白い光に満ちた屋敷。
闇の世界から迷子にならずに還ってくるために、灯された道標のよう。
たとえ待っていてくれるひとはいなくても、寂しさなんて感じない。
要請を受けて出かけていった彼が残していったメモを見て、つい口元がほころんでしまう。

『悪い 事件 すぐ帰る』

慌てて書き綴っていったのだろう。文章にもなっていないソレに、自分に『おかえり』と言いたかったこと、言えなくなってしまったことに対して残念さまで滲ませていることが伺い知れて、胸の奥が暖かくなる。
闇の中から抜け出せば、そこで待っていてくれるひと。これまでも、これからも。
でも―――。

「丁度良かった。"今日"はオレが言いたかったから」

おかえり、と。
全てが終わった"今日"は、新たな始まりでもある。だから、もう闇から還ってくることもなくなった自分を、彼は待つ必要はなくなったのだ。
これから待つのは、自分のほう。彼がこの家に帰ってくるのを。

「さて、と。着替えてくるかな――あれ?」

リビングから出たところにある飾り棚におかれてある電話。その一部が点滅している。

「留守電……まさか?」

出掛けにとても心配をかけてしまったから、出迎えられない代わりに何か伝言を寄越したのだろうか。
彼に用件がある場合、直接携帯にかけたほうが効率がいいことは誰でも知っている。なんといっても飛び出したら中々帰ってこない鉄砲玉なのだし。
少しばかり考えて、ぽちっと再生ボタンを押した。








LUCKY FORTUNE
―中編―









恋人は怪盗なんて副業のせいで、とんでもなく気配には敏感である。だから、蹴破るように門を開けてもお出迎えがないことは、まだ帰宅してはいないという完璧当てはずれな結果に、扉の前で新一はどんよりとした気分に陥った。
なんと言っても、送ってもらった車を降りるや僅かな距離ではあるが玄関まで猛ダッシュをかけたのだ。
高木刑事がビックリして見ているのにも構わず、胸を弾ませて。
愛しいひと逢いたさに高鳴るせい、ではなく。文字通り一歩足を踏み出すと同時に反動で弾んでしまうが故に。

「…間違い間違い…絶対何かの間違いだ…」

新一は呪文のように繰り返しながら、鍵を取り出すと扉を開けた。
出掛けに照明をそのままにしていったおかげで、暗闇が出迎えるという寂しい光景を目の当たりにしなくてすんだ。が。
代わりに帰っていないと思っていた恋人の姿を目の当たりにする羽目になる。

「…快斗?」

玄関ホールから奥へと伸びる廊下。快斗は、そのリビングの入り口のところで、腕を組み目の前にある電話をじっと見つめている。新一が帰ってきたことにも気付かないくらいにそれに心引かれて。
しかし、呼べばはっとしたように顔をあげ視線を合わせてきた。

「あ、新一。おかえり」
「…ただいま」

自分より電話が大切なのかと責めたくなる気持ちのまま、玄関ドアを力いっぱい閉めた。と、その動作に起因してまたも弾むものが新一に現実を取り戻させる。

「あのさ、」
「新一?なんかちょっとっていうか数時間見ないうちに…やせた?っていうんじゃなくて、幼くなった?いや…ロリっぽくなった…いや、これは一緒か。え、と…?」

新一が言葉を継ぐより、ポーカーフェイスを僅かに揺らして快斗は懸命に語彙を探しながら駆け寄ってくる。
一目見るなり恋人の異変に気付いたらしいことに、新一は苛立っていた心が冷静さを取り戻していくのを感じた。
取り合えず、体の異変を体調の異変に直結させたのか。快斗の長い指が新一の額に触れてくる。

「熱は、ないか。どこか具合が悪いところは?」
「…ある」
「えっ、どこが?どういうふうに?」

素直に自己申告なぞしたことがなかったせいで、藍色のキレイな瞳が驚きに見開かれる。
こんな快斗は新一だけが見られる特権であり、新一だけしか快斗の心を動かすことができないという証。こんな時ではあるが嬉しいと思いつつ、もし信じられない現実が現実であるとして。それを快斗が直面したら一体どうなるか。

(…考えたってしょうがない…!)

