Hey, darling!〜10 





「KIDの予告状が届いたと…」
『ああ、深夜にな。中森が早速取り掛かったのだが、やはりというか苦戦しとるよ。で、気になるのだろう?暗号が』
「ええ、まぁ」
『徹夜でやっとるからそろそろ音を上げる頃だ。やつの面子もあるしな、少し待ってくれるか?』
「すみません、警部」
『いやなに、どうせこちらから頼もうと思ってたところだよ。じゃ、後でファックスで送るから』
「はい」
警部の大らかさにはいつも感謝するところ。新一から電話しなければ、あと二日か三日後でなければ解けなかった暗号を回してくれることはない。
あの、KID一筋な中森警部は部外者が首を突っ込むのを何よりいやがるから。きっと、目暮警部は中森警部が仮眠に入ったスキを見計らって暗号をコピーするのだろう。

「新一、またベッドに戻る?」
電話の前にじっと立っていると、片づけが済んだ快斗に声をかけられる。
何もすることがないゆっくりした時間が流れる休日。そして、新一は起きぬけのパジャマのままである。
「ううん。オレ、警部からの連絡待ちするから」
「じゃ、着替えておいで」
「でも」
「しばらく掛かるんだろ。それまで電話の前で待つこともないし」
言われて見ればその通りで。KIDの暗号に頭の中がいっぱいになっていたことを、図らずしも思い知る。
(ちぇ…あんな人をバカにしたヤツのことで…こんな…)
やられたからやり返すつもりでも、ムキになっているのは否めなくて。暗号が送られてくるのを大人しく電話の前で待つことが急に腹立たしくなってきた。
「快斗、警部からファックスがきたら部屋にもってきてくれ」
「いや、着替えたら下りてきてもらわないと」
ムカついたまま高飛車に言い放っても気分を害した風もなく、快斗はにこやかに告げる。
「なんでだよ…?」
「天気がいいから布団干して、ついでに掃除をするからさ」
「は…?だって、別にしなくってもキレイじゃないか」
「あのね、新一くん。掃除機かけぐらいは毎日するもんなんだよ。ズボラなことは言わない」
「…わかった」
生活全般を完全に見てもらっている身としては、土台口答えなどできる立場ではない。不貞寝を決め込むつみりだったがもう寝ないと言った手前、できそうになくて。
不承不承に頷いたところに、インターホンが鳴った。
「誰だろね。日曜に」
「あ、そういや。蘭たちが来るとかって言ってたっけ」
「蘭…ああ、幼馴染の彼女か。どうして?」
「そんなの!オマエを見たいからだろ。オレ、相手しねぇからな!」
プンとそっぽをむいて頬を膨らませている新一に首をかしげながら、快斗は玄関へと向かった。



「きゃぁぁぁぁ〜っっvv ホントにイイオトコね〜っっ!!」

扉を開けた瞬間、屋敷中に木霊したのは黄色い乙女の悲鳴である。
さすがの快斗も面食らい、不貞腐れて自室へ行こうとしていた新一の足を止め。普段ならハメ外しを諌めるはずの親友は頬を染めて同調し。
そして、招かれざる客の勢いを見事に打ち消した。




「新一とよく似てるわ!でも快斗さんのほうがずっとハンサム!」
「まぁ新一くんは美人だから。似たつくりの美形でも全然雰囲気ちがうわよね!」
「本当に男っぽくって、頼りがいのある感じ!」
「誰が見てもほっとかないタイプ!新一くんみたく近付き難さがないし、さぞもてまくってるでしょうね!」
場所をリビングに移しても、彼女たちの鑑賞会は続いている。
付き合う気などこれっぽっちもなかったはずの新一は、快斗の隣に憮然とした表情で座っていた。
「……お前ら、映画見に行くんだろ。さっさと行けよ」
不機嫌であることを隠そうともしない声で言っても、彼女たちはまるで聞く耳をもたない。
「いいじゃないの。新一が手をつないで歩いてたくらいの人ですもの、やっぱりよ〜く知っておきたいじゃない」
「そうそう!協調性のまるでない生活破綻者の新一くんと同棲するなんてとんでもなくすごいことだし!」
あんまりなことを言われているが、事実だから反論のしようもない。
しかも、これこそが彼女たちの訪問理由だから、下手に突っつくと何が飛び出してくるかわからない。耐えざるを得ないことも、新一の機嫌をさらに急降下させていた。
が、さらに悪化させる声が部屋の隅から届く。
「…な……な…なんやてぇ……っっ!く、くどぉ…手、手つないで…同棲や…と?!」
彼女たちのどさくさに紛れて、あがり込んだ招かれざる客こと服部。同じ空間にいることさえ忘れさられていた存在。
その彼が、ありがたくもない事実を突きつけられたのはこれで二度目だった。



