「────っ!!!」
わたしは四肢を投げ出し、大きく仰け反ってブルブルと震えていた。真っ白になった頭の中の片隅で思った──か、身体の奧から・・・・・恥ずかしい蜜が溢れちゃ・・・・ってる・・・・・あ・・・ぁ・・・・・わたし・・・・・イッちゃって・・・る・・・・・んだ・・・・・。
「あっ・・・・・あ、あ・・・・・あっ・・・・・あっ・・・・・」
まるで痙攣するように身体が何度も震えて・・・・・その度に切れ切れの濡れた声が口をつく。勝手に声・・・・・出ちゃう。絶頂の嵐に意識が何度も途切れ、わたしは強烈な快感に打ちのめされていた。
無限に続く一瞬が漸く過ぎ去り──ぷつん、と糸が切れたかのように、わたしの身体がベッドに崩れ落ちる。はあっ、はあっ、と酸素を求めて肩で息をする。何もできない・・・・・身体が動かない・・・・・よ・・・・・。
・・・・・勝手に身体が、ぴくんっ、て何度も震えちゃう・・・・・腰の奧が伸縮して蠢いているの・・・・・。
暫くして、少し息が楽になってきて、目をあける。四肢をしどけなく投げ出したまま、わたしは朦朧としたまま天井を眺めていた。そして、それが自分の部屋の天井だと言うことを認識できるようになったのは、また時間がだいぶ経った後だった。
のろのろ、と身体を起こす。ぼんやりとしたまま周りを見回してみる・・・・・薄暗い自分の部屋・・・・・・・・・・別に何も変なところは・・・・・ない・・・・・時間は午前6時26分・・・・・。
──も、もしかして・・・・・今のは・・・・・・ゆ・・・・夢ぇ!?
ようやく状況が飲み込めた、わたしは思い切り慌てた。うわあっ・・・・・な、なんて夢、見てんのよぅ、わたしっ!! なっ、なんなのぉ!? わたしは、真っ赤になりながら、膝に突っ伏す。・・・・・へ、変な寝言とか・・・・・言ってないよね!?
リ、リツコさんに・・・・・聞かれてたら・・・・・うわああん、どおしよおっ!? ・・・・・いやいや、待て待て。・・・・・そうだよ・・・・・ま、まあ、夢は全然・・・・・違うけど・・・・・叫んじゃってたりしたら、部屋に飛び込んできてるよね・・・・・。うん・・・・・大丈夫。・・・大丈夫・・・・・だよ、多分。
ふと、夢を思い返してみる。ぼやーっ、としか憶えてないケド・・・・・あれって・・・・・・・・している夢・・・だよね・・・・・。うーん、やっぱり、体験してないことは夢でもハッキリしないんだなぁ。・・・・・感触とか全くなかったもん。
わたしは・・・・・夢の中の『カレ』が誰だったのか、思い出してみようとさえしていなかった。初めてのコトに慌てていて、それどころじゃなかったんだもん。
──だけど・・・・・えっちな夢なんて初めて・・・・・見た。なんか・・・・・凄い・・・・・キモチ良かった・・・・・。
わっ、わわっ!? ううっ、とたんに強烈な・・・・・その・・・・・あの、だから・・・・・女の子の匂いがね・・・・・してきたんだよぉ・・・・・。身体を起こして、脚の間を見下ろす。うわ・・・・・大変なコトになってないと、いいんだけど・・・・・。
取り敢えず、被害はショーツとスパッツで済んでいた。ベッドに及んでなくて良かったぁ。汗もかいちゃったし・・・・・起きてシャワー浴びよっと。
「んしょ・・・・・」
わたしはベッドから立ち上がりる。うー、ヌルヌルして歩きづらい・・・・・やんなっちゃうなぁ。
リツコさんを起こさないように、そおっと洗面所に駆け込む。スパッツとショーツをバスルームの洗面器に入れ水に浸す。・・・・・取り敢えず・・・・・汚れ物・・・・・洗っちゃお。
洗面台のハンドソープを手に取り、スパッツとショーツをちゃっちゃと洗っちゃう。・・・・・もお・・・・・やだなぁ。ちら、と鏡をみると頬が赤い。
・・・・・よし、こんなもんかな。んしょっと・・・・・絞って水気を切る。洗濯機のフタを開け、中から洗濯ネットを取り出して下着類の中にショーツを突っ込む。スパッツは脱いだTシャツにくるんで、下の方に・・・・・だって、やっぱり恥ずかしいもん。
そのままバスルーム入る。窓の外は青く白み始めている。うん、今日はいい天気になりそぉ・・・・・ふふふ♪・・・・・そうなんだ。今日は「デートごっこ」の日なのだっ。しかも絶好のお出かけ日和っ♪
いつもより高めの温度に設定してシャワーのコックを捻る。熱いお湯がベタつく肌を洗い流して、もやもやしたわたしの意識を覚醒させてゆく・・・・・。
「ふ──っ」
髪の毛を洗いながら思った。
それにしても、すんごい夢・・・・見ちゃったな。ここのところ・・・・・変な気分になることが多かったから・・・・・今更、そんなに慌てないで済んだけど──
──ここのところ?
いや、よく考えたら3日前からは、全然・・・・・してないや・・・・・。滝の処でスッキリしてきたから、かな・・・・・。って、ことは3日間だけ・・・・・堪らなかったってこと?
わたしは、かなり悩んだんだけど・・・・・答えが見つかる訳でもなく・・・・・。
んー、まあ、いいやっ。治まったんだし。それよか、今日はお弁当作んなきゃいけないし、こんなので時間潰してる場合じゃないんだっ。
・・・・・食べ放題なのに、お弁当?って思った? 相田と話してて、お昼はお弁当にしようってコトになったんだ。その方が「デート」っぽいじゃない。で、わたしが二人分作って持ってくことにしたんだけど・・・・・。
しかし・・・・・・・昨日の夜は・・・・大変だった・・・・・。
お弁当の下準備とかしたかったんだけどね・・・・・・・・リツコさんが・・・・・今日の服、決めるのにうるさくて・・・・・あはは。別にリツコさんが行く訳じゃないのにねぇ。まあ、こないだデパートで幾つか買ったんだけど、まだ決めてなかったんだ。
結局、殆どリツコさんのコーディネートで決定・・・・・ははは。
むしろ、わたしよりリツコさんの方が真剣だった。・・・・・何度も「デートじゃないんだってば」って言ったんだけどな。
アクセサリーも、こないだ買った安いシルバーのやつにしようかと思ってたんだけど・・・・・リツコさんが「質の悪い銀は、汗とかで溶けて服や肌が黒く汚れたり金属アレルギーを起こすから絶対にダメよ」と力説して・・・・・・・・リツコさんのアクセサリーを借りることになった。
借りるのはいいんだけど・・・・・24金の細いチェーンに小さい本真珠が3つ通してある短いネックレスと、お揃いのイヤリングと、同じチェーンのブレスレットなんだよぉ。わたしのシルバーより、服にずっと合っててバッチリって感じなんだけど・・・・・
中学生のわたしが買えるようなシロモノじゃない事は確か。失くさないように気を付けなきゃ。
そんなこんなで、結構、寝るのが遅くなっちゃったんだ。身体をボディソープで洗いながら、その時のリツコさんを思い出すと、思わず顔が綻ぶ。
ざあっ、と泡を洗い流して・・・・・ふうっ、サッパリしたっ!
