tournament 1 - 5


(1)
城中ではトーナメントが始まっていた。
そこに集い、熱い戦いを戦っているのは、地域の予選を勝ち上ってきた精鋭の騎士たちである。
トーナメントは、春に行われる国際親善試合の代表選手を決定するための戦いであった。
ただし、今回の勝者は二人であって、正確には「トーナメント」とは言えないのかもしれないが。

各国代表三名で行われる国際親善試合の、最初の一人は既に決まっていた。
その高貴さと美しさと、そして国技である囲碁の、父王譲りとも言われる天賦の才によって、
その名を高く知られていたアキラ姫である。
国家の面子をかけたこの試合の最初の一人として、姫が決定されたことに意義を唱えるもの
はいなかった。それほどまでに、姫の才と力は抜きん出ていた。

今回行われるトーナメントは、残りの二つの席を決めるための戦いであった。
だから一部の騎士たちにとっては、この闘いは国の代表となる誉れを賭けた戦いであると同時に
姫のパートナーの座を巡る闘いであり、自らの強さを姫にアピールする絶好の機会でもあった。
何しろ姫は、一部では囲碁バカと囁かれるほどで、姫にとっては何よりも重要なのは囲碁の腕前
であり、ある程度以上の強さが無ければ、姫に名を覚えてもらう事は愚か、目を留められることさえ
出来ぬほどであった。

それなのに、姫の姿は、この戦いの場にはなかった。
試合を観戦しに来た一部の民の内には姫の姿が見えないことを嘆くものもあった。
彼らにとっての最大の関心事は、なによりも姫をおいて他になかったからである。


(2)
試合の始まる、少し前のことである。
西国からきた騎士は胸元から一枚の紙切れを取り出し、描かれた似姿をぎっと見据えた。
それは、密かに闇に出回っていた、姫の似姿であった。
どのような絵描きの筆をもってしても、姫の美しさ、高貴さを完全に写し取ることは困難であろう。
世に最高の絵師と知られた唯一人の筆によるもの以外は。
彼の持っていた似姿は、かの絵師の筆によるものではなく、それを似せたものではあったが、
それでも姫の美しさと、見るものを惑わす眼差しの妖しさは、見る度に彼の心を鷲掴みにした。
彼はその似姿を眺めながら、まだ見ぬ姫の美しさを思った。
このような筆致でさえ見るものの心を魅了する姫の、実際の美しさはいかほどのものであろうかと。
そして、噂に聞く姫の棋力の高さ、その強さを思った。
姫が強い騎士にしか関心を示さないと言う噂は、既によく知られていた。
姫と対等に渡り合える力を持った騎士でなければ、その名さえ姫の記憶には留まらぬのだと。
騎士としても、その強さには強い憧れと関心を抱いていた。だがその憧れを強い執着に変えたのは
今彼が食い入るように見つめている似姿の妖しいまでの美しさであった。
その似姿にはこんな戯けた言葉が添えられていた。
 「一番強い人にボクをあげる」
その言葉を目で追って、西国から来た騎士はふっと不敵な笑みを浮かべた。
―― 一番強いのは、オレや。オレは、勝ってあんたを手に入れてみせる…!
そうして、その似姿を丁寧に折りたたんで、もう一度、胸元の隠しにそっと大事にしまった。
西国から来た、不敵な笑みを持つ若き騎士、その名をヤシロという。


(3)
最初に対戦した相手はあっけなくヤシロの前に敗れた。
今の内容を検討しないかと言う対戦相手の言を退けて、ヤシロは次に戦うべき相手の戦いぶりを
確認する事にした。邪魔にならぬよう、熱い戦いが繰り広げられている盤上を覗き見る。そこには
既に片方の騎士の勝利が見えていた。盤面の石の並びに、ヤシロはその騎士の確かな才を見た。
コイツが次に戦う相手。
ヤシロは対戦表を取り出して、その騎士の名を確認しようとした。
広げた紙に書かれた名を見てヤシロの目が光った。
騎士・シンドー。
姫の覚えめでたく、その寵愛を一身に受けていると噂に名高い騎士を、ヤシロは初めて目にした。
成る程、強者のみを侍らすという姫のお気に入りだと言うのもよく分かる。
国を代表して戦うという誉れを、そして姫のパートナーの座をかけて争うのに不足のない相手。
ヤシロはシンドーの名の書かれた対戦表をぐしゃっと握りつぶして、乱暴にポケットに突っ込んだ。


