<じょうきょうのへんか>
ここ最近の部活は楽しい。
高等部が準備班に分かれて忙しくなってきたから部活は、中等部中心なんだけど…
先輩が指導にきてくれてるんだ。
だから嬉しくって。
それにこの前のように失敗しないように練習をしたからだいぶ上達してきてた。
「うーん・・・。
調子が悪いみたいですね。
今日はここまでにして、明日は4時半からまた合奏をしましょう。
この後、各パートで今日やったところをさらっておいてください。
4時半から開始するので、各自ウォームアップはしておくこと。
あと、クラ(注:クラリネットのこと)のパートリーダーはちょっと来てください。」
先輩がそう言って立ちあがる。
ほえ?
あたしの事だ。
3年にあがったときにクラリネットのパートリーダーになった。
ほんとは嫌だったんだけど、やるからにはしっかりやってるはず。
他にもうまいクラリネットの子もいたんだけど…
でも、今はとっても嬉しい。
先輩とお話できるもん♪
部長の合図で礼をした後他の子達に練習場所を伝えて先輩の元へと歩いてく。
椅子に座っていた先輩に近づく。
「なんでしょう?先輩」
あたしは先輩に尋ねる。
「あ、古河さん。」
先輩がいつもの笑顔で答えてくれた。
先輩は学校ではあたしの事を「古河さん」って呼ぶ。
部活でパートリーダー紹介のときに名字を言ったから。
それ以外の事、家庭教師とかの時はあたしの事名前で呼ぶんだけどね。
だからてっきり部活の事だと思ったんだけど…
「ええとですね、ちょっと話しがあるので今日の帰りに時間貰えますか?」
先輩が小さな声で言った。
ほえ?
ええええええええ?
な、なに?
先輩からこんなこといわれたの初めてだよ〜
「は、はい。」
あたしは顔を熱くさせながら答えた。
「よかった。それじゃ、昇降口でまってますから部活が終わったら来てください。」
先輩がにっこりと微笑んで言う。
はうぅぅぅぅ…
ま、待ち合わせぇ〜
な、何がどうなって?
「それでは、分奏頑張ってくださいね。」
「は、はい。」
あたしはそのまま練習場所の教室に向ったのだけど…
「あれ?結花先輩顔赤いですよ?」
後輩に言われてしまった…
「ほえ?あ、これきっと熱いからだよ。」
冷暖房完備の学校にいるのに…苦しい言い訳をしたあたしだった。
うにゃぁぁぁ!
また例のごとく考え事してたらみんないなくなってるんだもん。
先輩待ってるよぉぉぉ
案の定、先輩は昇降口で待ってた。
「す、すみません!先輩。」
あたしは先輩に謝った。
「いえいえ、いいんですよ。」
一気に走ったから少し苦しい。
でも、先輩待たせちゃったから…
「ちょっと考え事をしてたら、遅くなって。」
「それでは、行きましょうか。」
靴を履き替えて外に出る。
すっかり外も明るくなってきてる。
そう言えばこの時間って公園で先輩に会った時間に近いなぁ…
先輩と部活の事などを話してはいたんだけど…
話ってなんだろ?
「あの、それでお話ってなんですか?」
つい、あたしから聞いてしまった。
「そうですね・・・ちょっと長い話になりますから、『TEA ROOM SEASONS』にでも行きませんか?」
「は、はい。」
先輩がそういったのであたしは緊張しつつ返事した。
そのまま黙ったまま『TEA ROOM SEASONS』についた。
先輩があまりお喋りが好きじゃないことに気がついてからは黙っている事が多くなった。
カウンター席に座ってそれぞれ注文したのだけど…
話ってなんだろ?
先輩、全然話し始めない…
もう一回あたしが聞くのもなんだよね?