先日は、新一が元に戻ったことを聞きつけて喜び勇んで駆けつけた。知ったのが、幼馴染同士を介してというのは頂けないが、そこは奥ゆかしくて照れやな新一のこと。自分に報告するのがひどく照れくさかったに違いない。
だがしかし。夢にまで見た感動の再会を果たすことは出来なかった。
何が新一の気に障ったのか、凍てつくような瞳で見つめられ。冷たい言葉に涙を流しながら逃げ帰った6日前。
機嫌もなおっているだろうと、恐る恐るながらも懲りずに浮かれて。
蘭や園子たちが来たのをチャンスとばかりに便乗することにした。彼女たちがいれば新一だって照れ隠しに意地悪してくることなんてないから。
そして、知った事実。黄色い歓声が教えてくれた衝撃。
多少似ているとはいえ、別人を新一だと思ってしまった自分の大失敗。
さらにアホなことに、それを自ら暴露してしまったのだ。

「へ…こ、こいつ…工藤やあらへん…かったんか……?」
呆然として、それでも冷たくあしらったのが新一ではないとわかり絶頂の幸せを取り戻したのもつかの間。
「ああ…アンタ。確か、おかしなことを叫びながらやってきて、抱きつこうとした変質者」
「なんだよ、それ。快斗に何をしようとしてたんだ…?」
やはり記憶通りに、新一は儚く頼りなげで思わず抱きしめたくなるけれど。凛として強い輝きを放つ存在感に圧倒される。しかも、眼光鋭く睨みつけられては先日(新一であると思った快斗に睨まれたこと)以上に恐ろしい。
「い…いや…っ…く、工藤と…間違えたんや…っっ」
冷や汗たらしながら口にした言い訳に、新一の瞳に浮かんだのは不可解な色。
わかって欲しいと、縋るように伸ばした手であったが。新一は逃れるように快斗の陰に隠れてしまう。
「バカじゃねぇのか?どうしてオレと快斗を間違えんだよ」
「そうそう、全然違うのにな」
「そ、そそ…そんなっ!お前かて、工藤のフリをしやったから…っ」
「は?フリ?オレは理解不能なことばかりを言うヤツとは関わりあいたくなかったから、迷惑だしさっさと帰れって言っただけだけど」
「大体、どうして新一と間違ったりするの?」
「そうよね、体格だって違うし。どこをどうみても間違えようがないじゃない。もしかしなくても、あんた探偵としては問題大有りよ。目が腐ってるもの」
どんな失礼なことを言っても許されると思っているお嬢様の情け容赦のないコトバに。そしてそれに頷く新一を目に留めて、ちょっとばかり意識が遠くに飛んでしまった。