(4)
オッチーは、その財を知られた、城都の豪商の孫息子であった。
祖父の財力を持ってすれば、出来ぬことは何もないだろうと、囁かれていた。
彼はなんと、姫の個人指導を受けたことがあった。
勿論、そんな事が出来たのは祖父の財力のゆえである。
彼はそれまで姫と対局したことはなく、そのため若干、姫の力を侮っていた。
天賦の才ともてはやされはしても、それは単にその高貴な身分のための周囲の誉めそやしであって、
実力はいかほどのものかと、いぶかしんでいた。けれど、実際に対局してみて、彼は姫の強さに
完膚なきまでに打ちのめされた。実力の違い、と言うものを感じた。
その時から、彼は姫に心酔していたのである。
だが、未だ精神の幼さを残すオッチーはその心酔を素直に認めることができなかった。
また、オッチーが素直に姫を認められずに反発するのにはもう一つの理由があった。
姫の、ある別の騎士への強い関心、異常ともいえるまでの、強い関心である。
オッチーは、姫の目が自分をとらえてはおらず、ただ自分を通じてその騎士の力を図ろうとしている
事に気付き、強い怒りを覚えた。
オッチーは自分の力に自信があった。
姫との実力差を痛感させられたとはいえ、同年輩の中では自分が突出した力を持っているのだと。
オッチーにしてみれば、姫が関心を示す騎士など、敵の内に入らなかった。
事実、それまでにも何度も彼に勝利したし、いくら彼が急激に伸びてきたとは言っても、それでも負ける
ような相手ではないと、思っていた。
ましてや、姫がそこまで執着するような高い棋力を持った騎士には、オッチーには見えなかったのである。
ついにオッチーは姫に詰め寄った。
「アナタがそこまで彼に入れ込む理由って、なに?」


(5)
そして、オッチーはその騎士に勝負を挑んで、敗れた。
悔しかった。悔しさの余り、勝負の結果を確かめに訪れた姫を門前払いするほどであった。
勝って姫に自分の勝利を捧げようと思っていた。
あなたの執着する騎士など、ボクの力には及ばないのだと、勝った自分を見てくれと、姫に訴えようと
思っていた。けれどその夢は敢え無くついえ去った。
負けた自分の無残な姿を見せたくなかった。
そして、かの騎士の勝利に、内心の喜びを隠しきれぬであろう姫など、もっと見たくなかった。

その騎士、シンドーも、当たり前のように勝ちあがってきて、この場に彼の戦いを戦っている。
今でも、実力でシンドーに劣っているなどとは思っていない。
だが組み合わせによってシンドーとは当たらない事が分かって、オッチーは少しだけほっとした。
姫のパートナーの座をめぐるこの戦いで、シンドーと当たらなかったことは、しかし幸運なのか、不運
なのか。シンドーに勝って見せれば姫へのアピールはこの上ないものとなっただろうに。
だが今大事なのは、まずこの戦いに勝利して姫のパートナーとなる権利を得ること。
シンドーとの勝負はそれからだ。まあ、その前にシンドーが負けてくれればその方がボクとしては
随分ラクになるんだけどね。けれどまずはトーマスに勝つことだ。
勝って、今度こそボクは、あなたの隣に並んで見せますよ、姫。
オッチーが不屈の闘志を胸に秘めて、この戦いに挑んでいたのだという事を、知る者は少なかった。



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