思い切りよく脱がれた白いシャツ。
その下からは、シャツの白さに劣らぬ肌が曝される。
慣れた手つきで聴診器を当て数箇所で音を確かめると、後ろを向くように指示をだす。
くるりと回転椅子を回して、何のためらいもなく向けられた背中。
瞬間、我が目を疑った。
これだけの驚きは終ぞないというくらい、愕然とする。
診察の手が止まったことに新一が不審を抱くくらい、しばらく固まってしまった。
肉付きの薄く透明感のある肌理の細かい肌に、点々とついている鬱血。
全くといっていいくらい性欲のニオイをさせない新一にはあり得ないはずの、情交の痕。
だが、あり得てもおかしくないはずの"暴力"という二文字は思い浮かばなかった。
「宮野…?」
不思議そうに、肩越しに振り返る新一。長い睫の下から覗く眩い煌き。
しなる背中、なまめかしく咲き誇る朱色の華。
なんて美しく統一された構図なのかと感嘆した。
まるで計算されたように付けられたものからは、注ぎ込まれた愛情の程が容易に伺える。
この時になって初めて、新一の変化の理由に気が付いた。
人の手に触れることを頑なに拒否しつづけた蕾は、余り得る愛情を一心に受けたからこそ、見事な開花を見せたのだ。
花びらをやんわりと開かせていった、春の暖かな陽光の正体。
蒼い瞳の輝きには、確かな恋情が存在していた。
amnesia
9
志保が病室の扉を開くと、食欲をくすぐるいい匂いがしてきた。
湯を沸かす程度の手狭で簡素な調理台と申し訳程度についているシンクにも関わらず、さっさと料理を済ませた男の手際よさに感心する。
「あら…配膳されてきたのね」
入ってすぐのところにあるテーブルの上のものが目にとまった。
いつもなら、決まった時間に廊下の所定位置に置かれるワゴンから、部屋番号のついたトレイを受け取りに行くのだが。今日は、放ったままだったから係りの看護婦がわざわざ届けに来てくれたのだろう。
どうせ新一は食べないし、さっさと片付けようとしたところに快斗が湯気の立つ皿を持って出てきた。
「それは鑑識に回してもらうから、そのままにしといてくれ」
「え…?どういうことかしら?」
ベッドに作り付けのテーブルに皿を置いて、怪訝な表情の志保に近付いてくる。そして、トレイからスープの入った皿をとる鼻先まで持ち上げた。
「微かだが、薬品の匂いがするだろう」
「ま、さか…!」
快斗の指摘通りの匂いに、皿を引っ手繰って再度確認する。そうと知って確かめない限り、きっと気付かないくらいの微小さだが、志保の顔色は蒼白になった。
「こんな…っ…なんてこと、私…気付かなかったなんて…!」
「仕方ないさ。まさか病院で命を狙われるなんて普通は思いもしないことだから」
「でも…!でも、もし工藤くんが食べていたら…私…!」
「だから、食べなかったのさ」
「え…?」
「キミへの信頼は、記憶をなくしていても変わりはない。傍にいれば安心していたしね。だから、キミが勧めたのに食べなかったのは、本能的に危険を察知したせいだ。人に対してやや無防備なところがあっても、こういう物理的なことには敏感だから」
快斗の目には責める様子は欠片もなく、ただ宥めるような申し訳ないような色があった。快斗が責めているのは自分自身に対してで、それは口調ににじみでていた。
「キミは何も悪くはない。むしろ、責められるのはオレのほうだ。こういう可能性を察知していたのに、目先のことに囚われて今になって思い至ったんだから」
自嘲する様子に新一をどれだけ大切にしているかが見て取れて、衝撃的なことを知ったというのに何故か志保は心が穏やかになっていく。
そして、苦渋を噛み締める男に、やんわりと首をふった。下手な言葉をかけるより、心が伝わりそうな気がしたから。
「ん……」
沈黙を打ち破った声に、2人して振り返る。
心地よい空間が乱れたのが気に障ったのか、それとも愛する人の心の痛みに反応したのか。どんな物音にも声にも起きなかった新一が、ゆっくりと瞼を開いていく。
