強烈な衝撃。




瞬間、脱力するのを踏みとどまって、反撃。
銃を奪いとり睨み付けると、一目散に逃げていく。




「…情けねぇ…って言っても…目的は果たしたんだから…当然か…」


いつまでもこんなところにいては、巻き込まれておじゃんだ。
きっとこれが、ヤツラにとっては最後の悪足掻き。
至る所で起こっている破壊音。
それの意味するところがわかっていれば、脱出する方が賢いというもの。
まだ小規模な爆発の連続は、ちょっとした心理攻撃も兼ねている。慌てて逃げ出して、自ら網の中へと飛び込んでいくように。
建物の周辺はガッチリと警察に包囲されている。
今まで散々な目にあわせてきたヒト達への花もたせというか、少しは役に立ってもらわなければ。無能の烙印を押しつづけるのに厭きたから。

クラリ。

襲ってきた眩暈に、手をついて堪える。
口の中は、こみ上げてきた錆びた味のするもので満ちている。
拍子にシルクハットが取れても、拾うことは叶わない。
真っ赤な溜まりの中に落ちて、さらに上からの滴りに、すぐさま染まっていく。


壁についた右腕に巻いたハンカチーフ。滲んでいる赤いシミ。
でも、コレに止血してもムダなだけ。
流れ出ていくモノは命の源。残りは、僅か。


「…急が…ないと……動けなくなる…な…」


身体は急速に体温を消失していて、機能を停止するのはもうすぐ。
色々な可能性を考えて、そのなかでも最悪な結末に進んでいるというのに。冷静に物事を判断できる自分に驚く。


「ああ…そうか…。きっと…伝わってしまうから……伝われば…」


もっともっと、彼を苦しめてしまう。
これからが、冷静にコトを運ばなければならないのだから。錯乱をむこうに伝染させるわけにはいかないのだ。



苦しい息、思い通りに動かない手足。
霞んでくる視界、混濁する意識。
それでも、懸命に身体を引き摺っていく。


「…はぁ…っ…は……うっ…」


痛みには鈍いはずなのに、さすがにこれだけのものを負うと感じないわけがない。
爆音は次第に間隔を短くしており、建物の寿命もあと少し。
確認のために時計を見る力はないが、もう5分を切っているはずだ。


「ふぅ……ッ…」


覚束ない足でようやく目指したところに辿り着く。
壁伝いにくず折れ、大きく息を吐き出した。同時に激しく咳き込んで、口元を押さえた袖口は赤く汚れる。
視線を少しずらすと、更なる赤に目が焼かれそうになった。
腹部はぐっしょりと重く、白を侵食していっている。


「…ったく…反射神経…いいんだか…悪いんだか…」


弾は避け損なったが、急所からは外れていて。
おかげで苦しみを長引かせている。


「…ま…このくらいは…甘受…しない…とな……。さて…どっちが先…か…」


出血多量で事切れるか、それとも爆発で吹っ飛ばされるか。
どちらでも構わないけれど、後少しだけ時間は必要だ。まだ、戻ってくる気配はないから。
赤を振り払うように、瞼を閉じる。



浮かぶのは美しい蒼。
愛しいひとの、魂の色。



「辛い…想いは…させないか…ら……だから…新一……」






どうか、オレの最後の我侭をきいてくれ。














最後の我侭・4  















RRRR。





真っ白いシャツと、真っ赤なシミ。



停止した空間と、広がっていく血の面積。



RRRR.。



室内を満たす明かりは、瞬きを忘れた瞳に突き刺さる。



理解できない、光景。



だから現実であると認識することを拒む。



RRRR。



麻痺してしまった新一の頭は、赤に釘つけになっている視線を音へと向けさせた。
どうしていいかわからない現状で、唯一確かな現実感を伴っていたから。



「…もしもし」
『工藤くん!夜分に申し訳ありません!今すぐそちらに車を回しますから、こちらに来られませんか?!』

届いたのは慌てふためいた声と、ひどい雑音。

「…え…?」
『あっ申し訳ありません!説明しなければなりませんね!今から2時間ほど前にKIDから、ICPOと全世界のマスコミにむけてある犯罪組織の中枢データが流されたのです!そして、その本部と思しきところを包囲せよと…!…ああ…っ…また爆発が…!…』


