ここは何もない世界。
砂浜に並ぶ二つの影。
紅い海から聞こえる波音だけが静かに響いた。
しばらくの後、一つの影が立ちあがり、波打ち際を歩き出した。
何の当てもなく、ただ、行ったり来たり・・・。
―アタシは迷っていた―
今、ここにはアタシ達二人だけしかいない。
このまま静寂が続けばまたアタシは一人、取り残されるかもしれないという恐怖があった。
だけど、今はまだシンジに声をかける気にはなれない。
アタシ達の間には気まずさだけしか残されていないから。
シンジはただ黙っているだけ。アタシは波打ち際を当てもなく歩いているだけ。
怖いくらいの静寂・・・波の音しか聞こえない。
アタシはチラリとシンジに視線を投げかける。
シンジの目は空中をさまよっている。何かを考えているのか、それとも考えていないのか・・・。
今思えばアタシ達はお互いのことを何もわかっていなかった。
アタシもシンジも自分の事、特に心の中は何も話さなかったもの。
アタシは・・・自分が辛かったときシンジがなぐさめの言葉をかけなかったことを
根に持っているのかもしれない。自分の事は棚に上げて・・・。
―ボクは迷っていた―
今、ここにはボク達二人だけしかいない。
だけど、今はまだアスカに声をかける気にはなれない。
ボクのせいでアスカをこんな目にあわせてしまって、何を言えば良いのかわからないから。
ボクが・・・この世界を望んだんだ。
綾波やカヲル君に、ボクは皆がいる世界を望むと言った。
なのに、ボクの弱い心のせいで何もない世界になってしまった。
だけど、なぜアスカまでこの世界に巻き込んでしまったのだろう?
ボク一人の、誰もいない静寂だけの世界を望んだはずなのに・・・。
心の奥で、ボクはアスカを望んでいたのだろうか?
そうなのかもしれない・・・。
ボクはアスカの事を知りたかったのかもしれない。
第三新東京市に来てからボクはほとんどの時間をアスカと一緒に過ごした。
なのに、ボクはアスカの事を何も知らない。
強くて、意地っ張りで、頑固で、努力家で…そんな表面的なことしか知らなかった。
いや、知ろうとしなかったのかもしれない。
本当のアスカはものすごく弱い女の子なんだ。
だけど、アスカに拒否されるのが怖くて
なぐさめの言葉一つかけてあげることが出来なかった。
そのくせ自分はわかってもらいたいという事ばかり。
そのうえこの世界にアスカを望んだ。自分勝手な願い・・・。
この世界は静寂。波の音、砂浜を歩くアタシの足音。それだけ。
静寂、 静寂、 静寂、
孤独、
二人でいるのに一人と同じ、
誰もいない世界、
脆弱な世界、
寂しい、
怖い、
一人はイヤ、
一人はイヤ、
一人はイヤ、
―一人はイヤ!! ―
アタシは孤独に押しつぶされそうだった。
どんどんアタシの弱い部分がアタシを責めたてる。
怖い、怖い、一人はイヤ、孤独はイヤ!
アタシは砂浜にしゃがみ込みガタガタと震え出した。
―もう…いや…―
意識が飛びそうになる、その時アタシの体はふわりと暖かいものに包まれた。
アタシの耳元に届く、鼓動、かすかな息遣い。
そして背中に回された手からは暖かいものが流れ込んでくる。
ここは…静寂だけの世界じゃない。
この時アタシははじめてこの世界で"生きている"と言う感覚が生まれた。
「…ジ………シンジ…シンジィ」
アタシは暖かい手の主の名前を呼びぽろぽろと涙を流した。
アタシが欲しかったのは
賞賛の言葉でもなく、羨望のまなざしでもなく、
アタシを包み込んでくれる暖かい手だったのかもしれない。
緊張の糸が切れたように泣きじゃくるアタシをシンジはさらに強く抱きしめた。
ここは何もない世界。
砂浜に並ぶ二つの影。
紅い海から聞こえる波音だけが静かに響いた。
だけど、ここはもう静寂だけの世界じゃない。
しばらくの後、二つの影が立ちあがり、波打ち際を歩き出した。
何の当てもなく、ただ、行ったり来たり・・・。
だけど、ここはもう静寂だけの寂しい世界じゃない。
今まで交わることのなかった二つの気持ちがはじめて一つになった世界。
脆弱に見えて、とてもとても強い世界。
ここが、新世界の始まりとなる場所…。