蓮池 1 - 5


(1)
夕暮れ時、光は検非違使の任を終えた後、明の館に訪れ碁を打っていた。
終局になり検討をしているうちに、お互いの視線が重なった。
灯りが御簾の外から微かに流れる風にあおられ、ゆらゆらと火は暗闇に身を
震わす。
向かいに佇む一人の陰陽師の薄明かりの中に力強く、そしてどことなく陰を
帯びた二つの瞳。
その瞳には普段押し隠された影が、鮮明に浮かび上がっていた。
熱と愁いが絡み合う艶のある鋭い黒の視線。
光はその瞳を見た瞬間、体内の血が沸くのを感じ、気がついたら明の体を抱きしめていた。
すると明も光にしがみき、光の狩衣の紐に手をかけた。


陽が沈み、虫のかろやかな鳴き声が辺りに満ち溢れる夏夜の頃。
古びたある寝殿造りの庭の草木は鮮やかな色合から、次第に淡い色彩に衣替え
を始め、やがて訪れる秋の息づかいをほのかに匂わす。

「賀茂、もう寝ちゃったか?」
前髪が金色の人懐こい瞳を持つ少年・光は、自分の隣に横たわる黒髪の少年に
小さく声を掛けた。
「・・・いや、まだ起きてるよ」
絹糸のように柔らかで光沢のある黒髪が、さらりと薄明かりの中で微かに
揺れる。
「・・・・・・近衛、眠れないのかい?」
「ああ、夜中までこうも暑いと、さすがに寝れねえよ。
なあ賀茂、陰陽の術で涼しくなることってできねえかな」
「ったく君は、陰陽道を何かの便利な代物と思っているのか!?
呆れるよ」


(2)
明は汗ばんで額にはりつく髪を片手でかきあげながら眉間に皺を寄せ、眼光を
一段と強めて光を射貫く。
「そんなに怒るなよな。ちょっと聞いただけじゃねえかよ」
光は苦笑いしながら明を抱き寄せ、明の唇にそっと自分の唇を重ねる。
明は一瞬険しい表情をあらわにしたが、やがて静かに眼を瞑り、光の首に両手
を巻きつけた。
閨で睦みあう二人はすでに、一糸纏わない生まれたままの姿。

「賀茂・・・もう一度契りたい」
甘えた声で光は明の瞳を覗き込み問う。
明は微笑みながら優しく光の顔を片手で撫でて、光の唇を自分の唇でふさぐ。
光の唇や手が明の肌の滑らかさを確認するかのように、ゆっくりとつたう。
次第に再び熱を帯びて切なげに声を上げ、光の体の下で悶え体をよじる明に
愛しさが溢れ、もっと声を引き出そうと愛撫は激しく敏感なところへと移る。
「だっ駄目だ・・・・・そこは・・・・・・・・あうっ!」
光は明のものを口に含むと、舌を転がして淫猥な音をたてて吸い上げる。
すると明の白い裸体は汗を散らしながら弓のように仰け反り、頭を激しく左右
に振り、一段と甲高い声が閨に響かせる。
「あっ・・・はあぁ・・・・あ・・・・・・・い、嫌だ・・・・・・・・・・うあぁっ!」
口先では嫌だと喚くが、一切の思考を途切れさすほどの強烈な甘美に嘘は
つけず、明の両手は光の頭を抑え、しなやかで細い両足は光の上半身を捕らえ
ていた。
「賀茂・・・・・」
光は熱く猛った自分のものを明にあてがい、明の中へ深く入っていく。
奥へ奥へと静かに自分の体の一部を埋め込み一息つくと、明とより一つに溶け
合えるように、ゆっくりと腰を動かし始める。
「──お前の中・・・・・すげぇ熱い・・・気持ちいいよ・・・・・・」
「君も・・・・・・・・・充分・・・に熱い・・よ・・・・・・・つっ」


(3)
光の腕の中で明は苦痛の表情を表し、心配になり光は動きを止めた。
「大丈夫だよ近衛、続けて」
柔らかい笑顔を明は光に向ける。
その笑顔は、まるで夏の渇いた大地に降りしきる慈雨のようで、光の心に深く
広がり潤う。光は無性に嬉しくなり、いっそう明に対し愛しさが湯水のように
次々と胸中に湧き上がるのを感じた。
真摯でまっすぐ見据える漆黒の瞳は、自分だけに向けられるものだと光は
知っている。

もっとこいつに喜びを与えたい。
俺ができる全てのことをして身も心も満たしてやりたい。
この黒髪も、しなやかな肢体も、俺だけのものだ。
ずっと俺だけのものだ、絶対に離しはしない!

二人は汗にまみれながら激しく肢体をぶつかり合い、お互いの名前を呼び合いながら昇りつめて、体内の熱を全て解き放った。
糸が切れたように光は自分の身を明の体の上に預け、すぐ寝息をたて始めた。

しばらく光の体の重さに明は酔い、息の乱れを徐々に整えながら恍惚の激流の
余韻に浸る。
そして熱が引き潮のように遠ざかり始めると、光を起こさないように自分の
横側に移して露草色の衣をそっと掛けた。
光のあどけない寝顔を眺め、もう一度唇を重ねる。ゆっくりと長く。
自分の内なる積年の想いが叶った事を、今一度確かめるように。
これがいつか見た夢でないように、切に願いながら。
やがて明はけだるい面持ちで体を音を立てずに起こし、単を肩から羽織って
柱に背をもたれる。


(4)
空が明るみ始め、御簾の間から池泉庭園の蓮の葉が青々と茂っているのが
見える。
蓮の浮き葉の朝露に陽が当たり、眩しいほどの強い光を放つ。
緑の海のような蓮の葉の中に、白蓮や紅蓮の蕾が見え隠れし、時折吹く風に
揺れている。

──そう言えば、蓮の花って咲く時に音を出すというけど本当だろうか?
そんな事を考えながらしばらく蓮を眺めていると、背後から人の気配を感じた。
それに気付き振り向こうとすると、いきなり体を強引に抱きすくめられ、
そのまま床に押し倒された。

「・・・・・・・こんな子供じみた真似をして。
いったい君はいつになったら大人になるんだ?」
明は自分の体に被さる主の鼻を、ぎゅっと手で摘んだ。
「い、痛えなあっ!
俺を閨に置いてきて、一人で物思いに耽っている奴は誰だよ」
母親が子供を叱るかのようにたしなめる明に抗議するように光は言う。
「別に何かに悩んでいる訳じゃないよ、ほら近衛、蓮の花が開くよ」
「蓮?」
怪訝な表情をする光に明は無表情に頷いた。
「蓮は極楽浄土を表す花なんだよな。
なんか現世離れした感があって、俺は苦手なんだけどなあ」
「僕は好きだなあ。あの濁った泥水に漬かっているのに自分の華を
見事に咲かせるところが・・・・・あっ、花がほころび始めた」
山間から差し込む朝陽に蓮は次々と蕾を膨らませ、花弁を一枚一枚と
咲き広がる。
光と明は床に身を伏せたまま、じっとその様子を眺めていた。


(5)
「花が咲くとき、音・・・・・・無かったね」
「迷信だったのかな、でも時々こういうのも趣きあっていいな」
「ああ。一人で眺めるのもいいが、
こうやって君とわかち合えるのは悪くない。
近衛、あの池に小船出して身近で蓮を眺めて涼みたい」
「ああ、いいよ。でも後でな」
「後で・・・・・・とは?」
「今はまだ他にすることがあるからな」
光は明の単の紐を解き、素早く明の素肌へ手を滑らせた。
「こっ、近衛!?」
「昨夜の契りじゃ、まだ俺は足りない。もっとお前を感じたい」
そう言うと、光は明の唇に自分のを当てた。
明は瞳を大きく見開いたが、やがて目を細め静かに閉じた。


                       (終)



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