電波越しにも伝わってくる爆発は、どれだけ規模が大きいか容易に推測できるほど。
周囲の喧騒もただ事ではない。


『それでですね!この爆発のなかにKIDがいるんですよ…っ!そう、黒羽くんがね!!』
「……かい、と…?何を…言ってるんだ?快斗なら…ここに…」


ゆっくりと視界を移動させる。
真っ赤なシャツを来た快斗は、間違いなく目の前にいる。
瞳を合わせると、同じように見詰めてくる。
幻でも人形でもなく、ちゃんと動く。
触れてきた手は暖かい。


『え?!なんですって?!もしもし、工藤…』
「もしもし」
『なっ?!ま…さか…黒羽く…んッ?!そ、そんなバカな!!どうして君が工藤くんと一緒に…ッッ?!』
「お前さ、今何時かわかってんだろ?こんな深夜に電話なんかかけんじゃねぇよ。恋人同士が愛を交し合ってる最中にさ」
『そんなこと…あるわけが…っ!だって、僕はこの目でKIDを…ッ』
「KIDを見たんだろ。それがどうしてオレになるんだ。ホントにいい加減にしろよ、白馬。邪魔しやがって」


不機嫌さを顕わにしても、全く無表情のまま。
通話を切って、もとの場所へと受話器を戻す。


「…は…くば…」


快斗がその名前を呼んだことで、電話をかけてきた者をやっと認識する。
それと同時に、新一は欠けていたピースを思い出す。
得たいの知れない不安に、カタチをもたらす決定的な要素を。


「…白馬が…言ってた……この前、KIDは…盗んだ石を…返さなかった…って…」


見つめる先で、剥がれ落ちる仮面。
怜悧な表情はとても哀しげなものにとって変わって、落ち着かなさしか運んでこない。
沈黙は肯定だった。


「パン…ドラ…だったの…か…?」
「……ああ、そうだ」
「そ…それ…で……っ…?」


もう、聞かなくても応えはわかっている。
怪盗の目的は石を見つけ出し破壊することと、もう一つ。
石を見つけたことを悟られないためにも、すぐさま行動に移るのは当然。
それだけの行動力と決断力を持っているし、組織の全容とて彼の情報力と頭脳をもってすれば既に掴めていたはずだから。


だから。
今日という日に、彼が決行してもおかしくないのだ。
でも。
彼はずっと新一の側にいた。
今だって、ちゃんと目の前にいる。


けれど。
目を覚ましてからずっと感じつづけている違和。



そして。
何も傷つけるものなどないのに、血を流しつづける、彼。





「新一、頼みがあるんだ」



乱れもなく、どこまでも静かな声。
普段通りのはずなのに。目を瞑れば、息が掛かるほど近くにいる快斗の存在はわからない。
目で見ない限り、もう気配すらないモノが快斗だなんて認められなくて。


身体が小刻みに震え始める。
大きく瞠られた瞳からは、溢れてくる涙。


それなのに、快斗は拭うことも抱きしめることもしない。
言い訳のように謝ることもなくて。


「…う…そ…だよ…な……?」


理解できない非現実。
否定して欲しいのに、今までどんな望みだってかなえてくれたのに。
快斗は、首を振らない。



「幸せになれなんて、オレには言えない。もう、見守ることすら許されないから。ただ真っ直ぐに、どこまでも歩いていって欲しい」



「な…に…言って…るんだよ…っ…そ…なこと…できるはず…ないじゃない…か…!今更、オレひとりで…っ!」



「……うん、わかってる。だから……」



咄嗟に、新一は震える手で耳を塞いだ。
聞いてしまえば、全てが終ってしまう―――外したことのない予感が、激しい危機を訴える。
それなのに。



「オレを愛してくれた新一を、連れていかせてくれ」



優しい囁きは、直接頭のなかに入り込んできた。
優しくもない、絶望をともなって。





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02.01.18  

   

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