目を覚ますと、そこは何もない世界だった。

目の前には紅い海が広がり、真っ二つに裂かれたかのように見える月。

アタシの前に近づく見覚えのある顔。その顔は静かにアタシの首に手をかける・・・。

―苦しい・・・―

そう思ったけれど不思議と恐怖は感じなかった。

アタシはそっとその顔をなでた。

するとその見覚えのある顔は涙を流し、嗚咽した。

「気持ち悪い……」

―世界の、

まり―
Vol.1
作:えみこさん



サードインパクトが起こってからもうどれくらい経ったのだろう・・・。

どれだけの時が経ったのか、数える事もやめてしまった。

この世界にはアタシとアイツの二人だけ。

―気持ち悪い・・・―

あれ以来アタシ達は一言も言葉を交わしていない。

幸い、この世界では栄養には困らなかった。

エヴァのエントリープラグに挿入されていた成分と同じLCLが目の前にあるから。

もっとも、お腹が空いた、とか何かを食べたい、という気は起こらなかった。

ただ、体が要求した時にLCLの海に浸かる、それだけの事。

アイツは毎日、ただ抜け殻のようにボーっとしている。

それに関してアタシは何も思わなかったし、何かをしろという気にもならなかった。

時折思い出したように嗚咽する姿がうっとうしかっただけ。
 

それからどのくらい経ったのだろう、あいつの姿が見えなくなった。

―どうでもいいか…―

アタシが思ったのはそれだけ。

今までだってお互い言葉を交わす事もなければ目を合わす事もなかった。

だから、あいつの姿が見えなくなったところでこれまでと何も変わらない。

そう思っていた・・・。

だけど、アタシはなにか、心に何かが起こったような気がした。

「…加持さぁん…どこにいるの・・・?」

無意識のうちに加持さんの名前を呼んでいた。

「加持さん・・・? どこ? 加持さん…」

ふらふらとLCLの海まで歩きしゃがみこんだ。

LCLに映った自分の顔を見ていたらなぜか涙がこぼれた。

頬を伝う涙をそっと手で拭う。

「気持ち悪い・・・・・・」

LCLに映る自分に投げかける。

頬を伝った涙が海に落ち小さな波紋を作る。

「気持ち悪い・・・」

海には更に複数の波紋が広がる。

「気持ち悪い! 気持ち悪い! 気持ち悪い!!」

「加持さん! どこにいるの!? ママ!! ずっと一緒だったんでしょう!? もうアタシを一人にしないで!!」

アタシは両腕で自分の体を包み、ガタガタと震え出した。

「ママ! 加持さん! ミサト! リツコ! ヒカリ!! どこにいるの!? 助けて!! 一人にしないでよ!」

「一人はいや! 一人はいや! 一人はいやぁ!!」

アタシは涙を流し、頭を抱え込んだ。

「助けて・・・助けて・・・助けて・・・」

震えながら同じ言葉を呪文のように繰り返した。
 

「どうして…? どうしてこの世界には誰もいないの・・・?」

こうなってから、アタシははじめて疑問を抱いた。

「…人類…補完計画・・・」

1つのキーワードが頭をかすめる。

「人類補完計画・・・人類補完計画ってなんなの!? サードインパクトってなんなのよ! 誰か答えてよ!」

アタシの声は何もない世界に虚しくこだまするだけだった。

アタシはこの時はじめて、自分が何の為にエヴァに乗っているのか

何も考えずにいたことに気がついた。

「……」
 
 

「人類補完計画・・・それは人と人との壁、ATフィールドをなくし、完全な一つの個体にする事・・・」

「あなたの目の前に広がるLCL。それに解け込んでいるのよ」

「…誰!? ファースト!? ファーストなの!?」

どこからか聞こえてきた声の主をアタシは必死に探した。

「この世界を…何もない世界を望んだのは・・・碇君」

「シ、シンジが!?」

「そう…人類補完計画の完了、それは碇君の心次第・・・」

「ちょっと、ファースト! どこにいるのよ! 出てきなさいよ!」

「ダメ・・・それは出来ない。私はもう生命体とは違うから…」

「どういう事・・・? アンタもLCLの中って事?」

「違う・・・私は…人ではないから…」

「なんなの…一体、どういう事・・・?」

「人類補完計画が完了するか、そうでないかは生命の樹となった初号機、碇君に託されたのよ」

「…じゃあ、アタシが今こんな目に会っているのはシンジのせいだって言うの!?」

アタシの中の忘れていた感情というものが怒りとしてふつふつと湧き出した。

「答えなさいよ!! ファースト!! 答えなさいってば!!」

返事は返ってこない。アタシの心には怒りだけが残された。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

"ザッ"

後ろで人の気配がした。アタシは勢いよく振り向く。

そしてそのままそいつのむなぐらにつかみかかり、砂浜に押し倒した。

アタシの手はそいつの首に伸びていく。

アタシの両手はそのままそいつの首を力いっぱいつかんだ。

―こいつのせいで・・・こいつのせいでアタシは・・・―
 
 

「あなた・・・自分が碇君の立場だったら…?」

―ファースト!? ―

「14歳の、たった一人の人間に人類の未来が託された。それをあなたならどうするの?」

―そんな事決まっているわ! アタシは、アタシは皆を…皆を…―
 

「…どうしたの? 怖いんでしょう・・・?」

―こ、怖くなんかないわ!! バカにしないで!! ―

「また、エヴァが動かなかったら…皆の前ではプライドを保たなくては・・・そんな葛藤があったはず」

―…くっ―

「それは碇君も同じ事・・・あなたは碇君を責められないわ・・・」

―……―

少しづつアタシの手にこめられた力が弱まっていく。

「…っ…ふっ…くっ…」

アタシの目から涙がこぼれシンジの頬を濡らす。

シンジの手がアタシの頬に伸びやさしくなでる。

アタシは完全にシンジの首をしめる手の力が抜けた。

「…アスカ…ゴメン・・・」

―それは、新世界の始まりだった―

―続く―




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管理人のこめんと
 えみこさんからまたまた新作をいただきました。ありがとうですっ。

「―世界の、始まり―」、新連載です。某不幸な少年シリーズのほのぼのとした心温まる(?)テイストとはうって変わって、やたらとシリアスです。なにげに大作の予感? 

 アスカの側から見た赤い海の畔。サードインパクトの後、アスカのあの「言葉」によって、あの二人があれからどうなったのか、気になるところですが、アスカがシンちゃんの首を絞める、というのは結構珍しいパターンですね。アスカらぶを標榜してらっしゃるだけのことはアルです。

 互いに赦しあうことから、すべてがはじまる。実に意味深いシーンです。
 世界のはじまり、というタイトルも何だか意味深ですし。
 続きが楽しみですね。

 とゆうわけで皆さん、意欲的に新作に挑戦しながら立て続けに作品を送ってくださっているえみこさんに、これからもアスカらぶで頼むぜっ、とか、レイのことも忘れないでくれよっ、とか、感想や応援のメールをじゃんっじゃん送って頑張ってもらいましょうっ。
 えみこさんのメールアドレスはこちら。HPはこちら

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