赤いマフラーに赤い拳。
自分の後ろから感じる力強い鼓動―――。
* * *
鈍い音が響き、視界を鮮血が彩った。
「……っ!…」
短く肺から息が漏れると同時に、怪人は大きく後方へ吹っ飛んでいた。呻き声を発しながら体勢を立て直そうといている怪人を、半ば呆然と見る。その視界の端に、怪人を蹴り飛ばした相棒の姿をとらえた。右腕から血を滴らせている仮面ライダー2号の姿を…
「本郷、今だ!」
呼びかけられ、仮面ライダー1号は我に返った。意識して息を合わせる必要も無く、身体に馴染んだタイミングで共に空に向かってジャンプする。技と力を合わせ、同時に怪人に強烈なキックを叩き込むと、怪人は数m後方に吹っ飛び、ベルトに内蔵された秘密保持の為の爆薬により、大爆発をおこした。青い空に向かって、黒い煙と赤い炎が手を伸ばす。怪人の身体は、最早原型をとどめていなかった。
「―――隼人!」
変身をとき、自身の姿に戻った本郷猛は、同じように変身をといた相棒=仮面ライダー2号・一文字隼人の腕を慌てて視界に入れた。
白い長袖の服。
少々土埃で汚れたその服の右腕部分は、一文字自身の血液により、赤黒く変色していた。相当深く切られたらしく、改造人間特有の回復力を持ってしても、血が止まる様子はなかった。一文字の顔からも血の気が引いている。
「隼人、腕を見せてみろ」
本郷は押し殺したような声でそう言うと、腕が痛いのだろう、上手く上着が脱げない様子の一文字を手伝い、長袖で邪魔になっている上着を脱がした。
「………」
思わず絶句する。
予想していたよりも広範囲に肌は切り裂かれており、更に傷は深く、ほぼ腕を貫通しているようだ。血の流れ方もおかしい。割と大きな血管を切られたのかもしれない。とりあえず本郷は自分が持っていたハンカチで止血をすると、急いで本郷邸に戻る為、一文字を後ろに座らせ愛車に跨った。
「おい。バイクぐらい運転できる」
文句を言うとした一文字を視線だけで制し、本郷は愛車を走らせた。
* * *
「―――〜い…痛いって!もう少し優しく!」
本郷邸の地下室。機能性を重視した無機質なその部屋は、主に、本郷猛と結城丈二が研究室として使っている部屋だ。あらゆる所に最新機器が置かれ、コードが床を這っている。
今現在、その部屋にいるのは本郷猛と一文字隼人だけだった。本郷は一文字の腕の手当てを黙々と続けており、一言も発しない。
一文字は短いため息をついた。
本郷は怒っているようだ。
(昔っから怒ると黙り込むんだよな…)
何に対して怒っているのかもだいたい解っている。
(…この傷の事だよな。やっぱり…)
これ程の怪我をいつ以来に負うのか、一文字自身も覚えていない。【ショッカー】等の悪組織と、約週一のペースで肉弾戦をしている彼だが、包帯を巻かなければいけないような怪我を負うというのは珍しい。
(うーん。でもあの場合は仕方ないよなぁ…)
久し振りに二人で街中をパトロール中、【ゲルショッカー】の戦闘員が子供を攫っている場面に遭遇した。勿論それを放って置く筈などなく、本郷と一文字は子供を救出し、【ゲルショッカー】戦闘員を追って人里離れた荒野に行き着いた。
待ってましたとばかりに、一斉に襲い掛かってきた【ゲルショッカー】戦闘員を相手に戦っていると、仮面ライダー1号の後方から怪人が現れ、そのまま1号に切りかかった。
口より先に体が動いていた。
気付けば1号と怪人の間に入り、1号に襲い掛かった凶器を右腕で受け止め、同時に怪人に蹴りを入れていた。腕に激痛が走り、脳が一瞬痺れたような気がしたが、何とか意識を保つと、1号に呼びかけ、怪人を倒す事が出来た。
腕は思った以上に切れており、改造人間特有の回復力を持ってしても、今日一杯は治りそうにない。勿論、傷の痛みも酷い。
だが、治らないわけではない。遅くても明日中には治る。命に別状はないのだから。
本郷のむっつりとした顔を覗き込み、一文字は懇願するように口を開いた。
「…本郷?いい加減機嫌直せ、な?」
本郷、無反応。
(…本格的に怒ってるのか?…)
本郷の気が落ち込んでいる時は、回りを明るい雰囲気にすると良い。それは怒っている時も同じなので、一文字はことさら明るく振舞う事にした。
「お前が怒るのも解るが、すんだ事は仕方ないじゃないか。それに―――」
「怒っているわけじゃない…」
一文字の言葉を遮って、本郷は呟いた。その声は低く、重い。
それでも本郷が反応を示した事は嬉しい。
「怒っているわけじゃない…」
本郷はもう一度繰り返した。
「じゃ、何でそんなに不機嫌なんだ?」
「………それは、……情けないからだ…」
「情けない?」
本郷は包帯を一文字の腕に巻きながら、静かに頷いた。
「ああ、情けない。お前にこんな傷を負わせてしまった自分が情けない…」
「何言ってるんだ?この傷はあの怪人が―――」
本郷は勢いよく顔を上げた。
「だが、俺がもっと周りの気配をよんでいれば隼人が怪我を負う事はなかった!」
本郷の叫ぶような言葉に、絶句する。
(そんなに気にしてたのか…?)