「…あ…?」
ぬくもりの残っている左手、だが確りと握っていた手がなくなっていることに気付いて、きょときょとと視線を彷徨わせる。
快斗は我に返ると、努めて自然に声を出した。
「起きたんだ。気分はどう?」
テーブルを使いやすい位置にまで移動させながら、新一の傍に戻っていく。
その姿を目に留めて、あからさまなくらい新一は息を吐いた。
「つ、き…だ」
視界いっぱいに広がるやさしい笑顔。
明るい日の光のなかというのはとても不思議な感じがするけれど、新一にとっては見ていてとても嬉しいものだ。
「なに?」
「月」
そうなんだろう?――期待に満ちたような目で見つめられ、快斗は苦笑する。
記憶を失う前の新一が、自分のことをどういうふうに見ていたのか。たったそれだけのことで、教えられてしまうから。
「違うよ。今はもうここにいるから。こうして、手が届くだろう?」
「ずっと…届いたまま…?」
「ああ、ずっとだ」
触れてきた指先を、新一はしっかりと握り締めた。
「じゃあ、ご飯食べようか」
気持ちが落ち着いたのを見て取って、快斗は新一の背中へと手を差し入れ抱きしめるようにして上体を起こすと、ベッドボードに枕を立てかけ楽な姿勢で寄りかからせる。
「大丈夫?」
「ん…なんか、あんまり痛くない」
条件反射というのか、持ち上げられた拍子に快斗の首へと回した腕。
ちょっとの動作も辛かったのに、動かそうと思えば痛みを感じることなく動かすことができる。離れていこうとする快斗の肩にしがみつくことさえ簡単で、新一は首を傾げてしまう。
「なんでかな…」
「よく眠ったからだよ。ご飯を食べればもっとよくなる」
やんわりと手を外そうとするが嫌々と首を振られ、快斗は嬉しいながらも困ってしまう。志保の吃驚した視線は今更気になりはしないが、手に馴染むやわらかな肢体と感覚を擽るぬくもりに誘われて、いつまでも離したくなくなるから。
一度は失ったと思ったからこそ、ずっとこのまま腕の中に閉じ込めてしまいたくて堪らない。
「せっかく作りたてなのに冷えるしさ」
「作った…オマエが…?」
「そう」
興味を示してくれるが、ちっとも腕の力は緩まない。食べてもいいと思っているようだが、どうあっても離れるのは嫌なようで。新一の表情は実に内心を反映している。
「仕方ないな」
「わっ」
快斗は苦笑しながらベッドに片膝をついた状態から座り、膝裏に手を入れて抱え上げると軽い身体を足の間に下ろす。
「これでいいだろ?」
突然のことにきょとんとした新一だったが、横抱きの状態はさっき以上のぬくもりを感じられて、こっくりと頷く。
「ほら」
「うん…」
快斗はテーブルから取った器を差し出した。
やさしいミルクの匂いは食事に対して拒絶を示すことなく、新一に食べたい気持ちを起こさせる。でも、手は背中と胸にすがり付いているから空いてはいない。どうしようというふうに覗き込んでくる顔を見やると、どうやら思っていることは伝わった模様。
快斗は身体に回っているほうの手に皿を持ち替えると、スプーンを新一の口元まで運んだ。
「はい、どうぞ」
「ん…っつ!」
「熱かった?ゴメンな」
唇に当たった途端、飛び上がった新一に、快斗は猫舌であることを教えられる。息を吹きかけて幾分冷ましてから持っていくと、躊躇せずに口に入れた。
あまり咀嚼しないでいいように柔らかく煮込んでいたから、新一はそのまま飲み込む。
喉が嚥下してからしばらく見守るが、胃が引き付けを起こす様子もない。
快斗が続けて食べさせようとすると、じっと見つめてくる蒼い瞳にあう。
「なに?」
「…おいしい」
「そっか。良かった」
実に微笑ましい食事の風景に少しばかり呆れつつも、志保は邪魔にならないように部屋の片隅に座って見ていた。
(あんなに甘えん坊だったのね…)
