少年王アキラ 誕生日 1 - 5


(1)
「座間! 今日はなんの日だか知ってるか?」
 声変わり寸前の少年王の掠れた声がホールに凛と響いた。
 20人は一緒に食事ができる巨大なテーブルのそこここにバラとユリの豪奢な
アレンジメントをいそいそと飾り付けていた可憐な執事・座間は、パチンと茎を
鋏で切って頷く。
「もちろんですとも、王子。16年前の今日の10時8分。王妃の股の間から、
元気な玉のような美しい皇子がお生まれになったのです」
 ユリは真っ白のものと、中心部がピンクになっている甘い匂いを撒き散らすも
のが混ざっていた。その花粉を丁寧に拭いながら、座間は遠い目をしてつぶやいた。
「座間ったら、元気な玉を持った皇子だなんて恥ずかしいことを言うな」
 少年王アキラはとたんに真っ赤になった顔を左手で隠し、右手で座間の肉付きの
よい背中をバンバン叩く。広いテーブルにユリの黄色い花粉が飛び散り、その上
から可憐な執事の肥大した体が投げ出された。
「そ…そんなこと言ってはおりません……ぁっ、そんなに強くぶつのは…あん、
なんだか、イタ気持ちいいぃぃ――ハァハァ」
「ハハ、ボクはとうとう16歳になったんだ……!」
 この日をどれだけ待ち望んだことか。少年王は上機嫌に笑うと、執事を嬲って
いた手を止め、傍らの真っ赤なバラの花弁に唇を寄せた。
「これでオガタンに夜の指導碁を打ってもらえる。そして、そしてそしてそして
……ちょっとまて。こうなったら、コレをしろという父上からの説明だった」


(2)
 アキラ王は一呼吸置いて、前のほうが窮屈になってしまったジャストサイズの
かぼちゃ型パンツをするりと下ろした。ぴょこんと飛び出たエリンギの上から、
朝枕元においてあった父王からのプレゼント――王家に代々伝わるという、家宝の
マツタケケース――を被せた。色とりどりの宝石がちりばめられたベルトをその
細腰に巻きつけ、その端をマツタケケースの左のフックに引っ掛ける。
「どう? 座間」
 少年王は両手を突き出した腰に当て、エリンギケースを見せ付けるように笑った。
「とてもよくお似合いで」
 白すぎる王子の肌と、黒いなめし革でできたエリンギケースと赤や緑や青の宝石が
散りばめられたベルトはそれだけで淫靡な芳香を撒き散らしてゆく。
 座間はポプリの香りの染み付いたレェスのハンケチでそっと目頭を拭った。
「ボクにはまだ大きいな。ちょっとだけだけど」
 そのことが不満なのか、少年王は唇を尖らせながら腰を揺すった。耳を澄ますと
ケースの中で少年王のエリンギがピタンピタンと跳ねる音が聞こえてくるようで、
座間はそうっと目を閉じる。
「まぁいいや。じきにボクも大きくなって、ケースの中いっぱいになっちゃうだ
ろう。それよりもだ。オガタンの夜の指導碁をクリアしたら、やっとレッドに正式な
プロポーズができる……!」
 面白くなってきたのか、それとも王家の家宝は感じるポイントに何かが当たる
ように仕込まれているのか、少年王は白磁の陶器を思わせる頬を赤く染め上げながら
より激しく腰をうねらせ始めた。


(3)
「王子…」
 座間は若い少年王の奔放な身体にジェラシーを感じながらも、それでも目を離せ
ないでいた。
 どうなるものでもないだろうに、少年王は腰を揺らしながらケースを両手で掴むと
ケースの外側をそろそろとなで上げる。
「んっ、もうすぐいっぱいになっちゃう…っ」
 若い少年王は思い込むのも早いが、果てるのも早かった。
「ああん」
 鼻から抜けるような声と共に少年王の腹部が儚げに震えるのと連動して、エリンギ
ケースもビクビクと震える。それはまるで、アジを一本釣りでしとめた竿の先の動き
にも似ていた。
 やがて、少年王はテーブルの上に上半身を預け満足そうにため息をつく。
「…ふう……。また出ちゃった…。中がぐちょぐちょしてるよ座間」
 もう少年王のように白い液をエリンギの先から出したり、ぬるぬるになったりでき
ない可憐な執事は、レェスのハンケチをキリキリ噛み締めることしかできないでいた。
「疲れちゃった。もうコレ外してよ」
 アキラ王は指先でバラの花びらを弄びながら、ぞんざいに言い放つ。
 言われるがままに少年王がふらふらと揺らめかせては遊んでいるエリンギケースの
フックからベルトを外した座間は、ふと香ってくる懐かしい香りに目を細めた。
「とても懐かしい匂い…」


(4)
 しかしながら、その懐かしさは座間をいつも凶暴な気分にさせる。
 テーブルの上に上半身を投げ出したまま、少し腰を上げて萎れたエリンギをかぼちゃ
パンツの中に仕舞った少年王は、うとうとと眠りの淵を彷徨いながらもその言葉に顔を
あげた。
「懐かしいって、座間はもう駄目なのか?」
「ええ。もうとっくに」
 何気ない座間の返答がしかし、涙をにじませたものであることに少年王は気づかない。
「ふーん。もったいないね、こんなに気持ちいいのに」
 バラの花びらを鼻先にこすりつけ、少年王はうっとりと呟く。最近の癖が条件反射と
なって、もういつでも眠れる状態だ。
「レッドと結婚したら、毎日がこんななんだな……」
 少年王は美しい。美しく、若く、そして性欲も旺盛だった。座間がそんな少年王に
対抗できるのは類まれなる可憐さだけであり、そしてその可憐さをもってしても少年王の
魅力には到底敵わないものである。そのことを知っているからこそ余計に、座間はアキラ
王に意趣返しをしたいと思ったのだ。
「…アキラ王、結婚結婚とさっきからおっしゃっていますが、男性の結婚は18歳から
と父君が既に決めておられますが」
 ――座間が少しでも少年王をギャフンと言わせたいと思ったとしても、それは罪には
ならないだろう。執事・座間が少年王をどれだけ愛しく思っているかということは周知
の事実でもあったからだ。


(5)
「何……!? オガタンは、16からだって!」
 ガバリと上半身を起こした少年王の乱れた服装を正してやりながら、座間はため息を
つく。
「あの人の冗談でしょ。オガタンは嘘と現実の狭間で生きてるんですから」
「オガタンめ……!」
 少年王はおかっぱに切りそろえた髪の毛を振り乱して地団太を踏んだ。
 オガタンの名前を唇に乗せるたび、座間の胸には甘酸っぱい何かがこみ上げてくる。
 何よりもオガタンに向けられてしまった少年王の怒りを自分に向けて、そしてあの
お仕置きと目くるめく痛みを再び感じたい。
 そんな期待と不安に唇を震わせながら、座間はハンケチを几帳面に畳んだ。
「まぁ、アキラ王ももうちょっとしっかりしてくださらないとねぇ」
 アキラ王を怒らせるために嫌味な口調を心がけながらも、少年王の眦がきりきりと
吊り上るのを、座間はうっとりと見つめる。本当にこの王は怒りの表情が美しい。
 いくら日記に書き記しても、その事実はいつでも座間にとって新鮮だった。
「法律だろうが、条例だろうがなんでもいい! ボクは改正を行う!」
 だが、またしても可憐な執事の期待は外れることになる。
 少年王は法の改正を声高に叫ぶと、かぼちゃパンツだかちょうちんブルマーだかを
ぷりぷり振りながらホールを出て行ってしまった。



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