第一章・騒動は夏に空から降って来る

 





 八月最初の土曜日。
 照り付けるよな太陽を背に、町工場〔ペガサス〕のテスト・ドライバー=陣内恭介は公園にいた。トレードマークとなっている、いつもの赤いシャツを着、恭介は重い足取りで、当ても無く歩いている。
 横目で、明るく元気に遊んでいる子供達を見る。
 ため息が漏れた。
 そんな恭介の数m後方から、こっそりと彼の後を追う者が四人。
「……二十五…。……あ、二十六回目や…」
 その中の一人、〔ペガサス〕営業担当=上杉実が、指を折り曲げながら何かを数えている。
「?…何?二十六って…」
 同じく〔ペガサス〕の、メカニック担当=志乃原菜摘が怪訝な顔で問う。
 恭介から目を離さず、実は言った。
「ため息の数。〔ペガサス〕出てからここに来るまでで、もう二十六回もため息ついてるで、アイツ」
 と、実が言っている間に……
「あ、二十七回目」
 又、恭介はため息をつた。
「よっぽど悩んでるのねぇ…」
 〔ペガサス〕経理担当=八神洋子がしんみりとした感じで呟く。隣では、設計&デザイン担当=土門直樹が同じような表情で恭介を見ている。
「………」
 恭介は、ふと、木陰にあるベンチに腰をかけた。それに合わせ、〔ペガサス〕従業員も木陰の草原に座り込む。
 恭介の、いたく沈んだ横顔が見えた。
「コレは重症だわ…」
 その表情を見た菜摘が絶望的に呟いた。
 それに洋子も賛同する。
 実が難しい顔をしている下で、不思議そうに直樹が呟いた。
「でも、一体何を悩んでいるのでしょう?…」
 その言葉に全員が驚く。
「何言ってんねん!そんなん決まっとるやろ!」
 出来るだけ声を押さえて実が叫んだ。
「ええ?!何でございますか???」
「鈍いわねぇ…!ゾンネットの事に決まってるじゃない!」
 苛立たしげに菜摘が言う。
「あぁ!」
「…本っ当ぉーに鈍いわねぇ…」
 呆れ顔で洋子が呟く。
 直樹はすまなさそうに頭を掻いた。
「あ、…でも、ゾンネットがファンベル星に帰ってから、もう、半年になりますよ?何で今更………」
「はじめは強がってたんやけど、だんだん不安になってきたんとちゃうか?」
「…不安?…」
 実は大きく頷いた。
「ゾンネットはファンベル星の王女様なんやろ?そやから、家に戻ってから見合い三昧らしいってな」
「はい。恭介さんもそう言ってましたでございます」
「恭介は、ゾンネットは自分の事好きやから大丈夫やと高をくくっとったんや。そやけど、時間が経つにつれだんだんと、ほんまに大丈夫なんやろうかと心配になってきたんやな。で、今更落ち込んでると」
「…はぁ」
「本っっっ…当に、馬鹿ね!」
 菜摘が眉を吊り上げ吐き出した。
 洋子も頬を膨らませ同意する。
「はぁ…。でも、どうするんでございますか?」
「何が?」
 と、菜摘。
「恭介さんはゾンネットさんが好きなのでございましょう?それで悩んでいるのなら、どうすれば恭介さんの悩みは晴れるのでございましょう?」
 真剣な顔で心配する直樹に、三人は呆れて答えた。
「そんなの私達の知った事じゃないわ」
「そうそう。これは恭介一人の問題なのよ」
「俺等が出る問題とちゃうちゃう」
「え?…でも、あんなに悩んでいるのに…」
 尚も食い下がろうとする仲間思いの直樹は、今だベンチに座って項垂れている恭介を指差した。
 しかし、三人の態度は変わらない。
「自業自得」
「仕様が無いわよ」
「だいだいファンベル星どこにあるか知らんし、俺等」
「じゃぁ、なんでここまで恭介さんを付けて来たんでございますか?」
 必死な直樹に、三人は声を揃えて言い切った。
「面白そうだったから(や)」
「ガーン!」
 ショックを受ける直樹。
 そんな直樹を後目に、三人は仕事場へ戻りはじめた。
「それじゃ帰りますか」
「あーもー、暑いわねぇ。汗でべたべたぁ…」
「帰ろ帰ろ」
「み…皆さん…」
 三人が去った後、直樹はその場にへたり込んだ。
 しかし、直樹は知っていた。
 薄情に見えて、実は三人とも彼等なりに、恭介を心配しているという事を…。
(まったく、皆さん素直じゃありませんでございますね)
 苦笑に似た微笑をもらし、直樹は三人の後を追った。

