夜明け前 1 - 5


(1)
「あら、アキラさん、お目覚め?ちょっとこっちへいらっしゃい」
母に呼ばれるまま縁側へと向かうと、その片隅にひっそりと置かれていたのは―――
「あ!プレゼント!サンタさん???」
アキラは飛びつくようにして、少し大きな平べったいその包みを手に取り、
しげしげと眺めた。綺麗な包装紙に、目立つ色のリボンを大げさに飾り結びした
それは、まさに自らがプレゼントであることを強烈に主張している。
「アキラさんがいい子にしていたから、サンタさんが置いていってくれたのね。
 良かったわね、アキラさん。」
「でもサンタさん、どうして、ボクのお部屋に持ってきてくれなかったのかなぁ…。
 サンタさんはお部屋にプレゼントを置いていってくれるって、
 ようこせんせい、言ってたのに」
幼稚園で聞いた話と少し違うプレゼントの提供に、アキラははっきり戸惑っていた。
明子は、口を尖らせて俯き加減の、少し沈んだアキラを宥めるべく、膝の上に乗せた。
「うーん、そうねぇ…。うちには煙突がないから、サンタさん、家の中に
 入れなかったんじゃないかしら?家の中に入れないけど、良い子にしていた
 アキラさんにプレゼントをあげたいから、此処に置いていってくれたんじゃない?」
「そうかな?お母さんは、そう思う?」
明子の持ちだした理由は、幼稚園で先生が聞かせてくれたサンタクロースの話と、
確かにつじつまが合う。


(2)
そうか。サンタさんは良い子のお家に、煙突から入るって言ってた。
でも、家には煙突がないから、ボクのお部屋にはサンタさんは来られなかったんだ。
納得した途端、ぱっと明かりが灯ったように、アキラは満面の笑顔を見せた。
明子もつられて笑みを見せる。
「アキラ、どうした。嬉しそうじゃないか」
「あ、おとうさん!あのね、ボクね、サンタさんからプレゼントもらったんだよ!
 ほら、これ!」
アキラは、中から顔を出した父、行洋に、持ち上げるには少し大きいその包みを
懸命に持ち上げて見せた。サンタクロースからもらったというだけで喜ばれ、
未だ開けられていないその包みに、行洋は苦笑いを浮かべた。
「サンタさん、何を下さったのかしらね?アキラさん、開けてみたら?」
察した明子がアキラを促す。
「うん!サンタさん、何くれたんだろう?」
傍らに膝をついた父親にも見守られながら、アキラはかけられたリボンを丁寧に解き、
その丁寧さからは想像もつかない乱暴さで包装紙を破いた。
「うわぁ、クレヨンだあ!すごぉい!」
幼稚園で使っているクレヨンは色数が少ないが、プレゼントのクレヨンはそれより
ずっと沢山の色があった。こんなに沢山の色のクレヨンでおえかきが出来ると思うと、
それだけで、アキラの笑みははち切れんばかりとなった。


(3)
そして苦心惨憺にプレゼントを選んだ行洋は、その様子に肩の力がほっと抜け、
口元に笑みを浮かべた。ここ1ヶ月以上もの間、アキラの欲しいものを調べようと、
明子にそれとなく探りを入れるように仕向けたが埒が明かず、結局、サンタさんに
欲しいもののリクエストをする手紙を書かせるという、かなり強引で直接的な手に
出ざるを得なかった。しかし手紙には、
『おとうさんのような、つよいきしにしてください』
という、本来の目的とは全く違うお願いが書かれていて、全く話にならなかった。
そこで幼稚園での生活ぶりを探りながら、アキラに喜ばれそうなものを夫婦で
懸命に考え、やっと出た結論がクレヨンだったのだ。これでアキラの気持ちを
裏切るようなことになったらどうしようと、心底はらはらしていた。
棋士としては成長著しく、また冷静沈着で名の通った塔矢行洋だが、
実は小さな子供一人にこんなにも振り回され続けている。
それは決して不快なものではなく、むしろ楽しくて仕方がなかった。
「アキラ、早くそれを仕舞ってきなさい。もう、打つ時間だぞ」
威厳を保つために、沸き上がる嬉しさを押し隠しながら行洋はアキラを窘めた。
「はあい、おとうさん。ごめんなさい。すぐいきます」
アキラはクレヨンのセットを大事そうに抱えて、明子とともに部屋へ向かった。
「アキラさん、良かったわね。サンタさんにお礼をしなきゃね?」
「うん。ボク、これでサンタさんの絵を描く。幼稚園へ持っていってもいい?」


(4)
(ん…………、あっ!)
アキラは慌てて飛び起きた。夜半に起きるつもりが、寝過ごしてしまったようだ。
あれは、初めて貰ったクリスマスプレゼントだったな…。アレのお陰で、
サンタクロースは絶対にいるって、小学校を出る頃まで信じて疑わなかったんだ―――
久しぶりの記憶だ。あんな夢を見たのは、きっと、今日の目論みの所為に違いない。
そしてやっと、隣で眠る存在に気付いた。肌を触れ合わせて眠る自分が
飛び起きたのでは、気付かれて起きてしまう。とにかく、一旦布団から出てしまおう。
抜け出して初めて、枕元の、やたらと大きなプレゼントの包みに気がついた。
そういえばキミは昨日、ボクとクリスマスイブの夜を過ごすために、
やたらと大きな荷物でこの家に来たっけ。そうか、プレゼントか……
ああ、それより、ボクも早く置いておかなきゃ。
そうだ。あの時みたいに、縁側に置いておいたら面白いかな?
いや、でも、このプレゼントをキミにあげるのはサンタじゃなくてボクだから、
そうだって分かって欲しいから、だからやっぱりここに置いておこう。
アキラは机の引き出しの奥深くから、丁寧にプレゼントを取りだして、
自分とは反対の枕元に静かに置いてまた布団の中へと戻った。
キミは起きたらどう思うかな?
ボクを驚かせるつもりのキミが驚く、その姿がどんなに楽しみか―――
間もなく迎えるその時に思いを馳せながら、アキラはそっと耳元で囁いた。

―――メリークリスマス。楽しい夢を……


(5)
「アキラさん、御免なさいね、折角のクリスマスに一人なんて…」
26日の朝食の席で、明子は本当に申し訳なさそうにアキラに詫びた。
「いえ、いいんです。友達が遊びに来てくれましたから」
「んもう、お父さんがあそこであんなに頑張らなければ、
 アキラさんに淋しい思いをさせずに済んだのに、ねえ?」
明子はちらりと隣で黙々と箸を進める行洋を見遣ったが、行洋は反応もしない。
「お母さん、いいんです!気にしないで下さい。ボクは本当に平気ですから…」
両親がこの家を空けていてくれたのは、予想外の幸運だった。
帰国が25日の夜になる、と、突然電話で告げられた時、
思わずガッツポーズを決めてまで、内心、父に感謝した。
お陰で、楽しく幸せな時を過ごせたのだから、淋しかったなどと思うはずもない。
「アキラ、何をニヤニヤしている。食べたら一局打つぞ」
「あらお父さん、なにもそんな…アキラさんだって、一人で食事するんじゃ
 淋しかったでしょうに……ねえ?」
「あ、いや、そんな……ボクそんな、あの…笑ってましたか?」
「ええ、本当に嬉しそうよ?やっぱり今度は、お母さんは家に居ようかしら…」
そんなことされたらかえって迷惑です、と心の奥底で叫びながら
アキラは敢えて返事もせずに食事を済ませてゆく。
そんな中、あの朝、目覚めた後の様子が思い出されて、また幸せが甦った。

 <終>



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