シャワーを出ると取り敢えず部屋着に着替えちゃう。料理とかするしね。
キッチンに入ると、、エプロンを着けて時間を確認する・・・・・午前7時ちょい過ぎ。よしっ、作っちゃお。
・・・・・ま、そんな大したお弁当って訳じゃないんだけどね。ほら、いいお店の食べ放題とかあるんだし、無理して派手なの作ってもかないっこないじゃない。それよか素朴なメニューの方が却って、いいんじゃないかと思ったんだ。
ふむ、ご飯は炊けてるな(タイマーでセットしといたんだ)・・・・・少し蒸らした方がいいよね。
まずは、おにぎりの具から・・・・・鮭の切り身とたらこをグリルに入れて、それからツナ缶を開けて・・・・・梅干しの種を取って・・・・・。つけあわせの沢庵も使う分だけ切って、冷蔵庫に戻しておく。
んじゃ、唐揚げの準備もしちゃお・・・・・中華鍋を出して油を注ぐ。っと、その前にグリルを開けてみる。鮭の方は・・・・・もうちょっと、かな。そんなに火が通らなくても大丈夫なたらこを裏返す。
金属のザルにキッチンペーパーを敷いて、コンロの傍に置いたら、中華鍋を火に掛ける。少ない量の揚げモノするんだったら小さい中華鍋で十分なんだよお。
よし・・・・・次は厚焼き卵の準備も始めよう。昨日、量って用意しといたダシ汁の入った雪平鍋をコンロからどかす。
で、同じように下ごしらえしといた鶏肉とエビのすり身、それから沢庵を冷蔵庫から取り出す。グリルの鮭を裏返して、焼けたたらこはまな板に。バットに粉をだして、スパイスを混ぜ込み、タレとスパイスで漬け込んでおいた鶏肉を放り込む。エビのすり身の入ったボールに雪平鍋のだし汁と卵を3個落として、手早くかき混ぜながら、鶏肉を熱くなった油に入れていく。
途中で、鮭が焼けたので、これもまな板へ移動。ご飯の蒸らしも、もういいかなぁ。四角い卵焼きを出して油を敷き、揚がった鳥肉を脇のザルにあげてく。鮭の身を解して、ツナ缶にマヨネーズを混ぜて・・・・・沢庵も切っておく。唐揚げをやりながら炊飯器からご飯を丼にとり脇に置いて冷ましておく・・・・・よし、唐揚げ完了。
頃合いを見ながら、溶き卵を、卵焼きに流し込み・・・・・ちょっと、ここからが難しいんだよね・・・・・さい箸で縁から丸めていって空いたところに卵を流し込む。丸めた卵を少し持ち上げて、下にも溶き卵がちゃんと入るようにしないと、失敗しちゃうんだよね・・・・・。ふむ、何か調子いいぞぉ。
おお、我ながら上手くできた・・・・・かな? もう1回、ご飯をかき混ぜておいて・・・・・。
他の匂いがつかないように、まな板の空いているところで厚焼き卵を切って・・・・・油入れに中華鍋の油を入れてキッチンペーパーで拭いて流しに、ひとまず置く。
キッチンカウンターの下から、海苔と白ゴマを取る・・・・・ゴマをまな板の隅っこに出して飛び散らない用に手で覆って、包丁の柄で叩く。あはは・・・・・いや、ミルとかすり鉢でもいいんだけど、量が少ないからね。海苔はキッチン鋏で、適当に切って・・・・・ご飯に指をあててみる・・・・・よし、熱くないや。
お塩をだして小皿に取り分ける。まずは手を洗って・・・・・お塩を手に付けて、ご飯をとり・・・・・んしょ、んしょ・・・・・で、具を入れて・・・・・んしょ、んしょ・・・・・ゴマをまぶして海苔をまく。
おにぎりが、だいたい出来上がったところで、廊下を歩く音がする。・・・・・リツコさん、起きたのかな? ドアの開く音がしたので、声を掛ける。
「リツコさん、おはよう♪ 朝ご飯、お弁当の余りでいい?」
「あ、おはよう。・・・・おにぎりに卵焼きね・・・・・ええ、いいわよ。それにしても朝っぱらから、鼻歌混じりで御機嫌じゃない?」
キッチンの向こう側のリビングにリツコさんがパジャマ姿で入ってきた。えーっ、鼻歌なんて歌ってた?
「マナちゃん・・・朝ご飯は?」
「着替える前に食べようかと・・・・・」
鍋とかまな板とかを流しで洗ってると、後ろでリツコさんがタメ息混じりに笑いながら言う。
「・・・・・やっぱり、どう見てもデート当日の女の子よねぇ」
「もおっ、デートなんかじゃないって、何度も言ってるでしょお」
昨日から何度もコトあるごとにからかわれて、いい加減呆れてたんだけど・・・・・やっぱり、ちょっと頬が熱い・・・・・わたしも同じコトを言い返しながら、冷蔵庫から昨日作っといた筑前煮とポテトサラダとの入ったタッパーを取り出す。(ポテトサラダは作りたてよか、少し寝かせて馴染ませた方が美味しいんだよ)
「へええ、マナちゃん・・・・・頑張ったわね」
「えっ、そんな・・・・・単純なものばっかりで・・・・・」
リツコさんが優しく微笑んで褒めてくれたりするもんだから、わたしは慌てて、くるっと流しの方を向きポテトサラダの野菜から出た水を切る。
「男はねえ・・・・・遠足の時にお母さんが作ってくれたお弁当に弱いのよ。これなら相田君もイチコロね。肉じゃが並みに威力があるわよ」
「だーかーらーっ、イチコロになってくれなくても・・・いいんですっ」
もおっ、リツコさんったら・・・・・。へ、変に意識しちゃうじゃないかぁ。あっ・・・そうだ・・・・・ソーセージも出しとこ。わたしは、ソーセージの真空パックと粒マスタードの小瓶を冷蔵庫から出した。
「それ・・・・・アスカから貰ったドイツのソーセージじゃない。茹でないの?」
「えへへ♪ 相田が携帯のIHプレートと鍋、持ってくるから向こうで茹でたてを食べるんだぁ」
「いいわねえ。・・・・・でも、屋内施設で大丈夫なの?」
「うん・・・・相田が向こうに確認したら、空中庭園があって、そこならOKなんだって」
「お湯が沸かせるんだったら、良いのがあるのよ・・・・・ちょっと、持ってくるわ」
そういうとリツコさんはリビングの奧に行ってしまった。・・・・・なんだろ? とにかく盛りつけちゃお。
おにぎりを4つと沢庵を入れた笹の葉で作った入れ物を添え、竹の皮でくるむ──これも、リツコさんの強い主張(笑)──2包みつくったら、竹で編んだお弁当箱に、おかずを盛りつける。
まず、底に紙ナプキンを広げる。レタスを並べて・・・・・そしたら、クッキング・シートを適当な大きさに切って器のような感じにして、お弁当箱の半分くらい唐揚げを入れる。ほら、クッキーなんか焼くときに天板にくっつかないように敷くやつ。紙ナプキンだと唐揚げの衣がくっついて取れちゃうし、ラップだとベショベショになっちゃうんだよね。揚げものとかくっつかなくていいんだ。
お弁当箱の4分の1くらいのアルミホイルのカップに筑前煮をよそって山椒の葉っぱを上に載せて、中に詰める。空いてるところに厚焼き卵とポテトサラダを入れて・・・・・よし、後は冷めたらフタをして完成♪