記憶がないからこそ、潜在的な面が顕著に出ているのだろう。
研ぎ澄まされて凛とした雰囲気をもち、他人の支えを良しとしない新一からはかけ離れた姿。意外と繊細なところや優しすぎるが故の弱さを知っているから、驚きつつもすんなり受け入れられた。しかし、これを見れば皆が皆、現実逃避に走るか失神すること間違いない。
唖然とした顔もせず悠然と受け止めた、新一の恋人。
志保は、新一がどういう者を愛したのかずっと気になっていた。
ずば抜けた容姿と外面に惑わされる者ばかりで、秀逸な能力に釣り合い、さらに傷つきやすい精神を包容できる者なんて、志保の知る限りではいなかったから。
だが、新一はとても幸せそうに笑っていた。
誤解されやすい本質をきちんと理解してもらえて、なおかつ存分な愛情に満たされているなんて。人生の酸いも甘いも噛み分けた、相応の分別者―――即ち、余程年上の相手だと思っていたのだ。まさか、新一とそんなに年の変わらない青年だとは考えもつかなかったこと。
正体が、かの"怪盗KID"であるとわかればこそ納得はいったけれど。
(大した包容力ね。あの工藤くんが甘えられるなんて、すごいことだわ)
ここまでべったりと甘えるようなことはなかったろうが、それなりに甘えていたのだろう。驚きもせずに平静と受け止めた男を見ればわかる。
新一が、この男だけに反応を示したことからも、ふたりの精神的な結びつきの深さが見て取れた。
(良かったわね、工藤くん。彼がいれば、記憶が戻るのもそう遠くないはず…)
眠っただけで、まるで痛みを訴えなくなったのも精神的なことが原因だったと思える。緊迫した状況で命さえも狙われて、心の痛みが身体に転化されていたのだろう。
心底安心できる存在のおかげで、不安も恐怖もなくなり精神的苦痛はもはやなくなったせい。
志保自身、どうにかなってしまいそうなくらい追い詰められていたことも、まるで嘘のようだった。
高木刑事が病室を訪れたのは、満腹になった新一がうつらうつらし始めた頃。
快斗がやさしく髪を梳いていると、ほどなく眠りへと落ちていった。
「工藤くん、寝てるね。大丈夫かな?」
「今までの分を補っているようなものだから、ちょっとのことでは起きないわ」
「ならいいけど……え、と彼は…?」
人のいい刑事は、大丈夫と聞かされても小声で話す。新一の傍らに寄り添っている見たこともない者を誰何するのは当然だった。
この時になって志保は紹介も何もしてもらってないことに気付くが、適当に言葉を濁しても高木はそのまま誤魔化されてくれると予想した。
「ああ、彼は工藤くんの知り合いなの。それで…」
「黒羽快斗と言います」
志保を遮って、快斗は立ち上がると軽く会釈をしながら名を告げた。まさか名を明かすとは―――刑事相手に素顔でその場しのぎの偽名を使うはずがないから―――志保は思ってもいなかったことにギョッとする。
だが、捕獲不能と詠われた世紀の怪盗が、これくらいのことでどうにかなるはずもないと、すぐに思い直す。
「あ、僕は警視庁捜査一課の高木です」
「彼女に頼んでここまでご足労願ったのは、今回の事件についてお聞きしたいことがあったからなんです」
「もしかして…君も犯人が…いや!その…」
快斗の物言いにハッとして、つい口走ってしまったことを慌てて言い繕おうとする。そんな高木に、余計な説明をする手間が省けたと快斗は単刀直入に話を進めることにした。
「高木さん、あなたは犯人が別にいると考えているんですね」
「え…君はどうして…?」
「彼の命が狙われているんです。不審な男がうろついているし、食事には毒物と思しきものを混入されていた」
「な、んだって…?!」
病室に入ってきたときから妙に思っていた、冷め切ったまま放置してある手付かずの食事。
どうして呼びつけられたのか、高木は悟る。
「事件の概要は知ってますから、何故あなたが疑いを持ったのか教えて下さい」
