Hey, darling!〜4 






工藤新一。

今、確かにそう呼ばれた。
工藤新一は自分の名前。

それに"待ち人"と言った。
"待ち人来たれり"と。

ここで待ち合わせていたのは両親。
けれど、待っていたのは目の前の若い男。

しかも、自分とよく似たカオをしている。



(ということは、つまり)





「もしかして、メッセンジャー?オレへの目印代わりに、あのヒトタチが顔を似せて作ったのか?」

きっかり一分後。
ようやく反応を返した新一に。面白そうに眺めていたオトコは。

「アハハハハハハハ!!」
「…オイ」

肩を震わせ公共の場ということも省みずに大笑い。新一は眉を吊り上げる。
何事だろうと注視を集め、居心地は大変悪い。

「あ〜、笑った笑った」
「…そうかよ」
「なんというか、予想通りの反応を返してくれるからさ。ま、わからないだろうとは思ってたけど。せめて、開口一番は"誰だ"って聞いてもらいたかったな」


"オマエは誰?"
それは、目の前に立つ者への関心。
誰何することは、自分とその人との関係を成立させるものだから。
もしくは、自分自身への問いかけ。
以前に何らかの関係を結んだ人なのか。尋ねることで自らの記憶を掘り返すために。


予想外の応えに、不機嫌さもふっとんで新一は慌てる。
「あ…あの……もしかして、オレの知ってる、ひと…?」
「まあね」
「え…え、と…」
(だ、誰だろう…?!)
こんなに自分に良く似たものだなんて、他の誰よりも印象深いはずなのに。
ちっとも覚えていないからこそ、まるで知らない人と決め付けて、声をかけてきた意味しか考えようとしなかった。
ほんの少し前の行動に、新一は頭を抱えながらも必死で思い出そうとする。

「思い出せない?」
「…あ、あの……ごめん」
「まぁしょうがないか。10年以上も前のことだしね」

くすっと笑った顔に、わかってもらえなかったことに対する悲しさなんてものはなくて。
新一は、少しだけ心が軽くなるのを感じた。と、その時。

「そんなのダメよっっ!!新ちゃんったら薄情もの〜〜っっ!!」

広場中に響かんばかりの大声とともに出現した美女。
そちらを見ずとも、誰かはわかる。
そして、のんびりとした声の持ち主も。

「ひどいな、新一くんは。快斗くんはちゃんと君のことを覚えていたというのにね」

(やっぱり隠れて見てやがったんだな…って、カイト…?)
優作の言葉を頭の中で反芻する。
もしかしなくても、それはナマエだ。

「カイト?」
「そう」

眼差しをあわせると、嬉しそうに頷いてくる。
その笑顔に心の中から、なにかが溢れ出してきそうになる、が。有希子の一オクターブ高い声にかき消された。
「やだわ〜!名前を聞いても思い出せないの?あんなに仲良かったのに!いっつも新ちゃん、快斗ちゃんに引っ付いて回ってたのよ?!」
「そうそう。別れるときはそれはもう大変だったのに」
「だから再会はとってもステキなものになるって夢見てたのよ!ガッカリだわ!!」
「………ソレ、ナニ?」
母親が持つシロモノを新一は指差す。
「カメラに決まってるじゃない!新ちゃんが涙ぐみながら、快斗ちゃんに抱きついていくシーンをキレイにとってあげようと構えてたの!」
「なんでオレが涙ぐんで抱きつかなきゃいけないんだよ!」
「ああっ!覚えてないって残酷ね!ママの楽しみを奪うんですもの!!」
「……悪かったな。で?」
元演技派女優は、実際以上の心の情動を身振り手振りで見事に伝えてくる。
それに付き合わされるほうは堪ったものではなく、新一は有希子から優作へと向き直った。そろっと視線を横に立つモノへと流して。
その意図を受け取って、優作はわざとらしくため息をついた。
「十何年も生き別れになっていたからと…本当に忘れてしまうなんてね。私から詫びるよ、快斗くん」
「いいんですよ。優作さんが謝ることなんて」
「そんな!他人行儀な呼び方はやめておくれ」
優作はオーバーな仕草で、肩をしっかりと抱いて。新一は一体何事かを身構えるが、爆弾は有希子の方から落とされた。
「そうよ!快斗ちゃんは私たちの息子なのに!ちゃんと私のこと、ママって呼んで!」
「当然、私はパパだよ。そうだろう?親子なんだから!」