なんだろ…気になるよぉぉぉ
そんな気持ちが態度に出たのか、先輩がやっと話してくれた。
「あ、今日の話なんですがね。夏休みのことなんですよ。」
「夏休みですか?」
…そっか、夏休みが始まるんだ。
うぅぅ先輩を見る機会が減るよぉ。
そう思ってたあたしにさらに先輩が驚く事を言った。
「ええ。私、オーストリアに帰るので夏休みの家庭教師をどうしよかと思いまして。」
「えっ?!」
あたしは驚いて先輩を見た。
「ええっ?!先輩、帰るんですか?」
先輩帰っちゃうんだ…
そりゃそうだよね、先輩こっちの人じゃないいんだから…
「はい。そうです。それで・・・。」
先輩が驚いたように言う。
あ、心配かけちゃだめだ。
「あ、私の方はかまいません!」
力いっぱい言った。
せっかく先輩帰るんだから、あたしの方の事で気に掛けちゃ申し訳ないもん。
英語教えてもらってるだけなんだから…
「あ、いや。でも、少し宿題を出していこうかなと思いまして、それを話そうかなと。」
しゅ、宿題…
そ、そうだよね…はう…
「結花さんの夏休みの予定とか、そういうのがわかった方が私も出しやすいんですが・・・。」
先輩が困ったようなかおしてる。
うにゃ〜いけない!
「えっ?い、いえ。特に…。」
夏休みの予定はほんとにまったくなかった。
部活とせいぜい親戚のうちに行くぐらい。
3年生だけど受験とかもないから…
「そうですか?それじゃぁ、これからの・・・。」
先輩はそう言ってスケジュール帳を取り出した。
お店を出て、また二人で歩いていた。
「そういえば、結花さん。亜都さんからの話は聞きました?」
ふと、先輩が聞いてきた。
え?
亜都ちゃん?なんで先輩から亜都ちゃんの名前が?
「えっ?」
あたしは先輩を見た。
亜都ちゃん…変なこと言ってないよね。
先輩に会ったなんてきいてないもん!
「あれ?聞いてませんか? 亜都さん、私が夏休みにオーストリアに帰るって言ったら、遊びに行くと・・。」
えぇぇぇぇぇ!!
聞いてない!
「で、結花さんも一緒に行くから、泊めてくださいと。」
!!
そんなの初耳だよぉ〜
「まぁ、あちらの家も大きいので問題はないし、亜都さんの両親からのお願いもあったりしたので・・・。てっきり結花さんも知っていると思ったのですが・・・。」
あたしがあんまり驚いてるもんだからてっきり知ってると思ってた先輩は困った顔してる。
亜都ちゃん…いくらなんでも強引すぎ〜
あたしは頭の中がパンクしそうだった。
「あ、あの?」
先輩が声をかけるけど・・・なんか遠くで聞こえてるようだった。
「結花さん?」
先輩が何度目か声を掛けたとき、あたしはやっと頭の整理ができた。
「先輩、ちょっと待っててください。」
あたしは目に入った公衆電話に向うと亜都ちゃんの自宅に電話した。
『はい、佐伯です〜』
何回目かの呼び出し音の後、亜都ちゃんが出た。
「あ、亜都ちゃん?あたし。」
『なんや。結花か〜どないしたん?』
「どないしたんじゃないよぉ〜なんであたしが亜都ちゃんと一緒にオーストリアに行く事になってるよ!!」
先輩に聞こえない程度に大きな声を出す。
『なんや、ばれたんか…ダグラス先輩にきいいたん?』
亜都ちゃんは少し残念そうな声。
残念がらないでよぉ。
「…今後ろにいる。」
ちらりと後ろで待つ先輩を見る。
『ふ〜ん♪』
電話の向こうでにまにましてる亜都ちゃんの顔が浮かぶ…
「そ、それよりなんでそんな事になったの!」
『うちも冗談でいったんやけど先輩OKだすもんやから、じゃあ結花と行きます〜って。ええやん飛行機代だけやし。』
「そうゆう問題?」
もう1度先輩を見る。
