花は咲き乱れ、温かな日差しが降り注ぐ春の昼過ぎ。一仕事を終えた主婦二人は、東英町一丁目にある本郷邸でくつろいでいた。
純和風の畳が敷かれた居間から覗く庭には、季節の香りが立ち込め、賑やかな子供達の笑い声も春風に乗って庭先から聞えてくる。
「でも、本当みんなが無事でよかったですね♪」
持参したレタス・クッキー(手作り)を摘みながら、本郷家のお隣・氷川家の名物妻=津上翔一は呟いた。
卓袱台を挟んで向かいに座っている一文字隼人は、外の風景を眺めながら頷いた。
「ああ、本当よく助かったよ。あの時、久保田博士達が来なければ、俺達はあの眼帯の男に捕まっていただろう」
一文字の脳裏に、あの後、自分達が礼を言った時の、久保田親子の驚愕の表情がよぎった。
久保田親子は、突如久保田家に現れ「久保田!貴様の子供を殺してくれる!」と喚きだした鮫島博士に追い立てられ、あの工場跡まで来たらしい。
「危機一髪ってヤツだな」
「久保田博士…って、どんな方なんですか?」
身を乗り出すようにして、津上。
「なんでも宇宙開拓用特殊スーツなんて物の開発者らしい。あの時、久保田博士のお子さん達が着装した物が、その宇宙開拓用スーツ『メガスーツ』なんだそうだ」
「え?我が子で実験ですか?!」
「お子さん達が自ら進んで申し出たそうだ。それに、『メガスーツ』はもう実用段階らしい」
「へー。凄いですね!」
津上が、感心半分驚き半分の表情でそう言った時、庭で遊んでいた風見が、子供達(本郷兄弟と氷川家の一人っ子)を代表して縁側に現れた。
「お母さん、これからみんなで公園に行こうとおもうんですが、いいですか?」
服は既に大分汚れていたが、風見はまだまだ遊び足りない様子で、元気が有り余っている事が声色で解る。
「いいよ。でも、道路に飛び出しちゃ駄目だぞ。危ないからな」
「はい!」
嬉しそうに勢い良く返事をすると、風見は元いた方へ走り去った。
その後で、一層賑やかな子供達の声が聞えた。
そして次第に遠ざかって行く。
なんだかんだと言いながら、風見に指揮され公園まで歩いて行く子供達の様子が手に取るように想像出来、一文字と津上は知らず微笑した。
数日前の出来事が嘘のような、春の午後だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「―――報告は以上です」
少し照明が落とされた特英署署長室に、小沢澄子署長の声が吸い込まれるように消えた。小沢は、窓から外を眺めながら自分の報告を聞いていた男性に、姿勢を正して立っている。
彼女の瞳に、純粋な敬意が煌めいている。
「…………そうか…」
外を眺めたまま、テンガロンハットを被り、真っ赤なスカーフを首に巻いた男は言った。独特の癖のある声だが、嫌な感じは受けない。それどころか妙に人を引きつける何かがある。
男は暫らく何か考えているようだった。
「小沢君…」
「はい」
男は振り返り小沢を見た。
小沢からは、逆光の為、男の輪郭しか見てとれない。
男は言った。
「本郷一家はこれからも奴等に狙われるだろう。奴等にとって、彼等は喉から手が出るほど欲しい人材だ。それに、君の報告を聞くに、その大幹部らしき男がこのまま本郷一家をほおっておくとは思えん。必ず復讐を考えるに違いない」
「私もそう思います」
重々しく頷く男。
「丁度良い事に、本郷家の隣には氷川刑事が…。その又隣は一条刑事が住んでおります。密かに彼等に警護を命じておきたいと思います」
小沢の提案に、男頷いた。
「そうしてくれ。保育園の方は私から言っておこう」
「お願いします」
男は、又、窓の方を向いた。
特英市の中心部。
高層ビルとまではいかないが、それでも空を区切るようなビルがあちこちに建っている。舗装された道路に、数々の車が走る。その両端にある歩道を、春の暖かさに、少し歩調の緩んだ人々が行き交う。
一見平和に見える特英市。
しかし、その裏で蠢き、画策し、人々を恐怖のどん底に叩き落そうと目論んでいる組織が、数えきれないほど存在しているのは確かだ。
男は青く澄んだ空に瞳を転じた。
鳥が一羽飛んでいる。
「小沢君。辛い戦いになると思うが、頑張ってくれ」
男が力強く言った言葉に、小沢は敬礼を返した。
終
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