「・・・・・これこれ。折角、そこまでやったんだから、これ持ってったら?」
そう言うとリツコさんがティッシュボックスより2回り小さいくらいの木箱を持ってきた。・・・・・何、これ? わたしが怪訝そうな顔をしていると、リツコさんは笑いながら側面の板を上にスライドさせる。
「わぁ・・・・・」
中には竹の水筒と木でできた茶碗が2つ、後は良く解らないのが2つ入ってる・・・・・わあ、可愛いっ。リツコさんが中を取り出しながら説明してくれる。
「水筒と茶碗は見れば判るわよね。急須がこれなんだけど・・・・・ここに取っ手があるから・・・付ければ・・・・・ほらね、ちゃんとした急須でしょ。こっちが茶筒。で、奧に受け皿が2枚入っているから・・・・・茶碗をのせて・・・・・」
「うわあ、可愛いっ。これ、すんごくいい!」
見る間に二人分の、とても可愛いお茶の道具がテーブルに並ぶ。すごい、すごい。持ってこうと思っていたステンレスの水筒と大きさも殆ど変わんないし・・・・・
「全部、木とかで出来てるから軽いし、二人分のセットだから、ちょうどいいでしょ」
「・・・・・これ、何か古い大事なものじゃ・・・わたし、持ってっていいの?」
「マヤとジオフロントの森でお茶飲んだりするのに、たまに使ってるやつだから、壊さないように気を付けてくれれば問題ないわ。水筒に冷蔵庫のミネラルウォーター入れていくといいわよ」
「わあっ、リツコさん、ありがとおっ♪」
わたしは、ピョンピョンと喜びながら、竹の水筒にミネラルウォーターを詰める。見よう見まねで木箱に道具をしまう・・・・・お、結構かんたん。こりゃいいなぁ。リツコさんが時計を見ながら言った。
「ほら、時間なくなっちゃうわよ。お料理したんだから、シャワー浴びた方がいいわ・・・・・髪とかに唐揚げの匂いがついちゃってるかもしれないし。朝ご飯にしましょ。私、お茶いれるから」
と、言うことで試食兼朝ご飯ということになった。
「えー、お化粧なんてしなくても・・・・・」
リツコさんは眉を寄せて、わたしにズイッと顔を寄せて言った。朝食を食べ終わり食後の番茶を啜っていると、リツコさんがメイクしてくれると言うんだけど・・・・・わたし、中学生だし。
「あのね、私やミサトみたいにする訳じゃないわよ。どうせ、何もしなくったて肌は綺麗だし、小皺なんてないんだから・・・・・でも、年齢相応のナチュラル・メイクっていうのもあるのよ。マナちゃんは地がいいから、すごく可愛くなると思うんだけどな」
「え・・・う、うん・・・・・じゃ、やってみる」
「じゃ、着替え終わったら声を掛けてね。あ・・・洗い物は私がやっておくから」
「はぁい。じゃあ支度してきます」
取り敢えず、バスルームに直行して、ざっともう1回、身体と頭を洗う。・・・・・さっき、一度洗ったしね。
バスルームを出て、洗面所で身体の水気をバスタオルで良く拭く。バスタオルを身体に巻いて、髪の毛をドライヤーで乾かしちゃう。ま、アスカみたいなロングヘアじゃないから、こういう時には手間が掛からなくていいや。
そのまま、部屋に戻って、バスタオルを取る。乾いたフェイスタオルで、もう一回水気を念入りに取っとく・・・・・服が湿っぽくなっちゃうからね。
昨日、用意しておいた服と下着をベッドに並べる。まずは白いシルクのショーツ。で、問題は・・・・・こないだ勢いだけで買っちゃったショーツとお揃いのビスチェなんだけど・・・・・着たこと無いんだよ。んしょ・・・・・っと、こんなんでいいのかな。部屋の隅にあるスタンドミラーで確認してみる。
「・・・・・おおっ」
あ、いや・・・バカな声だしちゃった。これって・・・・・すごいねえ・・・・。確かに、ああやって、こうやって、ちゃんと着るとパッドも入ってるから、かなりバストアップするとか店員のお姉さんは言ってたけど・・・・こりゃあ・・・・・すごいなぁ・・・・・えへへ、Cカップくらいあるように見えるんだよお。・・・・・わあ、すごいなあ・・・・・胸に谷間ができてるよ。しかも・・・・・ウェストも、きゅっ、て締まって・・・・なぁんか、自分じゃないみたい。
あ、いかん、いかん・・・・・カヲル君じゃあるまいし、自分に見とれてる場合じゃなかった。
よし、誕生日にリツコさんから貰ったコロンを、ちょっとつけて・・・・・えへへ、使うの初めてなんだ。
さて、白いワンピースを着る。微かにベージュ味がかってて、白い刺繍が入ってるんだ・・・・・ぱっと見はシンプルなんだけど、よく見ると凝ってるの。それで、ちょっと幅の広めの肩紐で、・・・・・肩と胸元が全部出ちゃってる・・・んだけど、それは、丈の短いカーディガンを羽織っちゃおうと思って。腰の後ろの処で、靴の紐みたいになってるトコを締めて、ウェストが細く見えるようになっている・・・・・これがまた結構可愛いんだ。
その紐を引っ張ってみる・・・・・よいしょ・・・・・お、ビスチェの所為かウェストが、きゅーっと細くなる・・・・イケてるじゃん、へへへ。
紐を結んで、背中のジッパーを上げる。カーディガンを手に取る。ワンピースよりはちょっと濃いベージュで薄手の毛糸編みのヤツで・・・・編み目が結構粗くてシースルーっぽいんだけど、割と上品なんだ・・・・・・。ただねえ・・・・わたしにはちょっと袖が長いんだよ・・・・・手の甲に、ちょっと掛かっちゃう。
そのカーディガンを羽織って、これで・・・・・準備完了。一応、スタンドミラーで確認・・・・・よし、いい感じになった、かな。
「いやぁん・・・・・マナちゃん、可愛いじゃないっ」
リツコさんに見せてみた第一声が、これ。わたし、こういうカッコって殆どしたことないから・・・・・じぃっと見られると居心地が悪いんだよぅ。
「うぅ・・・・・なんか照れくさいな・・・・・」
「そんなことないわ・・・・・よく似合ってる。これは・・・・・メイクのヤリ甲斐があるわねえ。うふふふ・・・・・」
リ、リツコさん・・・・・目が据わってるよ・・・・・(汗)
ちょっと、リツコさんの様子に引いちゃったんだけど・・・・・洗面台に連れてかれて・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
まな板の上の鯉のようにされるがままに、なって・・・・・・
なんだか良くわからないウチに・・・・・最後にリツコさんの真珠のアクセサリーを着けてもらう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「よしっ、時間ないから、こんな処かしら。どお?」
