Hey, darling!〜9 






日曜日は、昼近くまで寝ている―――――はずだった。

朝に弱いのは、小さい姿の時も変わりなく。しかし、居候先の幼馴染は寝坊を許しはしなかった。例外として日曜だけは大目に見てもらえたけれど。
「まるで新一みたいねぇ」
などとよく笑われて言われたものだが、当の本人であるからそうあって然るべきなのだ。
元に戻ってから、哀に緊張感が足りないと文句を言われるほど惰眠を貪ったし。先週だって、アノ腹立たしい一件がなかったら思いっきり眠っていた。




伺うように覗き込んだリビングで、快斗は新聞を読んでいた。
「あ、起きたんだね」
「今…何時?」
小鳥のさえずりと爽やかな空気と眩い朝日で、すっきりした目覚めを迎えること一週間。
声に出したことに、応えが返るようになって一週間。
「後少しで9時だよ」
にっこり笑って立ち上がる快斗に、新一は知らず知らずに詰めていた息を吐き出す。

コーヒーを片手にやさしく起こしにくるのに、今朝はひとりでに目が覚めた。そして、見えない姿を探して階下へと降りてきた。せっかくの休みだから、二度寝をしようなんて思いもせずに。


「日曜だからさ、ゆっくり寝たいだろうと思ってね」
目の前にミルク入りのコーヒーを置きながら告げられて。新一は、快斗から視線を反らす。
何も言ってないのに欲しいコトバをくれる。だけど、側にいなかったから不安に思ったなんて、自分でも認めなくないことだ。それを知られている気配には、少々バツが悪い。
そっぽを向いた今の状況だって、まるでほったらかされたことを拗ねているようで。
案の定、やさしい手が伸びてきて宥めるように頭を撫でた。
そして、唇にぬくもりが重なる。
「おはよう」
「……はよ」
間近で見つめる相手の瞳、その中に映っている自分。
最初は気恥ずかしさを感じたが、キスと同様に慣れてしまった。
「ちょっとだけ待ってね。すぐに朝食用意するから」
もう一度、唇を合わせて。リビングからキッチンへと向かう後ろ姿をつい目で追ってしまう。
無意識に唇をなぞってしまうのも、ついやってしまうこと。

どういうつもりでキスをしたのか聞かなかった。
聞かなかったせいで受け入れたと思ったのか。日が経つにつれその回数は増している。
今では、起床就寝時や出かける時、帰宅時は当たり前のこととして。何気ない仕草の合間とか、会話の最中でさえ仕掛けてくるようになった。

"mouth to mouth"は身近な者同士の、ごく一般的な親愛の情の示し方。

新一は外国育ちだから、そのくらい知っている。そして、快斗だってそうだろうと結論づけた。
快斗のことを幼馴染は知らなかったから、仲が良かったというのは外国にいた時。それなら、幼い頃は当然のようにしていたと思える。
覚えていない以上推論でしかないが、イヤだと思うことも不快さもないから間違いないはず。
今更、キス一つで騒ぐのも経験がないと暴露しているようなものだし。
快斗を覚えていないことを振り返すようなものでもあるし。
新一は、この一週間でもう数え切れないくらいのキスをしてしまった。


あっというまに過ぎた一週間。
快斗によって齎された日常生活の改善は驚くべきものだと、哀に言われた。
実際、徹夜はさせてもらえないし、覚醒は早いし。遅刻はもちろんしていないし。
バランスよく作られた食事は1日3食きちんと摂っているおかげで、自分でも体調がいいとわかる程。
何より以前と一番違う点といえば、誰かと一緒に寝るということだ。

「…なんでなんだろ」

サニーレタスをフォークに刺しながら、ガラス扉から庭を見る。
雑草が伸び放題で荒れに荒れていた面影はいまやない。
張り替えられた芝生、花壇にはパンジーとかビオラとかいう花(教えてもらった)が咲いていて、玄関から門のところまではバラやら何やら(よくわからない)が植えられている。
門にも塀にも容易には忍び込めないように鋭い刃先をもつ鉄柵が上乗せされているし、どうやら監視カメラに警報装置まで付けられている模様。
そこまで徹底して外観を整えた男だから、屋敷内だって抜かりはなくて。
月曜日に学校から帰ってくると、黴臭さや埃っぽさは微塵もなくなっていた。
家具の後ろも窓の桟もシャンデリアの細部も、どこもがピカピカ。家中のカーテンは洗われて清潔になっていたし、ソファーのカバーやクッションカバー、絨毯の染みすらもきれいになっていた。

