星の風、海をわたりて



Written By:きたずみ


1 月の砂漠の追撃戦

 実に数日ぶりの安らかな眠りも、はたまた寝汗にまみれた悪夢も、艦体を揺るがす至近弾一発で簡単に吹っ飛ぶ。
 威嚇のつもりか、それとも砲手の訓練でもさせているのか、続いて放たれた第二射も〈綾瀬〉をかすめるようにして通り過ぎ、遠くの砂丘に着弾して砂煙を上げた。月光を遮る砂煙の中を突っ切るようにして疾駆する〈綾瀬〉の薄汚れた多積層ガラスに、砂塵混じりの爆風が遠慮なく叩きつけられる。
「……寝込みを襲うってのはヤメて欲しいよなー、正直」
 寝不足を体現したような重い声音でぼそりとそう呟いて、支倉はせくら千尋 ちひろは寝惚け眼を濃いサングラスの奥に隠した。このところ彼の寝床となっている艦橋ブリッジに灯が点り、オペレーター娘どもがパジャマ姿のまま次々に駆け込んでくる。いずれも七歳から十四歳までの、年端もいかぬ少女たちだ。
「艦長、またこんなとこで寝てたんですかぁ!?」
「こんなとこって言うな」
 小娘たちの黄色い非難の声に顔をしかめ、ぼさぼさの髪を無造作に掻き上げながら、自身もつい先週、二十歳になったばかりの千尋は、シート脇の操作盤に指を滑らせた。ホロモニターに各種監視システムのデータを呼び出す。半径二十五キロ四方に熱源反応はない。レーダーの有効範囲(レンジ)外からの超長距離砲撃だ。
「椎名、起きてる?」
「ごめんなさい寝てました」
 ソナー室を呼び出すと、案の定というか、午前三時を回っていては当然と言うべきか、葉月椎名は寝起き丸出しの声で応えた。
「いやぁ別にいんだけどね、寝てても。ただちょっとね、敵の数とか距離とか配置とか、もし解るんなら教えてもらえるとすっごく有り難いかなー、なんて思ったりしてみただけなんだけどね。いや、ほんと気にしてないよ全然」
「そーゆーこと言うから陰険って言われんだよ」
「何か言ったか」
「いえ別に」
 何事もなかったかのようにイアコムの回線を切り替え、椎名は全神経を耳に集中した。
 〈綾瀬〉は現在、時速二十ノットで航行している。この速度ではノイズも大きくなるので、コンピューターの助けを借りても艦種の識別は難しいが、それでも彼女の優れた聴覚は、敵の数と距離、配置をだいたいの範囲で割り出した。
「空母一、巡洋艦二、護衛艦五。ばっりばりの打撃艦隊だよこれ。なんかこないだよか二隻ほど増えてるけど」
「距離は?」
「七時の方向、約二万七〇〇〇てとこ。コレ絶対嫌がらせだよ」
「ボクらを寝不足にして隙をつこーっての? 千尋よか陰険じゃん。すげぇ」
「なんてこというんだお前は」
 全チャンネル開きっ放しの艦内通話に割り込んできたのは、格納庫で発進準備に追われている筈の整備主任・蓮見奈央だ。身も蓋も遠慮もないその台詞に顔をしかめた千尋は、正面のモニターを望遠に切り替えた。砂丘に隠れるようにして、つかず離れずこちらを追尾している艦隊の姿が微かに見える。
 乾期に入ったこの季節、砂海の気温は昼間、摂氏五二度を超える。そのために生じる大気の揺らぎは長距離砲撃を難しくさせるが、一転して夜は氷点下(マイナス)まで下がり、(ふた)つの月に皓々と照らされた砂海は遮蔽物のない絶好の射的場と化す。長距離ミサイルを使わず、距離を詰めてもこないところを見ると、この艦を無傷で抑えたいらしいが、それなら他にやりようがいくらでもありそうなものだ。
 自分ならどうするかを考えながら、千尋はつい、とサングラスを押し上げた。
 コンソールに指を滑らせて画像を補整すると、月明かりの下、希薄なエーテルを目一杯受け止めるために大きく帆を広げたメインマストのてっぺんに、漆黒の旗が堂々と翻っているのが見える。