・・・・・いつの間にかできあがった鏡の中のわたしは目を丸くして呆然としていた。・・・・・だって・・・・・
「・・・え・・・・・・・いや、どおって・・・・・」
確かに鏡の中にいるのは、わたしのハズで、そんなに濃いメイクはしてないんだけど・・・・・印象が全然変わっちゃって・・・・・。なんか・・・・・自分で言うのもヘンだけど・・・・・TVに出てるアイドルみたい・・・・・。リツコさんって、凄いなぁ・・・・・わたしって、こんなキレイだったけ? って思っちゃうくらい。
リツコさんが、わたしの肩に顎を近づけるようにして言った。
「マナちゃん、骨格が綺麗なのよ。だから、お化粧映えするの。後は、自分に自信を持つと、もっと綺麗になるわよ」
「・・・・・えー、だって、これ・・・・・わたしじゃないよぉ」
鏡を指さしながら言った、わたしのセリフにリツコさんは笑いながら言った。
「ふふふ・・・・・誰でも女の子は、初めて綺麗にメイクすると、そう思うものよ。マナちゃん向けにウォータープルーフの化粧品、使ったの・・・・・もっとちゃんとした発色の良いものを使ってプロの人がやったら、こんなモンじゃないわよ」
「え・・・・・いや、こ、これで十分です・・・・・」
・・・・・プロの人って・・・・・すごいのかも・・・・・。
「耐水性っていっても限度があるから、あんまりタオルでゴシゴシやると全部、落ちちゃうから気を付けてね。あ・・・・・ほら、モジモジしていると遅刻しちゃうわよ」
「あっ・・・やばっ・・・・・支度して行かなきゃ」
わたしは部屋に戻って、昨日、荷物をまとめていた編み上げの手提げバッグと、ミュールの入った箱を手にする。玄関に箱を置くとキッチンに行って、まず、お茶セットの木箱をバッグに入れる。うん、空きスペースは大丈夫そう。
お弁当箱にフタをして、大きめのハンカチで包んでバッグに入れる。それから、おにぎりの入った竹皮の包みも入れて・・・・・予め用意しといた箸箱や紙ナプキンとかを入れたハンカチの包みも入れて・・・・・と。
・・・・・お弁当以外は、昨日チェックしたから大丈夫。・・・・・忘れ物は・・・・・ないよね。
リビングを通るときに、ジジを膝に乗せてソファに座ってるリツコさんに声を掛ける。
「じゃ、行ってきますね」
「あ・・・・・忘れ物はない?」
「うん。何度も確認したし・・・・・多分、大丈夫」
「じゃ、あんまり遅くならないでね」
それから、ハンカチは持った? とか・・・トイレは大丈夫? とか・・・折り畳み傘持った? とか・・・お財布忘れてない?とか・・・・・玄関までリツコさんの心配が続く・・・・・たはは。ジジが合いの手の入れるかのように時々“みゃ”って鳴く──お腹空いてんのかな・・・・・。
ともかく、リツコさんと、そんな話をしながら靴の用意。箱からミュールを取り出す。ベージュの木っぽい底地に白地にパールグリーンのラインが入ってるんだ・・・・・ミュールだから踵がないんだけどね。取り敢えず、履いてみる。うん・・・・・どこも当たってないし・・・・・いい感じ。帽子掛けに掛けておいた麦わら帽子を取る・・・・・へへへ、こっちもね、リボンが白地でパステルグリーンのラインが入っててミュールとお揃いみたいでしょ。
「行ってきます!」
「いってらっしゃい。楽しんできなさいね」「みゃあ・・・・・」
リツコさんとジジに送り出されて、わたしは家を出た。
リニアの駅前にきた。抜けるように青い空、日差しは強いけど、箱根の山からの冷たい風が吹いてきていて、気持ちいい。まだ、時間が早い所為もあってか、商店街ののシャッターは殆ど閉まっているか、開店準備で半開きって感じ。
駅前のロータリーにも土曜日だから通勤や通学の人影は、殆どなくて・・・・・小田原の方にサーフィンに行く大学生のサークルや、厚木の109まで買い物に行くという気合いの入った遠征計画に、はしゃいでいる女子高校生達・・・・・あとは、デートの待ち合わせっぽそうな人が、ちらほら・・・・・ま、休日の朝の風景ってやつだよね。
「デートごっこ」とは言え・・・・・純粋にプライベートで・・・・・男の子とお出かけするのって・・・初めてかも・・・・・男の子と待ち合わせって・・・・・結構、恥ずかしいなあ。
待ち合わせは9時に駅前なんだけど・・・・・意外と早く着いちゃった。あと10分くらい・・・・・ある。日陰を捜して駅舎のロビーの入り口にある柱に寄りかかると、麦わら帽子の位置を、ちょっと直してみる。
確かに・・・・・前に任務で第3東京に潜入した時にも・・・・・シンちゃんと、デートしたことあるんだけど・・・・・今から考えると、任務だったし気持ちに全然、余裕が無かったかもしれないな・・・・・。
わたしは携帯を取り出して時間を確認すると、ちょっとタメ息をついた。
土曜日だし・・・・・結構、待ち合わせのヒトが多くて・・・・・何だか、みんなジロジロと、わたしのコト、見てくんだよぉ。それも、遠巻きに・・・・・。
そりゃ、ナンパ目当てやキャッチセールスや変なスカウトで声を掛けられたりしたことは、あるけど・・・・・こんなの初めてだよぅ。全く・・・・・珍獣やUMAじゃないんだからっ。
あー、それにしても時計の針が進むのが遅いなあっ。何度も時間を確認してしまう。・・・・・でも、こんなカッコしたの初めてだし、相田に笑われないかな・・・・・ちょっと、恥ずかしいな・・・・・。あぁん、もおっ・・・・・相田のヤツぅ、早く来てよっ!
──あ、下の名前で今日は呼び合うんだったよね・・・・・噛んじゃったりしないかな・・・・・。
うわあ・・・・・ほんっとに、ドキドキしてきちゃったよ・・・・・ど、どうしよ・・・・・。緊張のあまり、遂にパニックになりかけているところに、後ろから声を掛けられた。
「・・・・・おぅ、マナ・・・早いな」
「あ・・・・・来た来た・・・・・遅いよぉ、相────
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「ちゃんと、都市迷彩になってるんだぞ・・・・・って・・・・・ん? どうしたんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
わたしは、秒針が1周するくらい固まっていたと思う。・・・・・だって・・・・・相田の格好・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・迷彩柄のマント・・・・・・・・迷彩柄の帽子・・・・・・・いやだああああっ!!
