武者小路実篤



『お目出たき人』
 (新潮文庫
 2000年1月刊
 原著刊行明治44年)
 どうやら、20世紀最後に読んだ小説はこれになりそうだ。
 山本健吉の解説がなかなか良くて、さらにその後に付属している阿川佐和子の文章(これは平成11年11月の日付が付いているので、どうやら『20世紀の100冊』として刊行する際に新たにつけたしたものらしい。というより、このたび新たに新潮文庫に入ったものであるのか、別に何刷という表示も何版という表示もなく、ただ平成12年の元日に刊行した旨だけが奥付に記されている)も、まぁデザートとしてなら申し分なしという塩梅であった。昨今は精彩を欠くように見える新潮文庫だが、たまには粋なことをする。
 ところで、『お目出たき人』については、石原千秋先生の『漱石の記号学』(講談社選書メチエ)の第4章「自我の記号学」の冒頭で、漱石の「三四郎」「彼岸過迄」と比較されながら語られている。メインはもちろん漱石なので、分量的にも数ページ分ではあるが、お手本のような鮮やかなまとめられ方がされている。また、石原先生は例によってというか、時代という文脈との対照の上で「三四郎」「彼岸過迄」の自我について語っておられるので、この章を読むことで、「三四郎」の3年後、「彼岸過迄」の前年に書かれた『お目出たき人』についても、ある程度、時代との連環が読めるようになっている。
 別に石原先生がそうしようと思ってやったことではないにしても、非常に便利なものになっているのであげておく。
 しかし、主人公である「自分」がうじうじと悩みながらも、ほとんど悪びれるところがないためにからっとした印象を受ける本作ではあるが、関川夏央が「20世紀の100冊」のカバーで「いってみればストーカーの話」と語っているごとく、ひたすら思いつめに思いつめる「自分」の思考は、「お目出たい」と同時にどこか怖くもある。
 そういう「お目出たさ」と「怖さ」を、一人の男の口語文体での独白という形で統一しているのは、力技ではあるけれど、やはり面白いと思う。
(2000.12.30)


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武者小路実篤

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