<とまどい>

あたしは黙って先輩の話を聞いていた。
先輩と恋人のエリーさんのお話…
泣きそうになりながら…
黙って聞いてた。
先輩は話し終わると小さな深呼吸をした。
「私はだから結花さんを好きになっている自分に戸惑ったんです。でも、この気持ちはどうにもならないですね。本当に、恋愛はロジックじゃないです。」
あたしは先輩の言葉に驚いた。
えっ?
あたしことを好きになる?
戸惑う?
先輩の言葉に混乱し始めてたあたしに先輩が話しつづける。
「結花さんを好きになっていく自分が恐かったですよ。だから、今日のいままで黙っていたのです。
でも、もう言わなくてはならないと思いました。そして、エリーとの約束を果たすために、こうして話をしたんです。」
怖い?
先輩があたしの事が好き?
頭の中がすっかり混乱してる。
一呼吸して先輩が言った。
「私の恋人になってくれませんか?」
あたしはその言葉を聞いて先輩の顔を見た。
先輩は穏やかでやさしい表情だった。
でも…
あたしは立ちあがった。
「…結花さん?」
突然あたしが立ちあがったから先輩が驚いてる。
「どうしたのですか?」
先輩が心配そうに言う。
あたしは…あたしは…
頭の中はすっかり混乱してた。
突発的にあたしは病室を飛び出してた。
「結花さん!」
病室から先輩の声が聞こえたけどあたしは構わず走り出してた。
走り始めると涙がすぐに出てきた。
途中何人かの人とぶつかった。
「ご、ごめんなさい」
あたしはそのたびに謝りながら走りつづけた。
ぶつかった人は泣き顔を見ると驚いていた。
あたしはとにかく夢中で走りつづけた。
病院を出て、とにかく走った。

「はぁ、はぁ、はぁ…」
あたしはやっと走るのをやめて立ち止まった。
「こ、ここどこだろ…」
泣きはらした眼で周りを見た。
病院は見えない。
住宅街の中なのかな?同じような建物がずっと続いている。
周りにはオーストリア人しかいない…
当たり前の事だけど。
「ど、どうしよう…」
夢中で走ってきたのだから道なんて覚えてない。
とたんに不安になってきた。
ドイツ語なんてわからないし…
お金だって少ししか持ってない。
それに先輩のうちの住所も知らない。
困り果てて目に止まった公園のベンチに座った。
「ふぅ・・・なんで飛び出しちゃったんだろ。」
やっと落ちついてきたあたしは独り言のようにつぶやいた。
「先輩もあたしのこと好きでいたってわかったのに。」
嬉しい事なのに、すごく嬉しい事なのに…
自分の気持ちがすっきりしないでいた。
先輩が愛し、愛された人エリーさんの事がどうしても頭から離れない。
「先輩心配してるだろうなぁ…」
ふぅ〜ってため息が出た。
この状態を何とかしないと。
『あなた、どうかしたの?』
ドイツ語で声かけられた。
あたしが顔をあがるとやさしそうなおばさんがいた。
おばさんというよりおば様っていう表現があう人だった。
『こんなところでアジア系の人に会うなんて珍しいわね。』
「あ、あの…あたし…」
どうしようか困った。
ドイツ語話せないもの…
「アナタニホンジ?コマテイルノ?」
そのおば様は片言の日本語を話しだした。
「え、あ、はい。迷子になってしまって。」
「マイゴ?デハ、ワタシイエイラッシャイ。」
にっこり微笑んだ。
あたしはなぜかそのおば様の後について行った。
不安なはずなのに・・・疑った方がいいのに。
前から知っているという感じがして、大丈夫という安心感があった。 おば様のうちは先輩のうちほどじゃないけれど周りのうちよりはずっと大きく、豪華だった。
でも、広いうちなのにすんでいるのはおば様とごくわずかの使用人だけみたいで少しがらんとしていた。
「カゾク、ダレモイナイ・・・」 少しだけさびしそうにそういった。
「ダカラ、オシャクサマ、ウレシイ。オハナシシマショ?」
にっこり微笑んだおば様に紅茶を入れてもらって飲みながら、片言の日本語でお話をした。
そのおば様は知り合いが日本に行ったから、自分もいつか行こうと思い勉強してるのだと教えてくれた。
だから、あたしは先輩の事を言った。
「あ、私は日本からきて、グスタフ先輩のおうちに滞在してるんです。」
そしたら…
『グスタフ?グスタフ・フォン・ディスカウ?』
いきなり、先輩のフルネームを言われてあたしは慌てて「はい」と答えた。
『まぁ、彼の知り合いなのね?よかったわ。まってなさいね。』
少しうれしそうに何か言うと立ち上がり電話を始めた。

なんだろ・・・?もしかしてお知り合いなのかな。
だったら、帰れるかな。
おば様がにこにこと電話してるのを見ながらあたしは考えてた。
先輩にちゃんと言わないとだめだよね。
でも、あたし飛び出しちゃったから誤解されたかも・・・
ちゃんと言わないと、あたしも先輩の事が好きって。
エリーさんにはかなわないかもしれないけど・・・
あたしなりの思いを先輩に伝えよう。 おば様が電話をきってあたしのもとに戻ってきた。
「カレ、スグキマス、マチマショ」
にっこり微笑んだ。
その表情が誰かに似てた…
彼?
すぐ来る?
「誰がですか?」
おば様はにっこり微笑んだだけだった。


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