「あははは、驚いた? ・・・・・冗談だってば」
「・・・・・?」
迷彩柄のドラキュラみたいに体を、すっぽり覆っていたマント・・・・・っていうか、只のシート?・・・・・と帽子を脱ぐと、その下は普通のカッコだった。・・・・・ほっとするのと同時にカーッとなって、思わず手が出ていた。
「ふごぅっ!!」
「もおっ!! ケンスケのバカっ!! 何、考えてんのよおっ!!」
「お前なぁっ、グーで殴るなよ! ほら、只の敷物だって」
迷彩シートの裏地は、ピクニックでよく使うような赤と青と白のストライプのシートだった。・・・・・そんなのドコで売ってんのよ・・・・・わたしは、力が抜けて、へなへなと尻餅をつきそうになった。
「・・・・・ケンスケぇ・・・・・冗談にしても、笑えないよお」
「ちぇ、ウケると思ったんだが・・・・・ドイツ軍の森林迷彩の方が良かったかな」
・・・・・それは違う、って・・・・・。
「しっかし・・・・・女は化けるって言うけど・・・・・まるで、別人みたいだな。最初、気が付かなかったよ」
「今のわたしを褒めてるのか、普段のわたしを貶しているのか判断が難しいコメントだなぁ」
「ははは・・・・・拗ねるなよ。渚風に言えば──今日のマナは、いつもより更に綺麗だっていうことさ──」
ケンスケが、まるでカヲル君のように喋る。すんごい似てるんだけど──
「あははは♪ ケンスケ、似合わない」
「ま、気分もほぐれたトコで、行きますか」
微笑みながら、わたしを促すと、自動改札に向かう。
ちょうど、ホームに出たら、ラッキーなことに新横須賀行きの快速が来たので、そのまま乗る。リニアの中は、それなりに混んでいて、わたし達はドアに寄りかかって景色を眺めていた。
「今日は天気も良さそうで、ホッとしたよ」
「まぁね、これで雨だったら本当に憂鬱になっちゃうよね。わたし達の未来を暗示してるのかしらっ、とか思うかも」
「・・・・・天気ひとつで、未来が決まる訳じゃなし・・・それに、マナの暗い未来に俺まで一蓮托生にしないでくれ」
「なんでよぉ、いいじゃん♪ 晴れたんだから」
わたし達が、くすくす笑いながら雑談してると第3東京のある仙石原を抜け強羅からトンネルに入る。ごおおっ、て音がして、ちょっと会話がしづらくなる。どちらともなく黙って、窓の外を流れるライトをみたり・・・・・時折、にこ、って笑い合ってみたり・・・・・。
──えへへ・・・なんか、こういうのも・・・・・いいよね。
トンネルを抜けると車内が、ぱあっ、と明るくなる。明神ヶ岳の麓あたりで、こっち側はセカンド・インパクト以前のままなんだよね。結構、山深い山村って感じ・・・・・黒い瓦の家並みがキラキラ光っている。そんな中をリニアが走っている。
「こっち側って・・・・・結構、昔のままなんだね」
「んー、この辺は海抜が高いから、ね。小田原市街とかは水没しちゃったけど・・・・・」
「そっか、昔は新横須賀の先の海のところを、小田原って言ってたんだよね」
「まあ、旧小田原市が全部沈んじゃった訳じゃないけど・・・・・サキ婆ちゃんなんか、未だに横須賀って聞くと神奈川にあった方で考えちゃうって、言ってたよ」
そうなんだよね・・・・・セカンド・インパクトで水没した街は多いんだ。今、車窓から見える前世紀の風景は、ある意味でとても貴重なものかもしんない。
「新しくできた新横須賀は、第3東京と変わんないよ。軍港を中心にした計画都市だからな」
徐々に山並みが平坦になり、新しい住宅地が増えてくる。建設中のものも多いなあ・・・・・。線路が高架になり見晴らしが良くなると、遠くに青く光る海が建物の隙間から時折、見える。
「あっ、海!・・・・ケンスケ、見た見た?」
「うん。・・・・・しかし、コドモじゃないんだからさ・・・窓にへばりついて見ることないだろ」
え・・・・・やだっ、恥ずかしーっ。わたしは周囲を見回すと、思わず赤くなって俯いた。ケンスケを上目遣いで、ちらっと見る。窓の外を眺めて「ほぉ」とか「ふうん」とか言ってる・・・・・。
それにしても・・・・・
さっきまでドタバタしてて気付かなかったんだけどね・・・・・ケンスケの格好・・・・・ベージュの麻のサマージャケットとズボンに、パステルグリーンのシャツを着て、渋い茶色の革靴を履いている。どれも新品じゃなくって、使い込んだのを大事にお手入れしてるって感じで・・・・・。着慣れているというか・・・・・しっくりと合ってるんだ・・・・・。
──へええ、結構・・・・サマになってるじゃん。
わたしは、目を細めて微笑みながらケンスケを眺めていた。
「・・・・・わたしのコト、別人とか言っていたけど・・・・・ケンスケだって、そんな格好、普段してないじゃん」
「え? ・・・・・この格好、合ってないか?」
「ううん、そうじゃないけど、着慣れてるみたいだから・・・・・。ちょうど、わたしの服とお揃い──」
──お揃いぃ!? わたしは自分の服を見下ろしてみる・・・・・
うわああ、これじゃ完全にペアルックみたいにお揃いでカラーコーディネートしたみたいじゃない! カ、カップルっていうより・・・・・パーティーに行く夫婦だよぉ!!