 黒地に紅く染め抜かれた薔薇と鈎十字、という悪趣味きわまりない紋章は、何をどうしたところで見間違えようがない。艦種までは定かでないが、薔薇十字軍ローゼンクロイツが砂海深部でも航行出来る空母を建造したという噂は、かなり昔に耳にしたことがあった。
「相手はローゼンの打撃艦隊よ? こんなポンコツ巡洋艦一隻、わざわざ隙を()くだなんてまどろっこしい真似するか。それよりギアの準備、できてんの?」
機体(ハード)の方はね。問題は専属操縦者(ソフト)。特に二名」
「……あ〜い〜つ〜ら〜、まぁた呑気に寝こけてやがんな……かまわん、叩き起こせ!」
「りょーかい。叩き起こせ〜!」
 格納庫の方で部下に命じる奈央の声を聞きながら、千尋はしょぼしょぼする目頭を揉んだ。この三日というもの、ずっとこんな調子なのだ。交代人員のいない零細海賊は、こういう時に困る。
 滅多にない規模の砂嵐が、数百年ぶりにその遺跡の姿を外界に晒した。
 〈綾瀬〉がそれを発見したのは、それこそ偶然のようなものだった。嵐を避けて逃げ込んだ場所に、その遺跡が眠っていたのだから。だから、その遺跡の発掘にとりかかったのは〈綾瀬〉が最初だった。
 ところが、幸運は長くは続かなかった。
 めぼしい物資を掘り出し、選別に取りかかろうかとしていた矢先、いきなり攻撃を受けたのである。海賊稼業をしていればこういう乗っ取りは日常茶飯事である。こちらにも相応の備えはあったが、戦力的に不利と千尋が判断したため、尻に帆をかけてとっとと逃げ出すことにした。これが三日前。
 敵は、すぐに追撃をかけてこなかった。だが、一安心したのも束の間、今度は射程ギリギリのところからの超長距離射撃を始めたのだ。それも、全員が寝静まった頃合いを狙って。それが三日も続いて、艦の乗員全員が寝不足状態で殺気立っていた。食事と睡眠の邪魔をされて怒らない動物はあまりいない。
 にもかかわらず、装甲機兵パンツァーギアの専属操縦者である双子の兄妹だけは、どういうわけか周りがどんなに騒がしくても熟睡出来るという特技を持ち合わせていた。神経が鈍いのかというとそうでもないのだが、一度眠りについた二人を起こすのは至難の業だ。
「さーて、どう攻めたもんかなー……」
「攻めるつもりなんですか艦長!?」
「言葉のアヤだ! いちいち真に受けるな!」
 オペレーター娘の一人にそう言い捨てて、千尋はシートの上で胡座あぐらをかいた。遺跡に眠っていた巡洋艦を改修した〈綾瀬〉と、薔薇十字軍の打撃艦隊とでは、どだい勝負にならない。正面切って戦うなど無謀の極みだし、逃げるにしても船足が違いすぎる。敵の出方を待つにしても、このままこの嫌がらせめいた砲撃を続けられると、通常航行にも支障を来しかねない。いくら操艦作業の大半が自動化されていると言っても、人間のやることが全くないわけではないのだ。
 ただでさえ平均年齢の低い〈綾瀬〉である。乗員の疲労は限界に達しようとしていた。何が何でもココは連中を振りきって安眠を取り戻さねばならない。とりあえず俺はベッドでゆっくり眠りたい、と思いながらも、そんなぽこぽこ名案が浮かぶなら三日もこの状態に甘んじてはいない。
「だいたい、連中何だってこんなにしつこいんだ?」
「それなんだよな、問題は」
 操艦を一手に引き受けている芝浦省吾が、目にもとまらぬ早業で絶え間なくコンソールに指を走らせ、少しでも砲撃をしにくい位置に艦を持っていきながら言った。喋りながらも目はモニターや計器を睨んでいるが、さすがに眠そうで、時折しょぼしょぼと目をしばたかせている。