どんな場面でも己を失うなんて快斗はしたことがないから、たぶん大丈夫だろう。そう高を括ることにして、新一は靴を脱ぎ捨てると快斗の手を引きリビングに落ち着くことにした。



「新一、具合が悪いってどこが…」
ソファーの上に向かい合って座ると、心配気な快斗の声がすぐさまかかる。

「それは、今からオマエが確かめんだ!」
「は?」

ワケのわからない表情をされても、新一とてワケがわからないのだから応えようもない。取り合えず"確かめさせる"という目的を果たすために、着ていたジャケットを勢い良く脱ぐ。

「…えっと…?」
「言うな!いいな、まだ何も言うなよ!」

より露わになったふくらみに、眩暈がしそうになりながらも。はっきりきっちりと"確認"したわけではないのだから。目をぱちくりさせている快斗に新一は牽制をかける。

「確かめる、っていうと。つまり――」
「そういうことだ。文句をいわずにとっととやれ!」
「いや、文句なんてないけど」

間髪いれずに返した言葉とおり、快斗に文句などあろうはずがない。
恋人に触れられるのは恋人たる自分だけの権利なのだから、新一に伸ばす手に躊躇はなくて。

「待った!」
「え?」

こんなときでも優雅な動きで白いシャツの襟元に掛かった手。それに一瞬見蕩れながらも新一は咄嗟にその手を引き剥がした。

「新一?」
「待て!ちょっと待て!」
「待て、って何を?」
「いいから!」

キョロキョロと周囲に飛ばされていた新一の視線が、正面でぴたりと止まる。
まだ着替えていなかった快斗は、スーツの上着を脱いだだけの状態で。青いシャツに緩めて解けかかった赤いネクタイ姿のまま。
そのネクタイをするりと引き抜き、新一は手早く自分の両の瞳に巻いた。

「さあ、いいぞ!」
「…ハイ」

白い面に映える赤。自分のネクタイで目隠しをするという倒錯性。そして襲ってくださいといわんばかりに、目の前に差し出されている官能的な肢体。
(まいったなぁ…)
思わず心のなかで盛大にため息をつくしかない快斗の心情なんて、自分の問題で手一杯な恋人は気付く術もないだろう。それが余計にため息を誘う。

「…快斗?」
「慌てないで、新一」
(オレだって心の準備はいるんだから、さ)

新一の意思は、快斗がシャツを脱がせることのみである。そこに何らの含みもないのは明らか。
心を宥めるために静かに深呼吸をして、快斗は新一のシャツのボタンを外し始めた。
胸元を寛げていくにつれ、惑わすような匂いが強くなっていくのは快斗の気のせいではないだろう。甘い香に感覚が麻痺しそうになりつつも、二つに分かれた身頃をそっと開いた。

「あ、あのさっ。オ、オレ、佐藤さんにブ…
ブラジャーしろ、って言われたんだけどさっ…」

衣擦れの音と互いの息遣いしか聞こえない空間と、じっと見つめられている緊張に耐えかねた新一が、答えを早く寄越せとばかりに促してくる。

「確かに。ノーブラはマズイだろうね」
「…えっ?!」

ギョッとした新一に呼応して、ぷるんと揺れるカタチのよい二つの白いふくらみ。
快斗の目には、痛いくらいにその白さが焼きついてしまう。

「か、快斗?」
「なに?新一」
「なにってなにって、だって…!」
(そんなもんなのか?!コレを見て、オマエは"なに?"程度にしか反応しないのか?!)

やはりというか認めたくない現実が現実らしいというのに、快斗がパニックになっていないせいか新一もパニックになりはしなかった、が。どうやら平静らしい快斗の態度に、別の混乱が新一を襲う。

(まさか、まさか…!快斗もオレが元々オ○ナなんて思ってないよ、な?!)
何と言ってもノーブラはマズイだなんて、佐藤刑事と同じことを言っているくらいだ。
根本的に自分の存在があやふやになりそうだと思いながら、新一は恐る恐る問い掛けてみる。

「あ、あの、さ。快斗は、オレの性別が何か、わかってる、よな?」
「もちろん。女の子だな」
「ええっ?!」

がばっと目隠しのネクタイを剥ぎ取って、信じられないことを告げた恋人と瞳を合わせた。
真っ直ぐに見つめてくる藍色に嘘や冗談の色はなくて、さすがの新一も愕然としてしまう。

「だって、ほら」
「ひゃっ!」

何時の間に、なんて言うだけ無駄な手際のよさ。
ゆるくなっているズボンのウエストから難なく侵入を果たした快斗の手は、下着の上からあらぬ所に触れてきて。新一に悲鳴を上げさせた。

「な、なななな何すんだッ!!」
「何、って。新一が確かめろって言ったんだろ?」
「そ、そりゃそうだけど!だからってイキナリそんなとこ触るな…って―」
「新一?」

あんまりな行為に顔を真っ赤にさせて快斗を睨んでいたのも束の間、新一は唐突にその場に固まった。ギギギッと接続不良なロボットのような動きで下を向き、露わになっている白い胸を通り越して足の間を見る。

「ナ、ナイ…よ、な?」
「ナイね。確かに」
「うひゃっ!!」

つ、と今まで新一にはなかった割れ目にそって動かされた指に、再度悲鳴を上げさせられた。





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