「この服は──って、どうしたの?」
「あうあう・・・・・な、なんでも、ないよっ」
ううう、心臓がバクバク言ってるよぉ・・・・・で、でもさ・・・ほら、「デートごっこ」なんだから、この位したって・・・・・うん・・・そ、そうだよね。
「・・・・・ま、いいか・・・・・これね、親父の昔の服なんだ・・・オーダーメイドの割といいやつらしいんだけど・・・・・体格が同じくらいになってきたから、勝手に借りたんだよ」
「ふうん・・・・・・意外と似合ってるよ♪」
「・・・・・・その“意外と”ってのが、引っかかるなあ」
「あはは♪ さっきのお返し」
新横須賀の駅には、程なく着いた。熱海と新横須賀とアクアフロートと新藤沢を八の字に繋いだ地下鉄が走ってて、普通のビジターなら、これに乗り換えるか、シャトルバスで新横須賀港まで行って、専用のフェリーに乗るんだけど・・・・・会員や今日の招待客は、こっからは水上バスになるんだって・・・・・・。(ちなみにアクア・フロートには、自家用車の乗り入れができないんだ)
ま、それはともかく、わたし達は案内板に従って階段を上って再び下り、南口の改札に向かう。
第3東京と違い観光地だけあって賑やかな改札口だ。ホテルや旅館の看板があちこちにあったり、特産品の出店が並んでいる。ツアーの団体さんなんかも、あちこちにいたりして、普通の駅とは雰囲気がだいぶ違う。
「ふえぇ・・・・・なんか“観光地ーっ!”ってカンジだねえ」
「そうだね・・・・・旧小田原の時から溯っても江戸時代から東海道の観光地だから」
わたしがキョロキョロしながらケンスケにくっついて改札口を出ると『新横須賀アクア・フロート水上バス乗り場』と書かれた階段が、すぐ脇にある。
「あれ・・・・・こんな陸地の処から水上バスに乗れるの?」
「まあ、来てみればわかるよ」
ケンスケは、そう言うと階段を降り始める。・・・・・なんか・・・・・階段からして・・・駅とは造りが違う。大理石に赤絨毯だよぉ。
「・・・・・いかにも高級な会員制ってかんじ」
「ははは・・・・鳴り物入りで開発されたからな。こっちの水上バスは、会員様専用なんだってさ」
短い階段を降りると重厚な木製の自動ドアが開き、どっかの高級ホテルのようなラウンジになっている。間接照明とシャンデリアに照らされた落ち着いた空間だ。ふかふかの絨毯に足を踏み出す・・・・・と、係りの人が、すっ、とやってきて丁寧な口調で話しかけてきた。いかにも品の良さそうなおじさんだった。
「本日は、『新横須賀アクア・フロート』にお越し下さいまして、誠に有り難うございます。お手数ですが会員証の御提示をお願いいたします」
「ええと、招待状なんだけど・・・・・これでいいかな?」
「東京アメージング・レイヤーのプレビュー・レセプションのお客様ですね・・・・・相田様、かしこまりました。新横須賀駅ラウンジ担当の嶋風と申します。只今、IDカードを2枚ほど用意いたします。お連れのお嬢様、宜しければ、こちらに御芳名を頂きたいのですが・・・・・」
・・・・・ネルフの冬月副司令に似てるなあ、とか下らないことを思ってると、係のおじさんは懐から小さな紙を挟んだクリップボードと万年筆を取り、わたしに向けて差し出した。??? ・・・・・お、お嬢様・・・・・って、わたし?
「え? あ、すいません・・・・・名前だけでいいんですか?」
「御芳名だけで結構でございます」
あはは♪ そうだよね・・・・・ここには女の子は、わたししかいないんだもん。ちゃっ、と名前を記入すると慇懃におじさんは言った。
「ありがとうございます。機械に登録してカードを作らせて頂く間、申し訳ありませんが、お飲物をお持ちしますのでので、あちらの席などで、おくつろぎ下さい」
一部のスキもない流暢で上品な案内に却って緊張してきたよぅ。だいたい、中学生が二人連れでやってきても、この対応なんだから、ここは本当に高級なところって実感が湧いてくる。取り敢えず、促されたソファの方に、二人して移動。所在なげなのは、わたしもケンスケも一緒。
係のおじさんは、フロントカウンターみたいな処に行って、招待状と書類を別の人に渡している。
「・・・・・こんど一般客で来ても、ここには来れないんだよね」
「ん? そうだね・・・・・こことか、向こうでもビジターの入れないところはあるみたいだし・・・・・まあ、百万くらい払って会員になるか、あそこのマンションでも買えば、いつでも来れらるけど?」
「もーっ、そんな、お金あるわけないじゃん」
新横須賀アクア・フロートってのは、人工島が1つの巨大な街になっていて、それぞれの階層が「レイヤー」って呼ぶことになっているみたいなんだ。なんでも、先行して完成した居住階層の「コンドミネート・レイヤー」ってのがあって──要は分譲マンションなんだけどね──競争率何百倍の抽選の挙げ句に、あっと言う間に完売したらしい。一緒に完成した巨大なショッピングモールの「横須賀アーケード・レイヤー」なんかも度々TVで紹介されている。
今日行く「東京アメージング・レイヤー」も、その1階層ってわけだ。テーマパークとレストラン街が合体した東洋最大の総合娯楽施設と言われている。厳密に言うと第3新東京市内じゃないのに「東京」ってつくのは変だけど・・・・・前世紀だって、東京にないのに東京ディズニーランドや新東京国際空港も「東京」って付いてたって言うし。
・・・・・以上、パンフレットからの説明おわり。
そんなコトを言っていると、トレイに飲み物を幾つか乗せて、おじさんが戻ってくる。
「お飲物をお持ちしました。どれになさいますか?」
「えっと、アイスコーヒーありますか?」
「こちらです。どうぞ」
「お嬢様は、何になさいますか?」
「え、っと・・・・・オレンジジュースを」
「どうぞ」
紙ナプキンで底を包んだグラスをサイドテーブルに丁寧に置き、ストローとアイスコーヒー用のシロップとミルクの乗った小さなトレイを置く。その様子を見ながらケンスケが聞いた。
「今日は、アメージング・レイヤーって混んでるんですか?」
「いえ、内々のレセプションですので、一般公開の予想来場者数に比べれば極めて少ないお客様です。本日はお待たせすることはございません」
「じゃあ、レストランとか売り切れになったりしないんですか?」
「ええ、関係者の皆様をおもてなしするイベントですから、左様なことはございません。沢山、ご用意しておりますので」
おとなしくジュースを飲んでいたんだけど・・・・・思わず、食べ放題のコトが気になってバカな質問しちゃった・・・・・。ケンスケも呆れ顔で見てるし・・・・・だって、心配になっちゃったんだもん。・・・・・でも、わたしの下らない質問にも、笑顔で丁寧に教えてくれる・・・・・うわ、ホントにサービスいいなあ。
それぞれ飲み物を飲みながら色々と尋ねると、細かく丁寧に教えてくれる。
飲み物がなくなりかけた頃に、奧から小さなトレイを抱えたお兄さんが、すっとやってきて、わたし達に「失礼いたします」とお辞儀をするとおじさんにトレイを渡し、来た時と同じようにお辞儀をして奧に戻っていった。
「カードが出来ましたので、お渡しします。少しご説明させて頂きます。このIDカードには微弱な電波を発信する仕組みがございまして、基本的に各ゲートを通過する際に、こちらで自動的にチェック致します。入場が制限されてしまうレイヤーなどはゲートが開きません。ご了承下さい。
本日は東京アメージング・レイヤーの無料開放ですので、レイヤー内の各施設のゲートでは、お支払いは発生いたしません。
それから、大変申し訳ありませんが「新小田原アーケード・レイヤー」では、お支払いが必要でございます。何かお買い物をなされた際には、こちらのIDカードで精算して下されば、お帰りの時に、ここでまとめて精算することもできます。また、サービス端末が様々な箇所に設置してございますので、そこで、お使いになった額の表示や案内図の表示、サービスカウンターへのダイレクトコールなどを承っております。レストラン等でも各テーブルに小型端末をご用意しておりますので、そちらもご利用下さい。
お待たせしました。水上バスの準備もできましたのでご案内いたします。では、こちらへ──」
ラウンジを抜けて、エレベーターホールに出る。エレベーターのドアが左右の壁に8つずつ並んでいる。
手前のドアのところに若いお姉さんが待っていた。
「ここからは、本日お客様担当の、わたくし五十鈴がご案内致します」
うわ・・・・・すんごい美人のお姉さんだなぁ・・・・・。細くて、すらっ、と背が高い。青みがかったショートカットの黒髪に制服姿がばっちり決まってる。ケンスケが鼻の下を伸ばしてないか、思わず確認してしまう・・・・・“何?”って怪訝そうな顔してる・・・・・ははは、何を心配してるんだ、わたし?