強い快斗の眼差しに、圧倒されつつも首肯した。
「疑いを持ったというか…最初から納得いかなかったんだよ。この事件は…」
パイプ椅子に座って、志保と向かい合う形で高木は話はじめる。快斗は、新一の傍を離れずに耳を傾けてる。
「なんというか…工藤くん以外にも探偵が2人いたせいか、彼らが張り合ってしまってね。工藤くんがまだ時機ではないというのに、早々に推理を披露し始めたんだ」
「でも、動機と証拠はあったのでしょう?」
「うん…まぁね。動機は確かにあったし証拠もあったけど…ただ、容疑者が使ったものかどうかというのは些か疑問で……血のついた礼服で容疑者の持物に間違いはない…ただ、匂いが…」
「匂い?」
「そう。僕が妙だと思ったのは、工藤くんがその礼服の匂いをかいでいたからなんだ。それで、僕も真似てみて…おかしいと思ったのは、なんの匂いもしなかったから…敢えて言うなら樟脳の匂いが残っているだけで…」
自分の考えが通用するのか、少しばかり臆している高木の変わりに、黙って聞いていた快斗が口を挟んだ。
「もし容疑者のものだったら、半日は着ていたはずだからそれなりの体臭がうつっている。しかも、通夜の席で相当量の飲酒をしていたから酒の匂いもしていなければならないはず」
「そう!そうなんだよ。だから、誰かが容疑者に罪を着せるために、彼の予備の礼服を着こんで犯行を行い、見つかりやすいように現場の隠し戸棚に隠したんじゃないかって。それにね、これなんだけど」
背広の内ポケットから、数枚の写真を取り出すと志保に見せる。
「工藤くんが、"おかしい"といったところを撮ったものなんだ」
「犯行現場ね。血痕が飛び散ってるけど…」
席を立った快斗が、志保の背後から写真を覗き込む。
「ここ…血痕が途切れてますね」
「え?どこだい?!」
「ここです。絨毯の毛足のせいに見えないこともないですが、他のところはちゃんと形になっている。ここだけ変形することはないはず」
快斗の指差したところを凝視していた高木もはっとした顔つきになる。
「容疑者の着衣は証拠品として押収してますよね」
「もちろん。あ、そうか!靴だね。犯行時に犯人が立っていたところ…だから血痕が途切れてしまった…もし、容疑者が犯人ならあの時履いていた靴に血痕がついている!」
「工藤くんなら、その場で確かめたはずよね」
もっともな志保の言葉に、快斗も頷く。
「それならどうして工藤くんは連行されていくとき、何もいわなかったんだろう。いや、彼らが推理している時に訂正しても…」
「だから、時機が尚早だったんですよ。犯人である確実な証拠を押さえる前にさっさと推理を披露し始めたせいで」
「もしかして…工藤くんの事故は…まさか…っ!」
思い至った結論に、高木は大きな音を立てて立ち上がる。
握り締めた拳は震えていて、ショックの大きさが知れた。
「油断した犯人が証拠を隠滅しようとしたところを押さえたんです。コレですけど」
「指輪…?」
差し出された銀のリングを、ズボンのポケットから慌てて取り出したハンカチを広げて受け取る。
「ずっと、握り締めていました。トリックリングで針が仕込まれています―――容疑者の血液検査をするようにと、言われませんでしたか?」
「あ…!鑑識官が確かそんなことを…結果は今日にでも出るはずだ」
「おそらく睡眠薬が微量に検出されるはずです。無論、このリングの針からも」
「容疑者の隙をついて眠らせて…その間に殺した…!」
何もない空間の一点を見つめたまま立ち尽くす高木の額には、じんわりと汗が滲んでいる。目まぐるしく事件関係者の顔を思い浮かべては、誰が犯人なのか検証しているのだろう。
「おそらく犯人は、靴に血痕がついていることに気付いていないと思います。それに、そのリングはどこでも手に入るようなものではないから、買った者を割り出すのにそんなに時間はかからないはずです」
「そ、そうだね!じゃあ、僕はこれで…」