使えるベッドは一つしかないからと仕方なく一緒に寝た初日。
次の日には、新一の隣の部屋をさっさと自分用にして荷物を運び込んだ。もちろんベッドはある。客間を覗いてみても、使えるようになったベッドのメイクは完璧にできていた。
それなのに。
今だ、新一のベッドで一緒に寝ているのだ。

「それなら、イヤだって言ってみたら?」

どうしてなんだろうと哀に聞いたら、実にあっさりとした返答。
さして彼女が驚いた風もなかったことと、イヤだとはこれっぽっちも思っていなかったせいでこのままでもいいかと結論付けたけれど。

「ん〜」
「フォーク加えて何唸ってんの?」
「へ?ああ…」
食事の最中に考え込んでいれば、不審に思われても仕方ない。
残ったサラダとスクランブルエッグを慌てて頬張る。
「ゆっくり食べていいんだよ」
「ん……あ、のさ」
「なに?」
「どうしてちゃんとベッドはあるのに、いつも一緒に寝るんだ?」
わからないことは本人に聞くのが一番手っ取り早い。考えるのを放棄して、疑問をぶつけてみることにした。7日も経って今ごろ何をというようなことではあるが。
「そんなのぐっすり眠れるからに決まってんじゃん。新一の体温が気持ちいいし、すごく落ち着くからさ。新一は違うの?」
「え、いや。オレもそうだけど」
「だったら問題ないだろ」
問題ない―――確かに安眠できるからこそイヤだとは思わなかったし、その点はいい。
問題なのは、この年になって添い寝してもらっていることではないだろうか。
「なぁ、聞いても怒らないか?」
「なにを?オレを怒らせるのは意外と難しいけど?」
寛容で穏やかな気質で。新一とて精神年齢は高い方だと思うが、快斗はもっとずっと大人。確かに、怒るところなんかまるで想像がつかない。
促されるままに、率直に尋ねてみる。
「その、今まで誰かと暮らしてたとか?だから一人寝が淋しいってことは…」
「ないよ。オレは新一と同じく、長いこと一人暮らしだ。それにね、"誰か"がいたら眠れないタチだし」
「だって、オレとは寝て…」
「そりゃ新一だからさ」
「そっか。あ、もしかして。昔も一緒に寝てたとか?」
「そうだよ」
納得である。忘れてしまっているが、きっと快斗のことを感覚は覚えているのだろう。
(ん…?そういえばどうして一緒に寝ていることが気になったんだっけ…)
一つの疑問が片付いて、新たな疑問に首を傾げる。
考え始めた傍で、快斗は後片付けをしている。トレーに食器類をのせてテーブルを拭くと、リビングを出て行った。
「あ…」
快斗が側からいなくなったことで思い出す。
最初に考えていたのは、なぜ今朝起きたときにあんなにまで不安を感じてしまったか、だ。
いつもと違っていたとしても、日曜だからと思い至るはずなのに。
「そ…だ…いなかった…からだ…」
夜中に目が覚めたような気がする。
急激に温度が冷え込んだせいで寒くて。隣に寝ている快斗のぬくもりを求めて手を伸ばしたけれど。ベッドに寝ていたのは新一ひとり。
半分寝ている状態だったから、きっと夢を見ているのだと…。
だから、起きたときにいなかったことが酷い不安だったのだろう。寝ているうちに快斗がどこかへ行ってしまったと、そんなふうに思って。
「ヘンな夢を見たとはいえ、情けない…」
ちょっとだけ自己嫌悪。
快斗が側にいなくて良かったと思いながら気晴らしとばかりに、さっき快斗が読んでいた新聞を広げた。
「ここのところ事件は何もなくて結構だけど、なんだかなぁ……あ!」
一面の見出しに踊るKIDの文字に釘付けになる。
「昨夜、予告状を出したのか。なんか最近、サイクルが短いよな」
一月に一度仕事をすればいいほうだったのに、これで今月は二度目である。
「ま、いっか」
大好きな暗号を提供してくれるし、前回の雪辱を晴らす早速の機会。
浮き立つ心のまま、新一は電話へと向かった。





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02.05.01

 

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