Hey,
darling!〜5
(…もらうって……ネコのコじゃないんだぞ…)
『人権』を放棄してしまっているとしか思えないオトコ。
(それに…損はないってなんなんだ…?)
まるで自分がさもお買い得品のような言い方には、眩暈がする。
それ以前に突きつけられたことにも頭は混乱しているから、新一にはどうやって収拾をつけていいかわからない事態だ。
「とにもかくにも、よろしくな」
(とにもかくにも…って、そんな一言で済ませる気なのか?)
新一の抱え込んだ悩み。普通なら、この相手だって同じくらい悩んでもいいはずのことなのに。
(だってそうだろ?!モノみたいに差し出されて、しかも一緒に暮らせだなんて!それにそれに!十何年か振りに親兄弟に会ったんだし…!)
声に出さずに心のなかで叫ぶのは、どうあったって同調してくれそうにないからだ。
物事にこだわらずにあっさりとしているのは、新一にとっては付き合いやすい人種ではある。
けれど、表面上の関係に留まるならばの話であって、自分たちの置かれている立場をさっさと無視できてしまう性質は問題アリだ。
(と…とにかく…話合わないといけないよな…。このままなし崩しってのはお互いのためにならないし…)
打開策はなにも思い浮かばなかったが、とりあえずそう自分に納得させる。
と、にゅっと手が突き出された。
「……なに?」
「カギ」
「…かぎ…ってなに?」
「カギはカギだよ。ここのカギ」
「ここ?」
指差された先には、とても見覚えのある重厚な扉。
もしやと慌てて周囲を見渡せば、間違いなくよく知っているところである。
「い…つの間に…帰って…?なんで?どうやって…?」
立っているのは、まさしく自分の家の玄関の前。
唖然としている新一に、傍らのオトコはやさしく説明してやる。
「ちゃんと自分の足で歩いてきたよ。こうやって、ひっぱると大人しくついてきたから」
「こうやって…って?!」
差し出されているのとは反対の手は、なんと新一の手と繋がっているではないか。しかも、しっかりと握り返してさえいる。
「ま…さか…っ、手…手をつないでここまで…帰ってきたのか…っ?!」
「そ」
「うそだろ…っ!」
手を振り払って頭を抱える。
賑わう街中を通ってきたのだから、どれだけの人々に見られたかしれない。当然、その中に知り合いだっていてもおかしくないわけで。
「オマエ!恥ずかしくなかったのかよ!」
「なんで?どこに恥ずかしがる理由があるわけ?」
「あるに決まってんだろ!だって……」
言いかけて、新一ははたと気づく。
(そうだ…コイツとは兄弟なんだ…だから、コイツにとってはなんでもないことなんだ…)
幼いころはきっといつも手を繋いでいたのだろうし。
騒ぎ立てては覚えていない以上に、彼に対して悪いことのように思えた。
「心配ないよ、誰もヘンな目でなんて見てなかったから。どっちかっていうと微笑ましいってもんだし」
(微笑ましい…?そりゃ、カオが似てるから兄弟だってのは見てわかるだろうけど。この年で手を繋ぎあってる兄弟っての、アリか?)
またもや悩み始めた新一に、クスリと笑う。
「とにかく寒いから中に入ろうよ、ね」
もう一度差し出された手の平に、新一は考えもせずにカギを渡してしまった。
この屋敷に初めて足を踏み入れた者は、大きさと豪華さに驚くものである。
しかし、気後れするでも珍しがるでもなく上がり込むと、ぼんやりしている新一を他所にさっさとリビングに行きエアコンのスイッチを入れた。
「ほら、コートぬいで。ここに座って」
「あ…うん…」
「何か温かいものいれてくるから」
どちらの家だかわからないセリフを告げると、さっさと部屋から出て行く。
それを見送って、新一はまともに働かない頭で考える。
今朝は、清々しいとは言い難い目覚めだったけれど、それでものんびりとした一日を送れるはずだったのだ。
なのに。
(どうして…こんなことになったんだろう…?)
一人で出かけたのに、帰ってきたときにはふたりになっていて。
両親の思惑はともかくとして、あの場で一緒に住めないなりの反論をして一方的にでも別れれば良かったのだろうが、いつのまにか家の中にまで入り込まれてしまって。
最初に、絶対嫌だという意思を見せなかったことが新一には悔やまれるとこだ。
(ど…しよ…)
何事も最初が肝心だということを、痛いほど噛み締める。
こうやって時間が経つにつれ、追い出すことも難しくなっていっているのをひしひしと感じて、新一は唸るしかできない。
「はい、これ飲んで少しは落ち着いたら?」
目の前には湯気立つコーヒーカップ。ほんわりとした匂いにほっとくるが、混乱の源に落ち着けなどと言われるとは何だか本末転倒のような気がする。
新一は複雑な表情をしながらも、コーヒーに口をつけた。
「あ…」
確かめもせずに含んだが、コーヒーの濃さも温度もそしてブラックであることは自分の好みにあっている。
(こういうとこが兄弟なのかな…)
感心しつつも、ちらっと見上げて目にしたカップ。好みが同じせいだと思ったのも束の間、そこにはコーヒーの色なんかしていないコーヒーがあった。しかも、甘ったるい匂いまでしてくる。
自分の好みを知っていたのか、それとも偶然なのか。もやもやとした疑問が浮かびかけたが、新一はそれを追い払うように相手を見据えた。
「それで、どうするんだ?」
「ん?」
飲んでいたコーヒーをテーブルに置いて、新一に視線を合わせる。
「どうするって?ま、とりあえず自己紹介しよっか?」
「カオも頭も性格もよくって将来性も抜群だって自己紹介なら聞いた。そうじゃなくって、オマエは…」
「オマエじゃなくて、快斗だよ。快いに北斗七星の斗で快斗。言ってみて?」
「…快斗…?」
「そうだよ、新一」
優しい眼差しで見詰め返されて、くすぐったくなる。とても心地いいと感じられるからこそ余計に。
そんなことを悟られたくなくて、慌ててさっきと同じ事を口にする。
「それで快斗はこれからどうするんだよ?」
「これから?とりあえず、寝るかな」
「…は?」
一瞬言われたイミがわからずに、新一は目を丸くする。
「オレ、昨日は徹夜でさ。昼過ぎまで寝てるつもりだったのに、あの人たちに強襲されたもんだから。眠くって」
ぽんぽんとクッションのカタチを整えると頭をのせ、ソファーに長い足を投げ出した。
「え…ちょっと…」
「おやすみ」
突然のことに呆気にとられていると、新一の耳に安らかな寝息が聞こえてくる。
「なん…なんだよ…こいつ…」
いくら昔は仲が良かったとはいえ、十何年も離れていたのだ。しかも新一に記憶はないのだから、他人も同様のはず。
それなのに、こうやって初めての家で無防備に眠れるものなのか。
まじまじと、眠る顔を見詰める。
目を閉じていると、端整さがよりわかる。自分によく似ているようで、まるで似ていない顔立ち。
際立つ男らしさも大人っぽさも消えた、穏やかな寝顔。
つられるように、新一も眠気に誘われる。
「そういや、オレも徹夜だから寝不足なんだよな……とりあえず、寝よ」
寝れば頭もスッキリするだろうし、これからどうするかも考えられるだろうから。
その前に、新一は快斗のためにブランケットを持ってくることにした。
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02.01.10
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