断点-2 6 - 9


(6)

「…なんて事を、僕が本気で言うとでも思ったかい?」

キィーンと、耳鳴りがした。
今、何が起きたんだ?
塔矢は、なんて言った?
動けなかった。
声も出せなかった。
今のは一体どういう意味だ?
凍り付いてしまったオレを嘲るような塔矢の綺麗な唇から目を離せない。
いつもより紅く、濡れて艶めいた唇が、冷たく、残酷な言葉をオレに聞かせる。
「いい格好だね。」
そう言って塔矢は身体を起こしてオレを見下ろした。
塔矢の視線を辿るようにオレは目を落として自分の格好を確認した。
ソファーにだらしなく座って、シャツの前をはだけられて、下着ごとズボンを腿まで下ろされて。
それなのに服を直す事もできないでいるオレを見ながら塔矢は立ち上がり、そのまま冷たい表情
のままでオレを見下ろした。
動けなかった。
塔矢の視線がオレに動く事を許さなかった。
じっとオレの目を見ていた塔矢は小さく口元だけで笑い、それからその視線はオレの身体を辿る
ように動き出す。
オレはぴくりとも動く事もできずに震えながらただ視線だけを塔矢からそらせた。

塔矢がオレを見ている。
見られている。
そう思うことで萎えかけていたオレの分身がヒクリと震えるのがわかった。
嫌だ。何も反応なんかしたくないのに。
それでも、塔矢の視線を感じてオレの身体にまた熱が集まってくるのを、オレは感じる。


(7)

突然足先を蹴飛ばされた。
「!」
反射的にオレは塔矢を見てしまった。
「君は僕に、一体、何を期待していたんだ?」
氷のように冷たい視線が、オレを見ている。
「あれだけの目に合ってもそれでもあんな甘い言葉を期待していたのか?君は。」
その視線が、逸らされずにオレに近づいてくる。
「愛されるに足るだけの価値が自分自身にあるとでも?」
アイツの手がオレに伸びて、オレを握りこむ。
耐え切れなくて目を瞑ってアイツから顔を背けた。

それなのに、アイツの手の中のオレは塔矢の手に浅ましく反応する。
塔矢の指がいやらしくオレに絡みつき、追い立てる。
いやだ、と思いながらもオレはふと、盤上に鋭く厳しいい音を立てて石を置く白く美しい手を思い出す。
その手が、と思うだけでオレは膨れ上がり、あっという間にオレはイってしまった。
情けなくて悔しくて身体が震えた。
はあはあと息をつきながら(多分赤い顔で)アイツを見上げると、アイツは面白くもなさそうな目で
オレを見下ろし、視線が合うと、オレを鼻で笑った。
「ああ、手が汚れたな。」
そう言って塔矢は部屋の隅にあった小さな洗面台で手を洗って(ご丁寧にセッケンまで使って
やがった)、更に口をゆすいで、キュッと蛇口をひねった。
ポケットから出したハンカチで、多分あいつらしく丁寧に手を拭いてから振り返り、まだ動けずに
いるオレを見て唇の片端で小さく冷ややかに笑って、そうして部屋を出て行った。


(8)

あいつがいなくなってようやく、オレは動けるようになった。
もそもそと服を元に戻しながら、オレは馬鹿馬鹿しくなって笑い出してしまった。
笑いながら涙が出てきた。
オレはおかしい。どうかしてる。
アイツの歩く姿に、振り返る身のこなしに、仕草の一つ一つに、なびく髪の一筋にさえ、見惚れて
しまうなんて。
こんなみっともない格好を晒したまま、それでもアイツに見惚れてしまって動けないなんて。
オレはヘンだ。
なんで、あんな事をされて、あそこまで言われて、それでもアイツを嫌いになれないんだ?
オレは塔矢が怖い。
怖いんだけど、でも、それでも目が離せないんだ。
震え上がりそうなほど怖いんだけど、でも、いや、だからこそ余計に、アイツは綺麗で、冷たい目
でオレを嘲る塔矢は凄みをまして綺麗で、オレは目を離せなくなる。
怖くて、綺麗で、近づいたら切り裂かれるってわかってて近づいていってしまう。
オレはアイツの目に逆らえない。
アイツの何を考えているかわからないような目で見つめられて、「これは毒だ。だから飲め。」と
言われたら、震えながら、怯えながら、それでもオレは飲んでしまうだろう。
アイツが、塔矢自身が、その毒なんだ。
オレはもうその毒を飲んでしまった。一旦口にしてしまったら、その味を知ってしまったら、どんな
に毒だってわかっていても、毒だからこその、その甘美な味から、もう離れられない。


(9)

オレが今まで知ってた塔矢は何だったんだろう。
あんなに、あんな風に恐ろしい奴だなんて、知らなかった。
知るはずがない。
だってオレの知ってた塔矢は、皆が知ってる塔矢は、あんなじゃない。
囲碁界の貴公子。サラブレッド。エリート優等生。そんな言葉だ。塔矢を飾るのは。
元名人の息子で、何の障害もなく、碁界の王道を真っ直ぐに、誰よりも早く、けど一段一段、確実に昇っていく。
そう言う奴じゃなかったか?
そんな筈の「塔矢アキラ」が、どうして。
知らない。
あんな、悪魔みたいな塔矢なんて。
あんな、怖くて、恐ろしくて、それなのに誰よりも綺麗でとてつもなく魅力的な魔物の存在を。
知らない。知るはずがない。



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