり始めている。
「暁光だな。もう夜明けか……」
「……暁光…………暁の光か……」
 アキラは意味を確認するように、小声で呟いた。
「そうだな。さながら塔矢アキラと進藤ヒカルってところか」
「ボクと進藤!?……どういう意味ですか?」
 緒方の言葉に、思わずアキラが振り向く。
そんなアキラを楽しそうに見つめながら、緒方は片手をアキラの頭にそっと置いた。
「2人の名前を漢字にすると、そうなるだろ?」


(9)
 アキラは再び白み始めた空の方向に視線を遣ると、しばらく黙ったまま考え込んだ。
「進藤はわかるけど……。ボクの名前はお母さんの『明子』から『明』を採ってアキラなんだと
思っていたから……」
 緒方は独り言のように呟くアキラの横顔を穏やかな表情で見つめながら、爽やかな夜明けの風に
微かにそよぐアキラの黒髪を優しく撫でてやる。
「オレにとっては、アキラ君は『明』よりも『暁』のイメージなんだがね。なんとなく、
こうやって夜が明けていく雰囲気が似合うような気がするな……」
 ゆっくりとアキラと同じ方向を見遣りながら、緒方はアキラの耳元でそう囁いた。
「……ボクと進藤か……」
 どこか感慨深げに呟くアキラの両肩を力強くギュッと掴むと、緒方は挑発するような
口調で語りかける。
「追って来い!進藤と2人でな」
「……でも、進藤は!」
 再び緒方の方を振り向いたアキラは、苛立ちを隠しきれない表情を浮かべていた。
「すぐ戻って来るさ、進藤は。今は思うところあって出て来ないんだろうが……。
戻って来たらキミからも進藤に言っておくんだな。『追って来い!』と……」
「…………」
「それより今は自分の碁のことを考えるんだな、アキラ君。もうじき三段に昇段だろ?
本因坊戦の予選も煮詰まってくるんじゃないか?オレの期待を裏切らずに、しっかり
リーグ入りしてくれよ」
 アキラは緒方の足の上から降りると、フェンスに背を凭れ、沈黙したまましばらく唇を噛み締めた。
やがて、そんなアキラを見つめていた緒方の方を向くと、真剣な眼差しで尋ねる。
「……緒方さん……、進藤は本当に戻って来ると思いますか?」



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