それを引き戻した、二度目の衝撃。
("あの"工藤が手をつないで歩いて…しかもど、どどど同…せい…しとるやと……っそんなウソやっっ???!!!)
真偽のほどを確かめようと新一を見ると、ギンッと先ほどより強烈で鋭い眼差しが睨みつけてきた。
「うるせぇよ。お前までこいつらの悪乗りに荷担するな」
「い…いや…っそうやのう…て…」
「そうよ、悪乗りだなんてひどいわよ」
「私たちはイイオトコを見にきただけなんだから!しかも新一くんに付き合えるだけの度量の広さに感心しているのであって」
「何も茶化してないし、からかってもないじゃない」
ねーっと声をあわせられて、新一は余計不機嫌さを露にする。
彼女たちのペースを止めようだなんてムリなこと。さっきから黙ったまま、話を聞いている快斗の態度のほうがずっと疲れないで済むのはわかっているのだが、どうにもならない腹立たしさが新一にはあった。
(大体…なんで初対面なのに付き合ってなんかやってるんだよ…!しかも、にこにこ嬉しそうにしやがって!そんなに誉められまくって嬉しいのか?!)
ワケのわからないイライラが嫌で、快斗への怒りに転換して理由をつけようとしているのはわかっている。だから、掛ける声もつい荒立ったものになる。
「快斗、オレ喉乾いた。マグカップいっぱいにエスプレッソ!」
新一の体調を考えて、快斗はブラックでコーヒーを飲ませようとはしないが、飲みたいといえば胃に負担のかからない濃さに調節したものを出す。
不機嫌さを前面に押し出してムリを言って、話の途中で席を立たせようとしているのだから快斗が困らないはずがなかったけれど。
「あ、気づかなくてゴメンね。お茶も出さずに」
申し訳なさ気に新一に謝って、後半部分は彼女たちに向けて。
「いいんです。私たちは別に」
「そうそう、大体もてなすのは新一くんだし」
「なんでオレがお前らに茶なんか出さないといけないんだよ。快斗、こいつらの分はいらねぇからな。オレのだけ早く持ってこいよ」
「まぁまぁ、新一くん。そんなこと言わないで」
新一の頭に優しく手をおいて、快斗はリビングから出て行く。伝わってきたぬくもりは、苛立ちをすっと消していく。そうされることで落ち着きを取り戻すのは、もうクセになっている。
「まぁーったく。あんたは好き勝手言って、彼が大人だからいいものの。普通なら付き合いきれないわよ」
「そ、大人よねぇ。どんなワガママだって聞き入れてくれる。これこそイイオトコの条件ね!」
知らずに快斗の姿を追っていた新一は、再びイライラしてくる。
「いい加減、帰れって。映画の時間だってあるだろ」
「映画は来週だっていいもの」
「そうそう。こんなにナイスな時間を簡単に手放すなんて」
このまま居座ろうとする態度にあからさまな程、不機嫌をカオに出した新一に。軽やかな笑い声が届く。
「そんなに心配しなくってもいいわよ」
「新一くんから彼を取り上げたりしないって」
「な…なんだよ、それ…っ」
「だって、ねぇ。園子」
「彼、親戚みたいなものだって言ったけど、実はおじさまの隠し子じゃないの?」
「えっ…」
突然、核心を突かれて戸惑ってしまう。それは彼女たちにとってみれば充分肯定をしていることに他ならない。
納得がいくとばかりに頷きあう。
「大丈夫よ、誰にもバラしやしないから。ね、蘭」
「うん。新一ってば一人でも平気だって強がってるけど、本当は頼れる人が必要だってずっと思ってた。私には無理だったから、余計に…」
少しだけ悲しさを滲ませたが、幼馴染の顔は晴れやかだ。元々思い切りのいい性格だから、吹っ切れるのも早い。
「そうよねぇ。新一くん、甘えまくっちゃってるもの。お兄さんだって思ってるから遠慮なんかいらないし」
「べ、別に!甘えてなんかいない!アイツが勝手に甘やかしているだけで…!」
「はいはい。どんなわがままも、弟と思えばかわいいものよねぇ」
「…っるさいな…!」
幾分、頬を染めて彼女たちに茶化されていると、快斗がトレーをもってやってきた。
「お待たせ。コーヒーで良かったかな」
「はい、わざわざすみません。いただいたらそろそろ行きますから」
「これ以上、新一くんの機嫌を損ねたくないし」
「園子…!」
ムキになる新一に不思議そうな顔をしながら、マグカップを渡す。その視線から逃げるようにあらぬ方を向く。新一にしてみれば、今さっきの話なんて絶対に快斗の耳に入れたいものではない。
それを察して、助け舟を蘭がだす。
「快斗さんって普段は何を?」
「そ…いえば…快斗、学校には行ってないよな」
「あんた、知らないの?」
「だって…」
呆れたような園子のコトバはもっともだが、新一には突っ込んだことを聞いていいのかわからないのだ。両親に言われたから新一の面倒を見るだなんて、簡単にできることではない。もしかしたら、養子先で辛いことでもあったのかと思わないでもないのだ。
話したければ快斗のほうから話すだろうし、知らなくても困りはしないから。快斗自身のことに触れるようなことはしなかった。
「オレ、仕事してるから」
「え?だって毎日、家にいるじゃないか」
「パソコンがあればどこでもできるからさ」
「パソコン…」
引っ越してきた快斗の部屋を覗いてみて、驚いたこと。
普通なら一台で事足りるのに、ノート型やデスクトップ型を合わせて5台ばかり。機種だって一般ユーザー向けではなく、処理速度が格段にいいもの。容量だってバカでかい。
「ソフト開発とか…システムの構築とかやってんのか?」
「じゃあゲームとか作ってるのかしら?!」
「快斗さんって、クリエーター?」
時代にマッチした若者ならではの仕事を思いつく彼女たちであるが、快斗は苦笑する。
「いや、財テクやってんの。後は情報処理とかね」
「財テクって株とか?」
「外貨の売り買いとか…マネーゲームってやつ」
「つまり若手実業家よね!」
手を握り合わせて目をきらきらさせ始める園子が思ったことは、見事に顔に出ていた。