      *      *      *


 陣内恭介達、自動車会社〔ペガサス〕の社員五人は、宇宙暴走族・ボーゾックにより惑星ハザードを花火にされた宇宙人ダップ(十四歳)の手により、無理矢理クルマジックパワーを与えられ、激走戦隊カーレンジャーにされてしまった。(恭介=レッドレーサー。直樹=ブルーレーサー。実=グリーンレーサー。菜摘=イエローレーサー。洋子=ピンクレーサー)
 当初、「なんで給料十九万三千円で、正義のヒーローまでやらなくちゃいけないんだよ!」と言っていた恭介達も、戦いが進むにつれ戦士としての自覚を持ち、『悪の大宇宙ハイウェイ計画』を企んでいた暴走皇帝エグゾスを倒し、地球の―――そして、宇宙の平和を守ったのだった。
 地球に平和が戻ったので、戦う必要の無くなったカーレンジャー達は、今は仕事に専念している。
 ボーゾックの連中は更生し、総長のガイナモは焼肉屋で生計を立て、副長ゼルモダとマッドサイエンティストのグラッチは勉学に目覚め、義務教育を受ける為に小学校に通っている。………それにしてもよく入学できたものだ。
 カーレンジャーの指揮官=ダップは、父親であるVRVマスターと共に、宇宙旅行へと旅立った。今頃は、恭介達の知らない惑星で、一年間の戦いの疲れを癒しているに違いない。
 そして、レッドレーサーに恋心を抱いた、ボーゾック一の美女、ゾンネット(本名・バニティミラー・ファンベルト)は、自身の惑星に戻り、見合いをさせられているとか。彼女はファンベル星の第一王女らしい。
「見合い………したのかな…」
 実達が〔ペガサス〕へ帰った後も、公園のベンチに座ったままの恭介は、ため息と共に吐き出した。
 初めてゾンネットに告白された時、レッドレーサーはその気持ちを断った。彼女自身が嫌いだった為ではない。正義のヒーローである自分が、対立しているボーゾックの一人と付き合う事など無理だと考えたからだ。いい加減に出した答えではない。真剣に考えた上での結論だった。
 しかし、一途なゾンネットの想いに、次第に惹かれていったレッドレーサー…。
「はぁ…、何やってんだ、俺」
 妙に虚しくなって、恭介は空を仰いだ。
 木々の間から、夏の太陽の日差しが突き刺さるように降り注いでいる。眩しい。
 光と影が揺れ、幻想的な映像が恭介の視覚を覆った。
 それにゾンネットの面影が重なる。
(俺、…大丈夫か?)
 この数週間、気付けばゾンネットの事が頭中を走り出している。雑用をしている時はまだ良いが、運転中は流石に困った。危うく事故になりかけたからだ。
 こんなにも気になりだすとは…、予想外も良いところだ。
「――――け…」
(う〜ん。マジで駄目かも。幻聴も聞えてきたぞ…)
 目を閉じて、恭介は耳の穴をかっぽじった。
「もうそろそろ帰ろう。あんまりサボってると、怒られるしな」
 恭介はひとつ伸びをし、ベンチから立ち上がった。そして歩き出したが、すぐにその足は止まる事となった。
「……?……」
 頭上から何かが近付いてくる。
 恭介は良く見ようと目を凝らした。
「――――すけ…!」
「え?」
 間の抜けた声が恭介の口から漏れた途端、彼の姿は、もの凄いスピードで落ちて来た車型宇宙船の下に消えたのだった。