あ、胸の処についているネームプレートにも「五十鈴カナエ」って書いてある・・・・・カナエさんって言うのかぁ・・・・・。
その国際線のスチュワーデスみたいな五十鈴さんとエレベーターに乗ると、ゆっくり扉がしまってゆく。今まで案内してくれた──嶋風さんだっけ・・・・・が深々と頭をさげて言った。
「それでは、お楽しみ下さいませ」
嶋風さんが頭を下げたポーズのまま、扉は閉まって、音もなくエレベーターは動きだした。
「相田様、霧島様ですね・・・・・今日、一日宜しくお願いいたします」
「えっと・・・・・五十鈴さんはガイドさんってことですか?」
わたしはおずおずと尋ねた。観光ガイドさんみたいに、ずっと一緒に五十鈴さんがついてくると・・・・・ほら、デートって雰囲気じゃなくなっちゃうじゃない? すると、五十鈴さんはニッコリ笑いながら答えてくれる。
「お供しても結構ですし、ご自由にお楽しみ頂いて、わたくしはレストハウスの控え室にいますから端末通話でご用のある時にお問い合わせ下さっても結構ですわ」
「レスト・・・ハウス?」
「お客様ごとに、それぞれ個室のレストルームを「ヒルトン・レスト・レイヤー」の一角にレストハウスとして、ご用意しております。ちょうど「東京アメージング・レイヤー」の1つ上の階層です」
「・・・・・うそお・・・ホテルの部屋まで貸してくれるんですか?」
・・・・・泊まれる訳じゃないんだろうけど──って、いうか泊まるつもりもないし──にしても、なんか“金持ち階級”のサービスは違うんだなあ、って・・・・・うーん、やっぱり社会ってのは不平等にできている。
「通常の営業では会員様に限らせて頂いているんですけれど、今日はレセプションですので、ご招待したお客様すべてにご用意しておりますわ」
「うわあ・・・・・ケンスケ、何か凄いねえ・・・・・」
「うん、こんなに豪勢だとは思わなかったよ」
・・・・・と、五十鈴さんが微笑みながら話題を変えて訊いてきた。
「今日は、お二人でいらっしゃったのかしら?」
ちょっと雰囲気が、くだけたカンジで・・・・・さっきの嶋風さんのように終始スクエアなのも、わたし達としても肩が凝っちゃうし、この方が気が楽だよね。
「え・・・・・ええ、まあ。俺の貰った招待チケットが2名様になってたんですよ」
「ふふふ、今日はいっぱい楽しんでいって下さいね。わたくしも初めてのお客様が可愛いお二人で嬉しいですわ」
かっ、可愛い!? 思わず二人して赤くなって俯いてしまった。
・・・・・まあ、今日は関係者のレセプションだしね。ともすれば、中年オヤジとかも多いだろうし・・・・・変な注文されても困っちゃうよね。五十鈴さんにしてみても、それに比べれば、わたし達中学生の2人連れは、ずっと気が楽なのかも知れない。
「遠慮なく何でも言って下さいね。サービスしちゃいますわ」
そう言って、ニッコリ笑う五十鈴さんを見て・・・・・この人、結構いいひとかも、とか思ったりして・・・・・我ながら単純だと思いつつも。
「こちらへどうそ。水上バスにご案内しますね」
すぐにエレベーターを降りて通路を歩いていく。途中で開いた隔壁があって──多分、こっから船の中なんだろう──内装の雰囲気が変わる。右に曲がって細工の施された重厚な木の扉を五十鈴さんが開けてそして、呆気にとられた・・・・・
昔の帆船のようなオークの内装のラウンジに洒落たテーブル、シャンデリア、それにBGMに音量を抑えたクラシック・・・・・なんだけど、壁と天井がパノラマビューのガラス張りになっていて・・・・・外は全部・・・水だった・・・・・。
うわああ・・・・何、これ・・・・・・水上バスって・・・・・潜水艇だったのお!?
ケンスケは知ってたらしく、それほど驚いていない。豪華な造りに感心しているみたい。もお、「来てみればわかる」ってこういうことだったのね。かなり広いラウンジには、わたし達しかいない・・・・・今日はお客さん少ないからなぁ・・・・・ははは、貸し切りみたい。
「横須賀アクア・フロートにご案内いたします水上バス「ポーラスター」へようこそ。3分ほどで出航致します。各所にございます呼び鈴を押して頂けば、IDカードと連動して担当のわたくしがお伺いいたしますので何なりとご用命下さい。この船は現在、お二人だけですので、お気楽になさって下さいね。今すぐに何かご用はございますか?」
・・・・・ホントに貸し切りなんだぁ。すごぉい。
「えっと・・・・・俺は、ないけど・・・・・マナは、何かある?」
「ううん・・・・・今はいいや」
「じゃ、今のところは特にないです。何かあったら、そこらの呼び出しボタンを押せばいいんですね?」
「はい、そうです。アクア・フロートに到着したら、まずレスト・ルームまでご案内いたしますね。それでは一旦、失礼いたします」
わたしたちが手近なソファに座ると、五十鈴さんは優雅な足取りで部屋から出ていった。
しばらく、雑談していると、館内アナウンスが流れて──あ、五十鈴さんだ──出発の旨が告げられる。およそ、40分の船の旅になるそうだ。
・・・・・ごうん・・・・・。
重たいモーターの作動音が船内のフレームに響く。流石に遮音効果が、きっちり施されているのか、それ以上の音は全くしないが、窓の外のパノラマがゆっくりと動き始めて、船体が前進し始めているのがわかる。
前方に、大きく水路が開けている。どうやら、ここは格納庫みたいなもんなのかな・・・・・。大きな水路に出ると、船体はゆっくりと旋回して水路を加速しながら更に前進。
「うわぁ・・・・・すっげーなぁ。潜水艇だとは聞いていたけど・・・・・パノラマで外が見れるとは思わなかった」
「水上バスって言うから、てっきり遊覧観光船みたいなイメージだったよ」
「一般客は・・・・・そうなんだってさ。駅からシャトルバスで海岸線まで行って、そっから小型フェリーに乗るみたいだよ」
「へぇええ・・・・・じゃ、この船も会員専用なの? 入り口だけじゃないんだ・・・・・」
バカ高い会員権を売るんだから・・・・・逆に、このくらいしてくれなきゃ割に合わないかも。まあ、わたしには殆ど縁のない世界だな・・・・・ははは。
水路を抜け、外洋にでる。天気が良いせいか、海面が青く光っていて幾筋も光の帯が射し込んできている。・・・・・かなり、崩れているとはいえ・・・・・水没した旧小田原市街が蒼くゆらめいて海底都市のように残っている。窓に顔を寄せると、わたしは呟くように言った。