楽しげな会話を片隅で聞いている、もちろん快斗がコーヒーを用意する数には入らなかった服部は。新一と快斗の関係に胸をなでおろすのと同時に、慌てまくっていた。
(つ…つまり、俺は…工藤の身内に最悪な印象を残したってことかいな…っ?!)
身内なら、名前も新一と同じく"工藤"のはず。だから、先日の自分を変質者と勘違いしてしまっても仕方ないではないか。
それに比べて、ライバルである蘭の受けは非常によさそうである。
(あかん…っ…このままでは、負けてしまうっ!そんなん冗談やあらへんわ…っ!大体、蘭ちゃんなんて工藤のことを何も知らんと悪口ばっか言ってたやんか…!それなのにこんなに工藤と楽しくしゃべりよって…!俺をないがしろにして…!)
自業自得なのだが、そんなことは嫉妬に狂った者に思い至るはずもない。
(工藤も工藤や…!俺との愛のメモリーを思い出させたるわ…っ)
傍らの大きなスポーツバックを引き寄せて、目当てのものを取り出した。


「ちょ…これ!なんだよ快斗!」
カップを口につけた新一は、予想とは違う味に眉をしかめる。
「なにって、ご要望通りのエスプレッソだよ」
「ウソだ!こんなうすくって苦くないなんて」
「ウソじゃないよ。だって新一はマグカップいっぱいに、って言っただろ。だから、デミカップ分だけじゃそうならないから、お湯を継ぎ足したんだ」
エスプレッソは容量の少ないデミタスカップで飲むもの。濃厚で苦味も一際強いから、そんなに飲めるものではない。だからこそ、快斗を困らせるために言ったのに。
「だからどこがエスプレッソなんだよ!普通のコーヒーよりも薄いじゃないか!」
「それで飲めないなら、ミルクと砂糖を入れるかな?」
テーブルの中央に置かれたシュガーポットに伸びようとした手に、新一は慌てて首をふった。ぎょっとするほど、砂糖を入れてコーヒーを飲む快斗のすること。たまったものではない。
「…いいよ、これで」
彼女たちがクスクス笑っているのも気に障るが従ったほうがマシであった。
「この際、コーヒー中毒を治しなさいね」
蘭の思いやりに満ちた声に、肩を竦める。今までのことを考えると、こんなふうに笑い合うことだって難しいはずなのに。彼女の強さに因るところと、新一の心にある後ろめたさと罪の意識が少しだけナリをひそめたせい。
この一週間、あたたかく包み込んでくれる存在に癒されているから。こうして隣にいるだけで、すごく安心するのだ。

「あれ?なにか飛んできたわよ」
足元を過ぎったものに、園子はコーヒーをおいて取り上げる。
白い紙片のように見えたそれは写真だった。
「あ…この子、蘭のところにいたガキんちょじゃない」
「え?コナンくん?」
思いがけない名前に、新一は息をのむ。
かわいがっていた存在を取り上げた幼馴染と、"コナン"の話をするほど苦痛なことはない。これまで散々騙してきたのに、それを激しく悔いたのに。再び、同じことを繰り返してしまうから。
それなのに。
「そういや、蘭ちゃんとこにいたあのボウズ、どないしたん?」
話の布石を蒔いた者は、さも今思い出したとばかりにネタを持ち出す。
新一の前で、新一が消してしまった存在の行方を訊ねる残酷さ。服部は、自分だけが知っている秘密に歪んだ優越感に浸っていて、新一の顔色が変わったのさえ気づかない。
「コナンくん…は…」
「あの子、外国にいる両親のところに行っちゃったのよ。だから蘭、すっごく悲しがって。私もずい分面倒みてやったから同じ気持ちよ」
「外国ってどこか知らへんのか?」
「ええ…どうせ遠く離れて会えないからって…教えてくれなかったの。今、どうしてるのかなぁ。コナンくん…」
「そっか。そら悲しいわなぁ」