      *      *      *


「毎日毎日毎日毎日毎日…、来る日も来る日も、ずぅ―――とお見合いお見合い!もう嫌になっちゃってぇ、又、家出してきちゃった☆」
 笑顔でまくし立てるバニティミラー・ファンベルトこと、元ボーゾックの紅一点ゾンネットは、―――…相変わらずだった。
 突然の珍客に驚きを隠せない一般市民四人は、取り合えず、彼女の話しを聞いている。
「で、妹・ラジエッタの愛車=ラジエッカーを黙って借りて、チーキュ(地球)へ逃げて来たの。よろしくね♪」
「…はぁ」
 間抜けな返答をする一般市民四人。
 その中の一人。上杉実は、チラリと、後方のソファーで寝込んでいる同僚=陣内恭介を見た。
 大きな外傷は無かったものの、彼が受けたショックは凄まじかったようで、一向に目覚める気配は無く延々とうなされている。
 時折、洋子が額にのせているタオルを交換している。
 実は次に、ラジエッカーを見た。
(…よう生きとったな…恭介…)
 〔ペガサス〕にあるカーレンジャー用ガレージ(笑)に収容されたラジエッカーは、落ちた時の衝撃で、前面が破損してしまっている。修理しなければ稼動する事は無理だろう。
 まぁ、ゾンネットは帰る気はさらさら無いようなので、稼動しようとしなかろうと、一向に構わないようだが。
(ラジエッカーで来たんやから、ラジエッタもすぐには後を追えんやろなぁ…)
 実は他の3人に、目顔で「どうする?」と意見を求めた。
 実と同様、志乃原菜摘も八神洋子も土門直樹も困惑していて、どうしたら良いか見当がつかないようだ。
 さもありならん。
 取り合えず、実はゾンネットに向きなおった。
 問題の本人は実に気楽そうだ。
 嫌で嫌で仕方が無かった見合い話から逃げられ、更に、愛しい人の元へとやって来られたのだから、嬉しいのは解る。
 しかしだ…。
「で、…『よろしく♪』って、どうするつもりなん?」
「一緒に暮らすわ♪」
「え?!」
「一緒に暮らす?」
「誰と?!」
 解りきっているが、聞かずにいられない。
「勿論、恭介と♪」
「やっぱりぃー!」
 四人は額に手を当てた。
 思わず円を囲む。
「どうする?いくらなんでも〔ペガサス〕には置けんやろ?」
「恭介も、ああだしね…」
「ですが、ファンベル星に帰っていただくわけにもいきませんでございましょう?」
「ラジエッカーの修理には時間かかりそうだし…。素直に帰ってくれるわけないもんね…」
 そっと、ゾンネットに視線が集まる。
 彼女の機嫌はすこぶる良く、とてもこちらの言い分を受け入れそうに無い。
(困ったなぁ…)
 再び四人が額を寄せ集め相談を始めた時、天からの恵みが現れた。
「おーい、カーレンジャー。昼飯持って来てやったぜ!」
 店先から聞こえて来た声に、四人の顔色が変わった。
 ゾンネットは首を傾げる。
「あれ?…あの声は、ガイナモォ?」
 ゾンネットが言い終わらないうちに、一般市民四人は必死の形相で店先に向かった。元宇宙暴走族ボーゾックの総長こと、焼肉屋店員ガイナモは、白いエプロンを着けた姿で立っていた。
「おい。今日は出て来るのが遅いぞ。焼肉が冷めちまう」
 実達の様子がいつもと違う事に気付かないガイナモは、両手に持っているナイロン袋=〔ペガサス〕従業員の昼飯をかかげて見せた。
 すかさず四人はガイナモを取り囲む。
「ん?なんだなんだ???」
 事態が把握できず、キョロキョロと辺りを見回すガイナモ。そんな彼を無視し、四人は強引に腕を引っ張り、ガレージへ連れ込んだ。
「なんだなんだなんだ???おい、カーレンジャー!」
「あ、やっぱりガイナモ〜!」
 ガイナモの目が、驚愕の為大きく開かれた。
「ゾンネットちゃん?」
「頑張って働いているみたいねぇ〜」
 見るからに凶悪そうな長身の体にフリルのついたエプロンを着用し、焼肉の入ったタッパを入れたナイロン袋を両手に下げているガイナモをまじまじと見ながら、ゾンネットは言った。
「ほ…本当にゾンネットちゃん?」
「そうよ」
「い…いつチーキュ(地球)に?」
「さっき♪」
「ガイナモ、驚いたみやいやな」
 まだ、突然の出来事に戸惑っているガイナモの肩に手を置きながら、実が言った。
 忙しく首を縦に振るガイナモ。
 実はそれに合わせて、大きく頷いた。
「そうやろそうやろ。ところでな、ガイナモを見込んで頼みがあんねん」
「頼み?」
「そうや。ゾンネットをかくまって欲しい」
「え?!」
「ええ?!」
 驚く宇宙人二人と、したり顔で頷く地球人四人。
「お願いいたします!」
「私達とゾンネットを助けると思って!」
「ね?ね?」
「ちょ……ちょっと待ちなさいよぉ!」
 口々にガイナモに御強請りする〔ペガサス〕一般市民に、ゾンネットは抗議の声を上げた。頬を膨らませ、両手を腰に置き、四人の前に仁王立つ。
「私は―――」
 ゾンネットが言い終わる前に、実はガイナモに耳打ちした。
「な?頼むわ。『宇宙一男らしいガイナモ』にしか、俺等頼める奴おらへんねんて!」
 実の台詞に顔色が変わるガイナモ。
「う…宇宙一男らしい…?」
 実は更に続ける。
「そうや。よ!男の中の男!素敵〜、俺が女やったら惚れてまうわ♪」
「えへへへ…、そうかぁ?―――よし、お前等の頼み引き受けた!」
「ええ?!何ですってぇ!」
 愕然とした表情で叫ぶゾンネット。
 その後ろから、満面の笑みの菜摘・直樹・洋子がガイナモに礼を述べる。
「ありがとう、ガイナモ!」
「恩に着ます!」
「よかったぁ〜」
 実も嬉し気にガイナモの肩を叩く。
「ま、俺に任せとけ!」
 ガイナモは大きく胸を反らし、自信満々に言った。
「ちょっと、私は嫌よぉ!聞いてるのぉ!」
 皆から心持ち離れた所で、ゾンネットは、まだ、無駄な抵抗を続けていた。


      *      *      *


 星が煌めいて、漆黒の宇宙を照らしている。静かで、星以外動いている物は見当たらない。良く言えば、心が落ち着き、悪く言えば、退屈する光景だ。
 男は暗い部屋からその光景を眺めていた。
 男は今、彼が自作した宇宙船に乗っている。
 宇宙船は一直線にある星に向かって進んでいる。
 やや長身の体を、運転席にゆったりと預けて、男は傍らに置いてある写真を見やった。
 そこには一人の女性が写っている。
 うら若い女性だ。
 男の動機が激しくなる。
 男は又、視線を外の世界へ転じた。
 そこには、目的の星が小さくではあるが煌めいていた。
 雲の白・森の緑。そして海の青が宇宙に存在感を放っている星―――地球が…。


 

 

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