「連中が現われたのって、確か――」
「例の遺跡でアレを拾ってからだな」
 言いながら懐から煙草を取り出しかけて、千尋はオペレーター娘どもの非難の視線の集中砲火を浴び、慌てて煙草をライターごと懐に突っ込んだ。艦橋は禁酒禁煙なのだ。
 そうでなくても酒と煙草の愛好者が少ない〈綾瀬〉では、愛煙家の肩身はとことん狭い。
「あの遺跡って、そんなに珍しい代物だったか?」
「いや……何処にでもある大昔の基地って感じだったが……」
「でもさー、大昔のギアの一機や二機で、なんでローゼンが大騒ぎするわけ?」
「知らなーい。横取りされたのが悔しかったんじゃない?」
「うーん。結構セコいって話だからなー、連中」
 あながちあり得ない話でもないか、と思いながら、千尋は傍らのホロモニターに周辺の地形図を呼び出した。ここは三千年前の『大戦』が激烈を極めたあたりで、遺跡は結構あちこちに点在しているくせに、流砂や重砂地帯といった厄介な難所もそこかしこにあったりで油断出来ない。千尋お手製の『海図』に載っていない危険地帯など、幾らでもあるのだ。
 支倉家に昔から伝えられ、歴代当主によって代々書き加えられてきたその『海図』があったからこそ、〈綾瀬〉みたいな零細の海賊がこの辺りを根城にして遺跡に眠る古代の遺物を独占していたのだが、最近になって、ローゼンクロイツという新興勢力がやってきて、最新鋭の艦隊を投入し、〈綾瀬〉だけでなく、近隣の海賊たちのの縄張りをも荒らし始めたのである。まるで、形振り構わず何かを必死で探しているかのように。
「この様子だと、相当大事なもんらしいねぇ」
「あれが? なんで?」
「だって、あいつら仕掛けてこないじゃん。あいつらがその気になったら、こんなボロ艦一発で沈んじゃうよ。てことは、沈めずにこっちの足を止めたいってことだろ」
「そりゃ、そうかもしんないけど……ただの嫌がらせじゃないの?」
「連中もそこまで暇じゃないでしょ」
 半眼になりながら海図を睨んでいた千尋は、にま、と口許を歪めた。
「ちょっと危険だけど、このさい仕方ないよね」
 その瞬間、艦橋にいた人間全員が一斉に天を振り仰いだ。こういう口調で千尋が何かを言い出した時というのは、大抵が本当にロクでもないプランを考えついた時と相場が決まっているのだ。
 思い切り危険で成功率がムチャクチャ低く――生き延びるためにはそうするしかないようなプランを。
「……。やるの?」
 どうせ反対しても無駄なんだろーなー、という口調で省吾が尋ねたが、千尋は答えなかった。最初からまともな答えは期待していなかったので、さして落胆はしなかったが、これから何をさせられるのかを何となく察して、省吾は溜息を吐いた。
「……やるわけね、どーしても」
「みんなで幸せになろうよ」
 にた、と笑いながら言う千尋に、全員の顔がひきっと引き攣る。
「そういうこと、冗談でも笑って言わない方がいいと思う」
 艦長の凶悪な笑みに対する感想をぼそりと呟いたのは、砲手の端島冴絵だった。誰もがそう思ってはいたが、彼女以外にそれを口にする勇気を持ち合わせていた者は、誰一人としていなかったのである。

つづく


    あとがき
 はい、とうとうやっちまいました。
 きたずみのオリジナル作品、公開です。
 とりあえずさわりの部分だけなんで、なんとも中途半端で申し訳ないんですが。
 まあ、ぼちぼちUPしていこうと思いますんで、気長によろしくです。

もどる   次へ


PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル