海賊妄想 1 - 2


(1)
「剣を下ろしたまえ。この船は我らが制圧した」
しかし、アキラはサーベルを構えたまま、周囲に気を配り、活路を探す。いまだに彼は諦めてはいない。
船など捨てればいい、命さえあれば、生きてさえいれば、必ずまた皆で陽気な航海を続けられるはずだと信じて疑わない。
「言ってもわからないようだね。それでは、これではどうかな?」
敵船のキャプテンは、パチンと指を鳴らした。
快晴の空に、その音は吸いこまれるかのように、高らかに響いた。
それを合図に、キャピンのドアが開き、二人の屈強な男が重い荷物を引き摺ってくる。

荷物? 違う。

それは、赤黒い血で濡れ鼠となった華奢な男。
一房の金髪が、血の洗礼を免れていた。
「ヒカル……」
それは、アキラの希望だった。幼馴染の彼がアキラを変えた。
心のままに生きることを、欲しいものを貪欲に求める自由を教えてくれたのは、彼だった。
「ヒカルを離せ!」
「この私が、剣で脅されて聞くと思うか?」
アキラは唇を噛み締めた。この状況を、逆手に取る男の言葉に激しい怒りが湧き起こる。
脅しているのは誰なんだ!?
喉まででかかった言葉を嚥下して、アキラはサーベルを足元に捨てた。
「ヒカルを…離せ……」
だが、勝者はあくまで傲慢だった。
「それが人にものを頼む態度かね?」
アキラは、俯いた。憎しみで張り裂けそうな胸を必死にに宥めながら、懇願の言葉を口にする。
「彼を、ヒカルを……離してください」
勝者の首領は、高らかに笑った。


(2)
「悔しくてたまらないようだな。だが、これが現実だ。今日、私は勝ち、おまえたちは負けた。
歯医者は勝者の前に這いつくばるものだろう」
勝者はそう言うと、ダンッ!と、わざと大きな音を立て右足を1歩前に突き出した。
「ひざまづけ、そしてくちづけろ」
男の言葉に間違いはない。敗北とは、屈服を意味する。
アキラはのろのろと動いた。
ちらりと、男の背後に目をやる。血まみれのヒカルの姿に、心臓を鷲掴みにされたような強烈な痛みを覚えた。
男たちの逞しい腕に支えられたヒカルは身動ぎ一つしない。
だが、科すかに胸が上下している。生きている。意識を失っているだけだ。
アキラは、少しだけ安堵した。
彼が生きてさえいてくれたら、いつだって自分たちはやりなおすことが出きるはずだ。
島は膝を屈しても、必ず逃げ出し、また船を手に入れ、また旗揚げをするんだ。大海原に漕ぎ出すんだ………。
そんなアキラの思いを嘲るように、男は再度、右足の踵を甲板に叩きつけた。
露骨な催促に、アキラは従った。
今日は負けただけだ。明日、勝てば言い。明日がダメなら明後日、明後日がダメなら……。
アキラはひざまづくと、男の黒い長靴の先に唇を押し当てた。
そんなアキラに影が覆い被さる。男は腰を落とすと、アキラの顎に手をやり、力任せに上向けた。
「おまえ……、綺麗な顔、してるじゃないか」
言い終わるや否や、男がアキラの唇に噛みついた。アキラにはそう思えた。
唇が唇でふさがれる。
掴まれた顎に力が加わり、みしみしと軋む音がする。そのあまりの痛みに、アキラの固く引き結ばれた唇に綻びが生じる。
その綻びに、男の舌が滑り込む。
激しいくちづけだった。なにもかも貪り尽くす勢いの、痛みを伴うキスだった。
ヒカルが気を失っていることを、アキラは神に感謝した。
「決めた!」
男は唇を離すと、楽しそうに言った。
「いまから、おまえは、私の女だ!」
アキラの全身に悪寒が走った。
「可愛がってやるよ。ありがたく思え」
男の哄笑に、アキラは戦慄する。
今日の敗北は、彼らに贖えきれない負債をもたらしたのだった。



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