先輩は何か?というような表情で見てる。
『でも悪い話やないと思うけど〜先輩のうちなんやし、うちのほうはもうオッケーもろたで。』
「そ、そんなぁ〜」
『結花も行こう♪それとも嫌なん?』
「嫌なわけないでしょ!…お母さんになんていよ。」
あたしだって行きたいけど…
『うちも応援するさかい♪』
「本当?」
『だから、一緒に行こう♪先輩との進展もあるかもよ♪』
それを聞いて顔が熱くなる。
「そ、そんなわけないでしょ!…わかった、行くことにする。」
『楽しみやね〜♪』
「…それじゃあね。亜都ちゃん。」
『ほな〜♪パスポート申請つきあうで♪』
パスポート…そっかそれもあるんだ。
その前にお母さんになんて言えば…
電話を切って後ろで待っててくれた先輩の元に戻る。
「すみません。待たせてしまって…」
「いいえ。亜都さんに電話してたんですか?」
先輩は微笑みながら尋ねた。
「あ、はい。」
「無理なんですか?」
先輩が少し残念そうな顔をする。
「い、いえ。そんな事はないです。ただ、私パスポート持ってないから…」
「パスポートが手元にきてからでいいですよ。夏休みは長いのですし。私は当分あちらにいますから。」
「せ、先輩は迷惑ではないですか?私と亜都ちゃんはお邪魔すること。」
なんかあんまりにも急過ぎて不安になってきた。
亜都ちゃんが無理やり押し通したかもしれないって思ってきた。
「そんな事はないですよ。」
「ほ、本当ですか?」
「本当ですよ。結花さんたちがくるのを楽しみにしてますよ。」
本当にそんなことはないって顔で答えてくれた。
「よかった。」
嬉しくて思わず微笑んじゃった。
先輩は後輩が遊びにくるって事で嬉しいのだろうけど…
「では、楽しみにまっていますね。」
「はい。楽しみにしてます!」
うちに帰ってからどうやって言うか迷ってたのだけど、おもいきってお母さんに切り出した。
すると。
「あら、いいことじゃない。行ってきなさい。」
と、あっさり許可が出た。
「え、いいの?」
「いいわよ。1度ぐらい経験した方がいいもの。亜都ちゃんといっしょなんでしょ?それに宿泊先がいつもきているグスタフ君でしょ?
なら安心よ。お父さんにはお母さんからうまくいっといてあげるから。」
お母さんは先輩のことをいつからかグスタフ君と呼んでる。
「でも、グスタフ君。よく誘ったわね〜結花のこと。」
「え?なんで?亜都ちゃんが言ったからだよ。」
あたしは不思議そうに聞いた。
「みえみえなんだけど…ま、彼にも考えがあるってことね。結花はわかんなくていいのよ♪」
わけわかんない…
お母さん時々あたしにわかんないこというから。
「何それ〜お母さん意地悪!」
「それよりも。今度亜都ちゃんからパスポートのこと聞いてらっしゃい。亜都ちゃんは持ってるのでしょ?」
「うん。わかった。」
…なんかはぐらかされてる…
そういもいつつ、リビングから部屋に向う。
「日程も決まったら教えなさいよ〜叔父さんの家に行く日程も絡んでくるのだから。」
「はーい。」
お母さんが後ろから声を掛けたのに返事しつつ部屋に入る。
「ふぅ…」
あたしは引出しから写真立てを出した。
たまにこうやって出してる。
それを見ながら思う。
「先輩はあたしの事どう思ってるんだろ?」
先輩やさしいから。
「…後輩としか思ってないかな、やっぱり。」
気持ちを伝えてだめだったら…
今の状態でも十分。
せっかくお話できるようになったんだから。
先輩は『特別』。
この気持ちを持てるってことが一番いいことだもの。
「せっかくオーストリアにも行けるんだもん。このままで十分。」
あたしは自分に言い聞かせた。