「……親…子……」

場所も憚らずに告げられた事。
呆然としながらも、なぜか新一は素直に納得してしまった。
自分にはない華やかで派手な外観と、雰囲気。周囲を巻き込んで己のペースで物事を運ぶ要領の良さ。
とてもそっくりで、血のつながりがあるというほうが自然である。
両親と親子ということは、新一とは兄弟。
顔が似ている理由もそれで納得がいくというもの。
(つまり、どういうことかわからないけど。コイツは養子に出されてたってことだよな)
兄弟なのに、わかってやれなかったことに対する罪悪感は増すけれど。それよりも、新一はひそかに喜んだ。
「それじゃ、親子水入らずで楽しんでくれ」
自分に向かう両親のチョッカイが半減される。それはとても有難いこと。
隠し子発覚で動揺はなくても、少なからず混乱していた新一は、早々にこの場を離れようとした。
「あらあら、新ちゃんったら!どこに行くのよ」
「そうだよ。どうしてここまで来たのか忘れたのかい?」
簡単に問屋は卸さない。
呼び止められて仕方なしに振り返った新一に、有希子と優作は二人して"快斗"を突き出した。
「ちゃんともらってくれなきゃイヤよ〜」
「そのために君はここに来たんだし」
にこにこしながら、告げられて。
差し出された本人すら笑っていて。
新一はどうしていいのかまるでわからなかった。


「………それで、どうしろと?」
素直な感情をのせた言葉。
やはりこの両親に関わるべきではなかったと後悔してもすでに遅い。
「決まってるじゃない。家族なんだから仲良く一緒に暮らすのよ」
「君は生活能力がまるでないから、快斗くんに面倒見てもらいなさい」
「な…なに勝手なこと決めてんだよ…!」
「勝手なって、だって親だし」
「イヤなら、私たちとロスに行くかい?」
「……………」
反論の余地などなくて、新一は選ぶべき道などないことを教えられる。
しかし、やられっぱなしは性に合わない。
タイミングもよく、広場を囲むようにちらほら見え隠れする気配がある。
「どうする、新一くん?」
「ロスになんか行かねぇよ。オレの代わりに、連れて帰ってくれる人たちがいるしさ」
「「えっ?!」」
さすがに聡い両親は、それだけで悟ったようで。
恨めしそうな目で新一を見た。
「な、なんてことするんだ〜新一くん!編集者を呼ぶなんて!」
「そうよ〜。せっかく家族水入らずで、お食事にでも行こうと思ってたのに〜」
前後左右を見回して、見知った顔にうろたえ始めたのも束の間。逃げ足の速さに定評があるだけあり、優作は有希子の手をとるとくるりと背を向けた。
「じゃあ、快斗くんと仲良くやりなさい!」
「またね、新ちゃん!快斗ちゃん!」
怒涛のように押し寄せた嵐は、怒涛のように去っていった。


いなくなるのを見送って、新一はそろそろと傍らに立つ男を見る。
(今更…兄弟だからって挨拶するのもな……それに、一緒に暮らすだなんてできるはずない…)
思い出せないし、仲良くやっていけるだなんてとてもじゃないけど思えない。
(人に合わせて生活するなんてムリだし……オレに合わるなんてのもムリだよな…)
今朝、哀に怒られたばかりの新一としては、そのくらいの自覚はあった。
けれど、そんな心の裡を読んだのか。"快斗"は至極あっさりと言ってのけた。
「大丈夫だよ。3日もしないうちに慣れるから」
「…慣れる…って…」
一緒に住むことに、何ら抵抗があるようでもない相手。両親に何か言い含められたからだろうか。
妙な勘ぐりをする新一に。
「あのさ。オレって家事は万全、この通りカオはいいし、性格もいいし。頭もよくって、将来性だって抜群。だからもらっときなよ。絶対、損はないからさ」
謙遜するでもなく、きっぱりと言い切った。





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01.12.23 

 

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