「セカンド・インパクトの跡でさえ、こんなに残っているんだね・・・・・」
「・・・・・俺らの子供くらいの世代になれば、こんな景色を見ても単なる海底遺跡の冒険ってカンジになっちゃうんだろうな」
実際、わたし達はセカンド・インパクトの後の世代で、その時の苦労ってのも物心がついてなかったし・・・・・リツコさん達の年代の人に比べると、体感的に知ってる訳じゃないから・・・・・こういう景色を見ても、やっぱりどっかで現実感はないんだよね。
半壊して海底遺跡のようになっている小田原城──明星ヶ岳の麓に再建しようって話もあるけど──を通り抜けると、ゆらゆらと青く光る海面に近付いて、太陽も水面ごしにキラキラと光を拡散させながら輝いているのが見えてくる。・・・・・こんなのTVでしか見たことないよ・・・・・。
・・・・・と、五十鈴さんが、ラウンジにやってきて声をかけてくる。
「一度、浮上します。そうしたら、上のオープンデッキに出られますわ。今日は、お天気いいですから気持ちいいですよ」
「へえ、行ってみるか」
「うんっ♪ 行ってみようよ」
艇が海面を断ち切って水飛沫が盛大に飛び散りる。海面上に浮上すると、窓から明るい光が射し込んできて部屋の雰囲気が一変する。うわあ・・・・・・・。
うねるような太平洋が全視界に広がって、陽光に光っている。そこを突っ切るように潜水艇の船首が海面をかき分けている・・・・・窓の外は全部、抜けるような真っ青だった。思わず景色に見とれていると、五十鈴さんが微笑みながら言った。
「こちらです」
五十鈴さんに案内されて、階段を登る。やっぱり重厚な木のドアがあって、船っぽい丸い小窓がついている・・・・・けど、向こうの部屋は真っ暗だよ? ・・・・・と、ドアの手前で、五十鈴さんがボタンを操作したんだ。
ハッチになっている天蓋が開いてゆき・・・・・青い空がと青い海原が広がってゆく・・・・・展望台になっちゃった・・・・・。五十鈴さんがドアを開けてくれる。
「さ、どうぞ。風が強いから気を付けてくださいね」
「うわあ・・・・・すごぉい。ねえねえ、すごいよ!ケンスケ」
わたしは帽子を押さえながら、手すりに走り寄ると身を乗り出した。ケンスケが苦笑しながら後からついてくる。下のラウンジから見る景色も綺麗だったけど・・・・海の匂いのする潮風が顔に当たって、視界を遮るモノは何にもなくって・・・・・気持ちいいなーっ!
「おお・・・こりゃ凄いなぁ・・・・・昔の映画の1シーンみたいだ」
「・・・・・へえ、何の映画?」
「ん・・・・・『タイタニック』ってやつ。沈んじゃった豪華客船の話なんだけどね・・・・船の先端のパノラマっていう有名なシーンがあるんだよ」
「ふうん・・・・・そおなんだぁ。今度、見てみよっと」
「きっと、この景色には勝てないよ・・・・・こっちはホンモノだから」
そう言いながら、遠くを見ながらケンスケは微笑んだ・・・・・この景色みて、おんなじ気持ちになってるの・・・・わたし達二人だけなんだよね・・・・・。不思議な気分が溢れてきて・・・・・わたしはケンスケの腕に自分の腕を絡ませた。
「わっ・・・・・き、霧島!? な、なんだよ?」
「いーじゃん♪ 『デートごっこ』なんだから気分に浸らせてよね。・・・・・それに、今日は名字で呼ぶのはナシ」
慌てているケンスケの肩に頭を乗せて、もう一度、水平線の彼方に目をやる。ふふふ・・・・・ケンスケってば「急にされたら驚くじゃないか・・・・いつも、いきなりなんだよな・・・・・」とか、ブツブツ言ってる。あはは♪ ・・・・・わたしは、何だかとても幸せな気分だった。
暫く、そのままでいると、落ち着いてきたケンスケが呟くように言った。
「・・・・・お、アクア・フロートが見える」
「え・・・・・どこ?」
・・・・・うそお・・・わたしだって視力いいほうだけど・・・・・見えないよ?
「・・・・・真正面の波間にちらっとカゲが見えたよ」
「むー、どこどこ・・・・・あっ!・・・・あれ!?」
わたしが空いている手で指をさすと、ケンスケが頷いた。確かに蜃気楼のような感じで、水平線にへばりつくように青くかすんだカゲが見える・・・・・しかも外海の高い波間にチラッと見えただけ・・・・・。
「ケンスケ・・・・・メガネ掛けているのに・・・目、いいんだね・・・・・」
「何だ、そりゃ? こういうのは普通の視力は別だよ」
「・・・・・さすが、一瞬のパンチラを逃さないだけの事はあるよねぇ」
「あのさ・・・・・もうちょっと、言い方あるでしょ?」
ケンスケが苦笑しながらずこっける。あれっ・・・・・そういえば・・・・・
「今日・・・・・カメラ持ってきてないの?」
「ん? ・・・・・持ってきてないけど」
さらっと、ケンスケは言ったけど・・・・・・・・・・
「えええっ!? どおしてぇ!?」
わたしは、思わず素っ頓狂な声を上げた。カメラを持ってないケンスケなんて・・・・・日本語しか喋れないアメリカ人と同じくらい珍しいよ!?
「・・・・・そんなに驚かなくってもいいじゃないか・・・・・」
「だってさぁ・・・・・カメラを持ってないケンスケなんて・・・・・初めてだし」
「折角、今日はさ・・・・憂さ晴らしに来たんだし・・・・・カメラのことも忘れて遊ぼうと思ったんだよ」
「えー? じゃあ・・・・記念の写真とかもないのぉ?」
わたしは何も考えずに言った。・・・・・だって、デートいったらスナップじゃない? 定番だよお。・・・・・と、ケンスケがジト目でわたしに言った。
「使い捨てカメラ、買って撮ってもいいけどさ・・・・・写真、残っちゃうよ?」
・・・・・・・・・・! わたしは、残った写真の扱いを考えてみて思わず絶句した。捨てる写真なんか撮って欲しくないし・・・・・かと言って、確かに・・・・・写真じゃ「デートごっこ」か「本当のデート」かなんて・・・・・区別つかないし・・・・・誰かに見られたりしたら、それこそ何を言われても反論できないよ・・・ね・・・・・。
「そんな、しょげるなよ。いーじゃん、思いっきり遊んで、スッキリするのが目的なんだからさ。俺も、カメラのことは抜きで遊びに集中!」
そう言って、ケンスケは顔の前で両手を前後に動かして集中のポーズをした。
「あはは♪ ま、いっかぁ。ぱーっ、と遊んじゃおうねっ」
ケンスケのおかしなポーズと気遣いに嬉しくなって、わたしはケンスケの腕を、ぎゅっと抱きしめた。