驚いた表情で自分を見る一文字を、本郷は苦しげに見つめた。
吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
「お前の腕から勢いよく血が流れるのを見て、目の前で殺された人達の事を思い出した。その中にお前まで入るんじゃないかと思ったとたん、全身が凍りついた…。俺はもう誰も目の前で殺されたくない。親しい人がいなくなるのは、もう、充分だ…」
「…本郷」
「………………」
本郷は包帯を撒き終わった手を静かに一文字から離した。きっちりと捲かれた包帯。その下からは、今だ鋭い痛みが響いていた。
包帯に指を伸ばし、その感触を確かめるようにさする。
一文字は笑った。
軽い音を響かせ、本郷の肩に両手を乗せる。本郷は驚いた表情で一文字を見上げた。
「隼人…?」
一文字は呆れたような笑顔で本郷の顔を覗き込んでいた。
「お前ってヤツは、本当ぉぉにすぐ考え過ぎるんだな。それに責任感も強い。だから不必要に落ち込んで暗くなる。面倒なヤツだ」
「ん…そうだな。すまん…」
反射的に謝り、更に暗くなる本郷。
一文字は慌てて彼の顔を両手で掴むと、無理矢理自分の方へ向けた。
驚いているのだろう。両目を見開く本郷に視線をピタリと合わせ、一文字は頬を膨らませ、怒っている表情を見せた。
「だからそう落ち込むなって!お前の気持ちは解る。今回の事も、立場が逆だったら俺も自分を情けなく思ったに違いない。だけどな、そこで落ち込んでたって仕方ないだろ?」
「それは―――」
「道は前にしか進めないんだぜ?後戻りは出来ないんだ。だったら、同じ道を進むのでも、少しでも明るく歩いて行こう。そっちの方が絶対良い。楽しいし―――知ってるか?遺伝子ってのには電化製品みたいにON・OFFがあって、良い遺伝子をONにし、悪い遺伝子をOFFにする為にはプラス思考が良いんだってさ」
「それは……読んだ事がある…。だが―――」
一文字は本郷の言葉を頭を振る事で制し、真剣な表情の彼に、にっこりと微笑を向けた。
「そ・れ・に。あの場合は仕方ないだろ?誰だって“完璧な人間”である筈がない。嫌、そもそも“完璧な人間”って言葉自体がおかしい。“完璧”じゃないから“人間”なんだよ。少しづつ進歩し、成長していくから“人間”なんだ。互いに助け合って生きて行くから“人間”として生きていけるんだ」
「隼人、言いたい事は解る。だがそれは理屈―――」
「俺達は“人間”だろ?本郷」
一文字の言葉に、本郷は固まった。
「身体は、確かに“人間”じゃないのかもしれない。ま、そうなんだろうな。こんな大怪我でも、数時間で完治するんだから。でも―――だから、余計に俺達は“人間”として生きて行くべきだろう?“人間”として生きなければ、俺達だって【ショッカー】の怪人達と変わらない」
「………」
本郷はもう何も言わない。ただ、一文字をじっと見詰めている。
一文字は本郷から両手をどけると、椅子から立ち上がり、血がついたまま後ろに放っとかれていた上着を手に取った。本郷に背を向けたまま、話を続ける。
「俺達が奴等と違うのはそこだけさ。その代わり、それは大きな違いだ。お前だって知ってるだろ?同じ力でも、使う者によって、それが生み出す結果は違ってくる」
本郷は静かに頷き、自身の掌を凝視した。
それを気配で知りながら、一文字は白い服にべったりと付着したどす黒い赤を見、顔をしかめた。
「あ〜あ。こりゃもう取れないかもしれないなぁ。せめて紺とか色が付いてる服を着てけば良かったかな〜。う〜ん…これを機に赤に染めるか?な?どう思う?俺、赤似合うか?」
振り返り、上着の右腕部分を身体にあわせ、一文字は本郷に問う。一文字特有の悪戯っ子のような笑みが、本郷を捕らえた。
本郷は答えた。微笑を浮かべて―――
「俺はお前以上に赤が似合う男を知らない」
「そうか。だったら赤に染めよう。出来たら一番に見せてやるよ。楽しみにしとけ」
「ああ。それは楽しみだ…」
瞳に涙をため、本郷はそう呟いた…。
* * *
赤いマフラーに赤い拳。
自分の後ろから感じる力強い鼓動。
誰よりも、人が生きている証しである赤色が似合う男―――。
終
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