「待って下さい。彼が、階段から落ちた前後のことを聞かせて下さい」
勢いよく部屋から飛び出していこうとしたのを止めた、快斗の固い声。
志保は、高木を呼んだ本当の目的はこれだったのだと察した。
「あの時は、工藤くんがいないことに服部くんと白馬くんが気付いてね。皆で探してまわったんだ。それで、見つけたのは彼らで…外へ出る階段のドアが少し開いていたから、もしかしたらと思って行ったらしい。それで、名前を呼びながらドアを開けた途端に、大きな物音がして…見てみると1階下の踊り場に倒れている工藤くんを発見したということなんだ。その…無論、誰もその場にはいなかったから足を滑らせた事故だとなったんだけど……」
深夜の事件、日付も変わり疲労困憊で、それで息抜きをしに外の空気を吸いに行って、足を踏み外してしまった。
志保が聞いていたのはそんなところだ。
新一は元の姿に戻ってから、体力も持久力も低下している。意外にそそっかしいとこもあるから、事件の緊張から解き放たれて立ち眩みでも起こした結果、階段から落ちたのだと思っていた。
「あの人たちが駆けつけたとき、もしかして犯人はまだその場にいた…?」
「間違いないだろう。階下へと降りる時間はなかったから、ドアの影に隠れていたはずだ」
「まったく…!」
探偵2人は、お互い新一を狙っているために牽制しあっている。事件にしても、探すときにしても。だから、相手へのライバル心と新一にいいところを見せようとするあまりに、探偵としての能力を存分に発揮することなく殺してしまった。
もし、犯人がその場で逮捕されていれば、新一が命を狙われることもなく、容疑者として不当に拘留されている者も苦しまずにすんだだろうに。
「きっと、工藤くんにとっては犯人が間違ったままだというのが痛いことでしょうね。冤罪を何より嫌っているから」
「ああ」
「だったら、どうして犯人を教えてあげなかったの?もうわかっているのでしょう?」
聞きたいことを聞き出すと、そのまま帰っていく高木を見送った快斗。それが志保には不思議だった。
新一の命を狙った輩を早く確保したいはずなのに。そのために、高木を呼んだのではなかったのか。
「宝飾品にはくわしいあなたのことですもの。指輪の出所だって見当ついているはずよね」
「眠らせたってだけでは殺人の証拠にはならない。もっと決定的なものがないと」
「だからって…!」
言い募ろうとしたところで、じっと新一を見つめていた快斗が志保へと視線を合わせてきた。その瞳の色は、ぞっとするほど冷たく凍て付くものだ。
「さっき、高木刑事は言っただろう。ドアを開けてから物音が聞こえたって。物音を聞いたからドアを開けたのではなく」
「え…ええ」
「犯人と一対一で相対しているのに、容易に階段から突き落とされるような油断をするはずがない。いくら力の差が歴然としていても、あの瞳に見つめられればおいそれと手出しはできない」
それは、怪盗として対峙した快斗が誰より知っていること。
「あの人達のせいで…隙ができた…」
「そう、間違った犯人を名指しした挙句にね。それに、あれだけの運動神経と反射神経をもっていて、一番下まで落ちるなんて考えられない。途中で手摺を掴むなりできたはず。それができなかったのは、ヤツらが扉を開けたせいで手が弾かれた―――扉の位置の確認と、犯人に口を割らせればハッキリするだろうが」
「何を、考えてるの?」
危険な気を漂わせる快斗に、志保は恐れではなく浮き立つ心のままに訊ねた。
「受けた苦しみの分に叶わなくとも、相応の礼はしないとね。ついでに、犯人だと自供させてやるんだよ」
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02.09.04
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