マグカップを持つ手が震え、中身が波立ちこぼれそうになる。それを横から伸びた手が、やんわりと取り上げた。
「か…」
「イヤなら、無理に飲まなくてもいいよ」
自然な動作でテーブルに置くと、新一の意識を彼女たちから切り離そうとするけれど。
話は思ってもない方向へと転がり始める。
「でも、なんでこの子の写真がここにあるのかしら?」
「そういえば。あ…れ…これって眼鏡かけてないわね。しかも…新一に…」
印象を変えるために掛けていたのだから、していなかったら誰であるかは明らかである。幼い時分を共に過ごした幼馴染の目を欺くことなどできない。一度は必死に誤魔化したことだが、幼い頃の写真とこれとを比べられれば一目瞭然。
「あれ?それ、コナンくんって子の写真じゃなくて、オレのだよ」
「ええ?」
「だって…!」
覗き込んでいた写真を乱暴にならないように、快斗はすばやく取り上げる。
「やっぱり、オレだ。昨日ここで写真の整理したから落としたんだな」
「な…んで…」
意外なことに彼女たちも驚いている状況だから、新一の声が掠れていることに気を留めることはなく。
「新一が、オレのこと忘れたままだからさ。写真でも見て思い出してもらおうと思ってね」
だからだよ。そう言ってにっこり笑う。
もっともな言い訳を告げて、あっという間にその場に根付こうとした疑念を薙ぎ払った。
「そうなんだ。でも、コナンくんにも新一にもよく似て…」
「だろう?昔は本当にそっくりでね。でも、ま…世の中には同じ顔が三人いるってことだから丁度だな。これ以上でてきたら恐いけど」
「そうよねぇ〜。この美人の園子サンと、同じ顔が三つあるってだけで恐いわよ」
「やだ、園子ったら」
暗い雰囲気も一掃されて笑い声が戻る。だが、新一の緊張は解けなくて、手は強張ったまま。とても、幼馴染の顔など見れたものではなかった。
「新一?」
「え…何?」
「そろそろ時間。警部さんからの連絡が来る頃だから、部屋で待っていないと」
一瞬、何を言われたかわからなかったけれど、この場から抜け出す理由を快斗はくれたのだ。
理解できたのはそれだけで、新一は振り向きもせずにリビングから出て行った。

「また事件か何かですか?相変わらず一直線で」
「いや、事件ではないんだよ。教えてもらいたいことがあるみたいでね」
「そっか…じゃあ、蘭。そろそろ」
「そうね。映画に行こうか」
予定というものもあるし、新一がいなくなれば長居をするわけにもいかない。
引き際を心得ている彼女たちは、そろって快斗に一礼した。
「お話できてとても楽しかったです」
「新一くんとどうして上手くいってるのかもよくわかったし」
「そうよね。今日はどうもありがとうございました」
「うん、じゃあね」
手を振って、にこやかに送り出す。
ようやく邪魔な彼女たちが帰るとエントランスまで見にきていた服部は、振り返った快斗と目が合う。瞬間、ぞっとする悪寒が背筋を走りぬけたが、それが何であるかは気づかなかった。
「何してんだ?早く帰れよ」
「へ…いや…あの、俺はまだ…」
言い募ろうとするのを無視して、快斗はリビングに戻るとコーヒーカップを片付けはじめる。
「なぁ、さっきの写真、返してんか?何を勘違いしたか知らへんけど、あれは俺のものなんや」
「ふ…ん。あんた、ガキの写真なんか集めてるのか?」
軽蔑しきった冷たい眼差しに、額から冷たい汗が流れ落ちる。
(こ、これは…あかんねん…っ…なんや変なふうに思われてんとちゃうか…?!)
「いや、あの…これは違うねん!」
「じゃあ出せよ、全部。ネガも――大切なモノは肌身離さずもっているタイプだよな。アンタは」
底知れない迫力に、スポーツバックから大事にしまっていた宝物を差し出す。
(せや…!こんなことで嫌われるわけにはいかへん…!)
ビクビクして渡されたものを受け取ると、玄関を顎で示す。
「いつまでいるんだ?迷惑だと言われないとわからないのか」
「い、いや、そんなことあらへんけど…っ!工藤とはちゃんと話もしてへんし…っ」
「さようなら」
冷たい眼差しに取り付く島もなく。
しかし、それで身を引くことを知っているほど、諦めはよくなかった。
(度胸のあるんやと認めてもらわんと…!これからの工藤との交際に響いてしまうわ!!)
「あ、あんな!お兄さん!!」
ガシッと、快斗の手を色黒の手が握ってくる。
「俺、真面目なんや!決して冗談なんかやあらへん!せやから、工藤を俺にくれやっ!」
突然の行動ではあるが、冷淡に見下したまま。
快斗は静かに嘲って、手首を返した。
鈍い音がして、大きな体が外に放り出される。
「新一はオレのものだ。それにこの前言っただろう。二度とそのツラを見せるなって」





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02.05.11

 

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