座敷牢中夢地獄 8 - 9


(8)
「緒方さんて、なんだか話しやすい・・・初めて会ったのに・・・」
アキラの言葉に笑いが引っ込む。
そう、何故かこのアキラや先生にとって、俺は初対面の人物ということになっている
らしい。それに俺が知る限り、アキラが一年も体調を崩して療養した事実などない。
――どうなってるんだ?一体。
「緒方さん、さっき海で、自己紹介もしていないのにボクの名前を呼びましたよね。
どうしてご存知だったんですか?」
「さてね・・・何故だと思う?」
アキラは首を傾げ、澄み切った黒い目で俺を見つめた。
アキラが生まれたての頃初めてその目が開いたところを見て、世の苦しみや汚れを
まだ知らない赤ん坊の目というのはこれほど濁りなく美しいものかと、小さな感動すら
覚えたものだ。
だがあれから十数年が経ち、アキラが綺麗なことばかりではないこの世の現実を
幾らかは見知ったはずの今も、その目の澄明な美しさは少しも変わることがなかった。
――俺は先生の弟子で、キミが生まれる前から知っている。
そう教えてやったらどんな顔をするだろうかと思った。
だが今ここでそんなことを言ったとしても、きっと信じてはもらえないだろう。
悪くすれば妄想狂の怪しい男の戯言と思われて終わりかもしれない。
かといって辻褄を合わせるために適当な嘘をついて、今まで確かに積み重ねてきた
はずのものをなかったことにするのも嫌だった。
「・・・囲碁雑誌か何かに載っているのをご覧になったんですか?」
まあこの状況でアキラが導き出せる答えと言ったらこんなものだろう。
曖昧に笑ってお茶を濁しているところへ、先生がタオルを手に戻ってきた。
「アキラ、足を拭いたら奥で乾いた服に着替えなさい。緒方くん、キミはこちらへ。
風呂を沸かしてある」
風呂なら先にアキラくんに、と断ろうとしたが威厳のこもった眼差しで「キミが先だ」と
告げられてしまった。
アキラのことも気がかりではあったが、ここは大人しく好意に甘えることにした。


(9)
海水で濡れた服を体から剥がすようにして脱いでいく。
そうしながら俺は、この奇妙な状況についてつらつらと考えてみた。
――海で探し物をしていたアキラ。
俺を知らない先生とアキラ。
俺の知らない先生とアキラの事情。
それらを合理的に説明するどんな理由も浮かばなくて、そうか、もしかしたらこれは
夢なのかもしれない。と思いついた。
夢だとしたらどこからどこまでが夢なのか。現との境目はどこだったのか。
・・・・・・
どうせ夢なら、いつか覚めてみればわかることだ。
ならば終わりが来るまで、夢の中の展開に身を任せていればいい。

肌着から首を引き抜いた拍子に布の端が口に入り、海の塩辛い味がした。
そう言えば夢のアキラは何を探していたのだろう。
あの、塩の味がする水の中で。

衣服を全て脱ぎ終え眼鏡も外して、脱衣所から風呂場へと全裸で足を踏み入れようと
した時、背後でカラカラと引き戸の開く音がした。
振り向くと先生が立っている。
眼鏡を外しているせいで先生の表情はよく見えない。
何か言ってくるのかとしばらく待ったが、先生はただそこに立ったままこちらを見ている。
よくわからないが、全身をじろじろと隈なく眺め回されているような気もする。
「・・・あの。何か?」
さすがに不快さと羞恥を感じて俺が声を発すると、先生は我に返ったように言った。
「ああ、すまないね。風呂の使い方を言いに来たんだ」
湯加減の調節の仕方とシャワーの出し方を手短に説明すると、先生はまたカラカラと
引き戸を閉めて戻っていった。



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